第11話 花井の秘密【修正しました】
あの棘を抜くのが怖くて、私は話を変える。
花井は、私の手からそっとカップを取った。
「あの日、お嬢様が見たものは寝ぼけていたからではありませんよ。だから、私はその【ドキドキ】をおかしいとは思いません」
花井の言葉にやっぱりと安心した。
「ホッとした顔をしていますね。何故ですか?」
「あの日見たものが、嘘じゃないと知れたからに決まってるじゃない。花井……。叔母様に話をしたら?残りの人生だけでも、好きな人の傍に……」
「栄野田を出て行った佳代子様に、迷惑をかける事は出来ません。この場所から出たのですから、佳代子様にはもう関係のない事です」
「それって、私が二十歳の時にお父様が篠宮と浮気していた時に言っていた言葉通りって事?」
「はい。このお屋敷内で起きたあらゆる出来事を外に持っていく事は出来ません。それは、代々受け継がれてきた事ですから……。だから、私が佳代子様にこのお屋敷の中で伝えた想いはこのお屋敷に捨てていく。それだけの事です」
「待って、花井。本当にそれでいいの?」
「それでいいんですよ、お嬢様。それが、栄野田に勤めてきた私の役目ですから……」
「そんなの。悲しすぎるわ」
花井は、私の言葉に首を左右に振った後で「悲しくても運命なのです」と呟いた。
【栄野田にきた運命……】私は、大好きな花井の運命の1つも変えられないのね。
「お嬢様……。私の話は、やめましょう。それとせっかく感じた気持ちは大切になさって下さい。勘違いでも、間違いでも……。相手に伝えなければ、バレる事はありませんから」
「それもそうね。だけどね。私は、いつも【大切】って思ったら暴走機関車みたいに気持ちを止められなくなるのよ。小さな頃に、お嬢様として育てられた名残かしら?」
「確かに……。お嬢様は、そういうところがありますね。小さな頃は【欲しいもの】は何だって手に入れたがっていた。ですが、【あの事】があってからお嬢様は随分変わりました。何でも【我慢】するようになったんです。だから、その反動なのではないですか?【大切】だと思う人にだけ本来のお嬢様の姿を見せれるんですよ」
「ただの【ワガママ】よ」
「それなら、私にももっと見せてくれてよかったんですよ。私は、いつだってお嬢様の味方なのですから……」
花井の言葉に私は、にっこりと微笑んだ。
「これは、返すわね。花井と話せてスッキリしたわ」
花井にゴム手袋を渡す。
花井の言葉に今からやらなければならない事を思い出した。
【大切】だから、ありのままの【私】を見せた相手。
花井の話が正しければ、私は【コウキ】に全てを見せた。
だけど【コウキ】はそんな私を裏切った。
「ありがとう、花井」
「私も久しぶりにお嬢様とお話出来て嬉しかったです」
「花井……。どうか生きてね。それで、また私に会いに来て」
「約束は、出来ません。ですが、その時は会いに行きます」
「わかったわ。じゃあ、体調に気をつけて。最後の勤めを果たして……」
私は、花井に軽く会釈をしてキッチンの扉の鍵をあける。
今の私がすべき事は【証拠】を集める事。
キッチンを出て部屋に向かう。
部屋につくと【コウキ】はいなかった。
私は、クローゼットにある鞄の1つから受信機を取り出し、録音機をセットする。
ジジジ……。
小さくノイズが走った後だった。
「相変わらずワガママなんだよな。やっぱり、お嬢様ってそういう所大変だから……」
夫が、誰かと話している声が聞こえてくる。
「そうなんだよ。正直、そういう所がめんどくさいなーーって思ってたんだ。金はいくらあっても足りないとかいう人いるけど……ちょっとなって感じだよ」
相手の声がしないから、電話なのがわかる。
浮気の証拠を聞くはずが、私は夫の本心を初めて聞いた。
「そうなんだよ。お金とかどうでもいい。正直、義理両親との食事とか本当に苦痛なんだよ。何で気を遣って飯食わなきゃならないんだって感じなんだよ。あの食事があるって知ってたら結婚はしてなかったわーー。お金?お金なんか自分が生活出来るだけありゃいいじゃん。だって、あいつの家族なんか変だし怖いよ。理由?理由は知ってるけどさ……。本当にそれだけなのかなーーって思うよ。だって、お義母さんがあいつを見る目がヤバいんだから」
夫は、いったい誰と話しているのだろうか?
結婚はしなかったって言葉が胸に刺さるように痛い。
「あいつんち。色々あったからねーー。それは、わかってるよ。だけどさ、正直、息が詰まるんだよ。だから、ご飯は一緒に食べたくないってのが本音。だから、これからは朝ご飯は一緒に食べようよ」
その言葉に誰と話しているのかがわかった。
夫が、食事を一緒に食べたくないって言う気持ちはわかる。
私だって、出来る事なら両親と食事など食べたくない。
でも、それは結婚する時に父親が決めたルールだった。
時間がある時は、一緒に食事をとる事。
そんな小さなルールも守れない人間は、何も守る事が出来ない。
そう父は言ったのだ。
その言葉に、夫は納得した。
そして、私達は時間がある時は一緒に食事をとるようになったのだ。
息が詰まるような食事も夫が居たから、我慢していた。
だけど……。
愛していた夫は存在しない。
我慢するだけ無駄な事。
証拠を集める事は、心を殺される事なのがわかる。それでも、証拠を集めなくちゃ……。
私は、コウキの言葉に耳を傾ける。
「食事ぐらいは、気持ちよく食べたいよ。あいつの家族に気を遣うのはもう疲れたし……。うんざりだよ。一緒にいる理由?何だろうなーー。わからないんだよ……本当に最近は……」
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