第10話 誰かに言って欲しかった【修正しました】

甘い匂いやコーヒーの香りの中に私の探していたものがあった。

【フルーティーフローラル】の香りが鼻腔をくすぐるのを感じた私は、思わず走っていた。


さっきとは違って、彼女を見つけられない。

黒じゃないの……?

少しだけ、風が吹いた瞬間だった。

この人だ。

私は、パールホワイトのワンピースを着た人の腕を掴んだ。


「待って……」


振り返ったのは、間違いなく彼女だった。

さっきの黒よりこっちの方が彼女によく似合っている。

夫達がいた公園に行く。

木々がうっそうと生い茂っていて、人の気配がほとんどない。

だから、ここを選んだのだろうか?


彼女と一緒に話しているのは、楽しい。

彼女の笑顔を見れるだけで嬉しい。

彼女をもっと知りたいと思う。

だけど、私は自分にストッパーをかける。


「復讐が目的の友達」


そう言えば、彼女にもう会う事はない。

この【胸】が感じたざわめきも……。

彼女を思いここに来た自分もなかった事に出来る。


もう、彼女を深く知るのはやめよう。

私は、浮気をしていた状況を確認する。

何故か、彼女の手が震えている。

彼女に触れたくなる。

泣いていると抱き締めてあげたくなる。

彼女に触れたくて……。

彼女の悲しみを拭ってあげたくて。

私は、彼女を……。


彼女が私の頬に手を当ててくる。

もう、【気持ち】を止めなくていいのだと思った。

この【ドキドキ】をなくす必要なんてないんだと思った。

彼女を抱き締めようとした瞬間、カフェオレが零れてしまう。

彼女は、急いでトイレに向かった。

私は、その姿を見つめていた。


「馬鹿だな……」


私は、いつも誰かを困らせてばかりだ。

【好き】とか【大切】だと思ってしまうとすぐに行動をおこしてしまう。


私は【お嬢様】。

ただの【女の子】だって思いたいのに……。

結局、ワガママをいうだけのお嬢様なんだと思いしらされる。


彼女が、戻ってきて話をする。

ワガママでもいい。

彼女といたい。

傍にいたい。

でも、それは彼女の迷惑になる。

彼女と別れて歩き出した。

丸山からのメッセージに駐車場の場所の連絡が来ていた。


「ごめんね。これ……。いらないわよね?」

「いえ。お嬢様が、会いたい人に会えたようでなによりです。こちらは、いただきます」

「先に渡せばよかったわね」

「いいんですよ。お気になさらずに、じゃあ帰りましょう」


私は、丸山に頷いて車に乗り込んだ。

車が走り出し、流れる景色を見つめる。

小さな頃から、ずっと誰かに【ただの女の子】だと言ってもらいたかった。

そう言ってもらうだけで、みんなと同じ【人間】なんだと思う事が出来た。

だから、誰かに言って欲しかっただけ【あなたは、特別じゃない】と……。


「つきました」

「ありがとう。じゃあ、また明日」

「ゆっくり休んで下さい」

「ありがとう」


丸山と別れて私は、家の扉に手をかける。

私は、この【大きな箱】に帰ってくるのが小学生の頃から大嫌いだった。


「お帰りなさいませ。お嬢様」

「は、花井。どうして?」

「一時退院をしました。明後日には、また病院に戻りますが……」

「そうなの。じゃあ、少しだけ話を聞いてもらおうかな」

「それじゃあ、いつもの場所に行きましょうか?」

「そうね」


私は、家政婦の花井と一緒にキッチンに行く。

キッチンは、独立している個室になっている。


「鍵をかけますね」

「よろしく」


私は、花井にこの場所でよく話を聞いてもらっていた。


「お皿は、私が洗います」

「いいわよ。昼食の片付けでしょ?好きなのよ。洗い物」

「では、こちらをつけて下さい。手荒れなさったら大変です」


私は、花井からゴム手袋を受け取りお皿を洗う準備をする。


「ありがとう。あっ、花井。お父様やお母様に話すみたいに話さないで。私は、花井と普通に話したい」

