第8話 彼女と彼女【修正しました】

「ご、ごめんなさい」

「あっ、夕貴さん。どうされたんですか?」

「い、一緒に、お昼ご飯食べませんか?」

「あっ、はい。いいですよ」

「じゃあ、ちょっととってきますから」


彼女は、走って【バンビ】に行く。

さっき、彼女に腕を掴まれた時。

私は、彼女だと思った。

私の【世界】を変えてくれた彼女なのかと……。


「すみません。どこで、食べますか?」

「実は……。今朝の公園に行こうかなって……」

「私も行きます。一緒に行きましょう」

「はい」


彼女と並んで歩く。


「しほりさんは、小さな頃どんな子供でした?」

「えっ?あっ……何でですか?」

「あっ、すみません。さっき、列に並んでる時に昔の事を少しだけ思い出したので」

「そうだったんですね」

「はい。それで気になってしまって。どんな子供でした?」

「私は、自分でいうのも何ですが勇敢な子でした。悪を成敗するっていう……」

「今と変わらないんですね。悪を成敗するって……」

「今とは、全然違いますよ。夕貴さんは、どんな子供でした?」

「私ですか……。私は、弱虫だったかな」


何故だろう……。

彼女と話すだけで、癒されていく。さっきまで、私を取り巻いていた【黒】が消えていくのがわかる。

さっきより、楽に息ができる。


「そんな風に見えないですよ。最初に会った時から夕貴さんはかっこよくて綺麗でしたから。つきました」

「そんな事ありませんよ。ここですか……。人がほとんどいない公園ですね。だから、夫はここを選んだのかも?」

「そうかも知れないです。朝は、もっと誰もいなかったですよ。あっ、あのベンチに座ってました」

「わかった。行きましょう」


彼女と一緒にベンチに並んで座る。

ベンチに座って気づいたけれど、背もたれがあり木々に囲まれた公園内は後ろに誰かがいてもわからない。


「何か、昼間なのに薄暗いね。じゃあ、食べよっか」

「はい。いただきます」

「何を注文したの?」

「タマゴサンドとホットのカフェオレです」

「私も同じ」

「同じのが好きって奇遇ですね」

「違うわよ。真似したの」


ニコニコと笑いながら、彼女はタマゴサンドを口にしている。

聞き間違いじゃなければ、彼女は【真似をした】と言った。

何でだろう……。

真似をされたと言われた時に、気持ち悪さも嫌悪感も湧かなかった。

昔、同級生で仲の良かった長浜雪子ながはまゆきこに【真似したんだよ】と言われた時は吐き気と苛立ちを止められなかったというのに……。


「冷めちゃうよ?食べないの?」

「あっ、うん。食べます」


私は、タマゴサンドにかじりつく。

長浜雪子と彼女……いったい何が違うというのだろうか。


「でも、私が注文する時に夕貴さん近くにいませんでしたよね」

「あーー。うん。こんな事言ったら引いちゃうかもだけど……。私、嗅覚が鋭くでね。それで、社長室でしほりさんと話した時に感じたのよ。微かに漂うタマゴサンドとカフェオレの香り……。あーー。やっぱり引いちゃったよね」

「そんな事ありません」


どんな顔を私はしていたのだろうか?

何かすごいって思っただけだったんだけど。


「あっ、でも何で【バンビ】だって?」

「【バンビ】のサンドウィッチには、マヨネーズに少量のマスタードと焦がしたバターが混ざってるでしょ?」

「あっ、そう書かれていました」

「微かにだけど、その香りもきたんだよねーー。で、食べたくなっちゃったの。最近、食べれてなかったから」


体の中を覗き込まれたようで、急に恥ずかしくなる。

裸でいる事よりも、胃の中を見られる事の方が数倍恥ずかしいと知った。


「ごめんなさい。やっぱり、気持ち悪かったよね?」

「いえ、気持ち悪いとかじゃなくて、恥ずかしかっただけです」


思った言葉を口に出した瞬間。

頬が熱くなり、心臓が【ドキドキ】するのがわかる。


「恥ずかしい?」

「な、何ていうか。胃の中を見られたみたいで恥ずかしくて……。何て言えばいいのか……」

「ふふふ。面白いわね、しほりさん。あっ、たまごついてる」


彼女はナフキンで、私の口元の横にあるたまごをとってくれる。

【ドキドキ】する。


物心ついた時に、【恋の好き】か【友情の好き】かわからなくて困って悩んで眠れなくなったあの【ドキドキ】と似ている。

私はあの気持ちに答えを出さなかった。

答えを出さなかったのは、友達が少なかったせいで誰と話しても緊張して【ドキドキ】していたから……。

あれは、人見知りが生んだ勘違いだと今でも思っている。


「とれた」

「ありがとうございます」

「敬語じゃなくていいわよ。私達、友達でしょ?」

「友達ですか?」

「そう。復讐が目的の友達」


そうだ。

私達は、復讐が目的の友達。

これが、終われば関係も終わり。

だから、もっと肩の力を抜いて、今のこの時間を楽しめばいいだけ……。


「そうですね」

「それで、二人はここで【バンビ】のご飯を食べたって事よね」

「はい。食べていました」

「しほりさんは、どこにいたの?」

「私は、そこにいました」

「そんな真後ろに……?あっ、でも、朝ならもう少し暗いから気づかないわね」

「我ながら自分でも大胆な事をしたと思います」

「しほりさんは、凄いわね。私ならきっと見ないフリをしていたと思うから……。それで、二人はあのトイレに?」


二人が、ここでキスをした事は言わないでおこう。

私は、カフェオレで言葉を流し込みながら頷く。


「嘘でしょ?」

「えっ?!」

「確かに、私とは雰囲気ムードさえとらないわ。だけど、あんなに愛を囁いてるコウキがそのままトイレに直行するとは思えないわ。この場所で、愛を囁いてから行ったんじゃない?」


彼女の大きな黒目に覗き込まれた私は、嘘をつけない。

今朝の事を思い出すだけで、カフェオレを持つ手が震える。

それは、衝撃的で……。

悲しくて……。

屈辱だった。


「手が震えてるわよ。寒い?」


もうすぐ、冬に差し掛かろうとしているせいか、時折冷たい風が吹く。

彼女の指先が、ひんやりとしていて心地いい。


「大丈夫。まだ、秋なので寒くないから……」

「どうして、泣いてるの?」


私の涙に気付き、彼女はタマゴサンドを袋にしまう。

鞄から、除菌シートをとって手を拭くとポケットティッシュを取った。


「これ、使って」

「すみません……」


私は、ティッシュを一枚もらって涙を拭く。


ぬぐっても……。

拭っても……。

拭っても……。

涙が止まらない。

もらったティッシュは、びしょ濡れになった。


「何があったの?」

「ごめんなさい……」

「どうして、しほりさんが謝るの?しほりさんは、謝る必要なんてないわ。悪いのは、コウキとしほりさんの旦那さんじゃない」


私は、彼女の言葉に驚いた顔を向ける。


「ちゃんと話さなくちゃ。駄目ですよね。今、話すから……」


彼女は、私の頬に手を当てて涙をそっと拭ってくれる。


「言えないなら、無理に話さないでいいのよ。しほりさんが、話したくなった時で大丈夫。時間は、あるから……」


彼女の手から優しいローズの香りがする。

さっき、私を中和してくれた香り。

私は、彼女の手を掴んでしまう。

彼女の黒目が僅かに揺れるのがわかる。


「ごっ、ごめんなさい。私、何してるんだろ…………??」

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