「わかりました。じゃあ、お嬢様が小学生の時みたいに話しましょうね」

「うん」


私は、二ヶ月ぶりに会う花井とお皿を洗いながら話をする。


「先に聞きたいんだけど……。一時退院出来たって事は、花井が元気になったって事よね?」

「いいえ。今日、私が帰ってきたのは旦那様にお暇をいただこうと思ったからです」

「お暇って……。花井は……」

「お医者様が言うには、後、半年ぐらいじゃないかと……。残りの時間をどう過ごしたいか考えていなかったのですが……。やるべき事をした方がいいのかなと思ったんです」

「やるべき事っていったい何?」

「それは、両親のお墓参りに行ったり……。行った事のない場所に行ったり」


私は、花井の言葉に固まっている。

それは、花井がやりたい事ではない気がする。


「花井は、本当にそれでいいの?今なら、誰にも気を遣わなくていいのよ。花井の残りの時間を……」

「いいんです。私の残り時間なんて……私の話よりお嬢様の話をしましょう」

「わかったわ……。花井が話したくないのに無理に話をさせるのはよくないわね。じゃあ、私の話をさせてもらうわ」

「はい。どうぞ、お嬢様」


花井の言葉にカップを流しながら話す。


「昔の事を久しぶりに思い出していたの……」

「昔の事ですか?」

「ほら、小学生の頃の話。私が花井に相談したでしょ?初めて……」

「あーー。桜さんですか?助けたい女の子がいるのって言っていた。懐かしいですね……。お嬢様は、桜さんを守る騎士ナイトでしたね」

「昔流行ったアニメの【君の為のナイトになろう】って言葉に感化されてただけよ。それと約束を守りたかっただけ……」

「そうでしたね。約束を守らなくちゃっていつも言ってましたね。でも、桜さんの事はこれまでずっと思い出す事はなかったんじゃないですか?」

「そうね。ずっと悲しい思い出だったから……。楽しい気持ちよりも、悲しい方がうえだったから」

「それなのに思い出す出来事が何かあったのですね?」

「そうね。あったわ。ただ、今はまだ解決してないから。花井には、話せないの。いつか……。いつかは、ないのよね。いなくなっちゃうから」

「栄野田から出ても、私はお嬢様のお話を聞きますよ。いつでも、連絡を下さい」


花井は、私が洗ったカップを取っていてくれる。

ずっとここから逃げずにいたのは、花井が居たからだ。


「お母様は、まだ私を見ないわ。叔母様達一家が出て行って、また三人で食卓を囲む日があったの。この二ヶ月で二度。コウキがいる時はよかった。だけど、三人になると……。お母様は、話しもしないし、目も合わせてくれない。私は、いつものように、空気みたいに存在感を消すだけ。そしてお父様は、苦笑いを浮かべなから独り言を話すの。結局、私達家族はあの日から壊れたまま」

「奥様の傷が癒える事は難しいかも知れません。旦那様も……同じように痛みを味わい。お嬢様だってそうです。でも、奥様は自分が一番悲しいと思っています。それは、きっと……」

「変わる事はないのは、わかってる。でもね、花井。もしも、コウキがいなくなったら私はこの家に帰ってこれない気がするの」

「コウキ様がいなくなる事があるのですか?」

「もしもの話しよ。もしも、そうなったらって……」

「そうですね。お嬢様にとって、この家は帰りたくない場所ですものね」

「お母様は、私を責めてるのよ。あの日、私が……」


胸に刺さった棘を抜く事は出来ない。

あの日ついた痛みは、まだ私の中にある。

その棘のお陰で、出血せずにすんでいるんだ。

今さら、引っこ抜いた所で痛みと苦しみにのたうち回るだけ……。


「ねぇーー。花井」

「何でしょう?」

「もしも、私が女の人に【ドキドキ】するって言ったら花井はおかしいと思う?」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る