第7話 帰宅【修正しました。夫を陽人に変更しました】
彼女からのお金を握りしめて、私は盗聴器を買いにやってきた。
「いらっしゃいませ。浮気調査とかですか?」
「は、はい」
「でしたら、簡単ですからコンセントに差し込むタイプがいいですよ」
店員さんに色々説明を受ける。
盗聴器、受信機、録音機、この三つをセットにしなければ証拠がとれないと教えられた。
「もし、よかったらカメラなんかを仕込ませて置くのもオススメですよ」
カメラと言われて、急に躊躇う自分を感じる。
「まだ、そこまでじゃないですから、大丈夫です」
「すみません」
店員さんは、何かを察したのかそれ以上は聞いてこなかった。
私は、商品を受け取り店を出る。
カメラの言葉に躊躇うなんて私の覚悟は、この程度のものだったのか呆れる。
どうせなら、盗聴器より映像の方がいいに決まってるのに……。
それでも、映像で陽人の裏切りをまざまざと見せつけられるのは正直心臓がいくつあっても足りないのを感じる。
帰宅した私は、寝室のサイドテーブルの下にあるコンセントに盗聴器を仕掛ける。
そして子供部屋に行き、受信機と録音機の入った紙袋を棚にしまった。
「はぁーー。何とか終わった」
私は、夫婦の寝室の隣にあるクローゼットから服を取り出す。
2DKしかないこの家に引っ越しを決めたのは、このファミリークローゼットだった。
陽人のスーツや私の服などを全て整理できると感じたから……。
私も陽人も、いろんな場所に服が散らばっているとめんどくさいタイプだったから……。
お気に入りのパールホワイトの刺繍入りワンピースに着替える。
さっきの黒づくめで、陽人に会えばバレてしまった時に大変だった。
着ていた服を朝のパジャマ達と一緒に洗濯機に入れて回す。
乾燥まで設定しておけば、陽人は絶対にこれを開けはしない。
髪の毛を整えて、私は洗面所を出る。
「あれ?どっか行くの?」
何で、陽人がいるの……?
「仕事は?」
「あーー。何か、ダルくて午後休とったんだよ」
「そう。風邪?薬とかお粥とかいる?」
「いや、そういうのはいいかな。ってか、絵茉はどうした?」
「絵茉は、お母さんに預かってもらってるの」
「やっぱり、どっか出掛けるんだ」
「あっ、うん。千尋がね、近くまで来てるからって、今水入れるね」
慌てた拍子にシンクに置いていたカラフェが床に落ちる。
パリン……。
「大丈夫か?」
「ごめん。今、拾うから……。陽人は、怪我しなかった?」
「俺は、大丈夫だよ。手伝うよ」
「いいよ。体調悪いんでしょ?イッ……」
右手の人差し指にガラスの破片が刺さる。
「だから、手伝うって言ったのに」
「ごめん」
「そっちに座って、手当てするから……」
私は、陽人に言われてダイニングの椅子に座る。
陽人は、ガラスを手際よく片付けてから私の元にやってきた。
指先から、血が流れているのを見つめる。
「見せて、今手当てするから」
「いい。大丈夫だから……」
「大丈夫じゃないだろ?」
私は、陽人に指先を手当てされる。
陽人を見つめていると【ワガママ】だと言われた言葉が頭を過る。
「しほりはさ、おっちょこちょいだよな。はい、終わり」
「ありがとう」
「そんなに痛かった?絵茉に乳首噛まれた時は、そんなに泣いてなかったじゃん」
陽人の言葉に泣いているのに気づいた。
何だろう……。
この複雑に絡み合った気持ち……。
「はい。ティッシュ」
「ありがとう」
優しくされればされる程、惨めになるのは何故だろう。
ティッシュをとって、涙を拭おうとした右手の指先が小刻みに震える。
わかった。
さっきから私の中に充満しているのは嫌悪感。
陽人といると、海の底に沈んでいるかのような息苦しさを感じる。
「どうした?しほり」
「陽人、私を愛してる?」
本来なら確かめる必要のない言葉が口をついてでる。
「ハハハ。何だよそれ。家族なら当然だろ!」
【愛してる】とは言ってくれなかった。
【当然】って何?
【家族なら】って何?
聞きたい言葉がうまく出てこない。
「やっぱり、そんなに二人目が欲しいんだな」
「えっ……?」
「二人目とか言って、子供産んで増えた性欲をどうせ満たしたいだけなんだろ?」
「どういう意味?」
「最後までは出来ないけど……。しほりを満足させるぐらいなら出来るよ」
陽人は、私を馬鹿にしているのがわかる。
「ムードとかいらないだろ?ほら」
陽人は、私の頬に手を当ててきた。
「ごめん……。今は、そんな気分じゃないから……」
精一杯の私なりの拒絶。
小さな抵抗。
「そんな気分とか関係ないだろ?しほりは、ムードとか必要ないだろ」
拒絶した唇を奪われる。
優しくないキス。
威圧的なキス。
陽人に触れられた場所から、黒く染まっていくのを感じる。
唇を無理矢理こじ開けてくる。
陽人の息が身体に入ってきた瞬間。
毒ガスを浴びたかのように息が出来なくなるのを感じた。
あんなに求めていたのに……。
あんなに愛していたのに……。
あんなに触れて欲しかったのに……。
「ごめん、陽人。千尋と待ち合わせだから、これ以上は……」
拒んだ瞬間、陽人は傷ついた顔をする。
どうして、陽人が傷つくの?
「何それ。毎日、毎日二人目がって言ってただろ?なのに、いざこうなったら拒絶するのはしほりなのか?おかしいだろ」
「ちがくて……実は、千尋との待ち合わせ時間に遅れてるの。だから、急いでて。だけど、陽人が心配だったから……」
「何だ。それなら、そう言えよ。俺は、大丈夫だからさっさと行きな」
どうして、私が気を遣わなくちゃならないの?
どうして、ホッとした顔をするの?
「ごめんね。ゆっくり休んで」
鞄をとって家を出る。
歩きながら、さっきポケットからうつしたそれを握りしめていた。
一緒に洗濯機に入れるつもりだったのに……。
真っ白なハンカチから、微かに漂うローズの香り。
私の中の毒ガスを中和させてくれる気がする。
「お腹すいた……」
私の足は、自然と【バンビ】に向かう。
やっぱり、すごい人。
昼食時の【バンビ】は、かなりの列が続いていた。
だけど、今は並ぶのは嫌じゃない。
むしろ、ここにいると悪意がない。
さっきとは違って息が出来る。
私は、列に並びながら財布を取り出す。
「しほり。これ、懐かしいでしょ?」
母に言われて見せられた写真を嬉しくて財布にしまっていた。
ここに、映る私は勇敢で正義感が強い女の子だった。
【私の代わりにあんたに何かあるなんて、許せないから……。それに、あんたは何も悪くない。なのに、何であんたが泣かなきゃならないの?あんたは、泣く必要なんてない】
彼女は、私よりももっと勇敢だった。
私は、弟と共に事故にあって引っ越した。
だから、あの頃の記憶がほとんどない。
大人になった、彼女はもっと強い人なんだろうな……。私とは違って。
「いらっしゃいませ。ご注文は、お決まりですか?」
「タマゴサンド1つとホットカフェオレ1つ。持ち帰りで」
「かしこまりました。少々お待ちください」
彼女の写真を見て思った。
もう一度、あの公園に行き……。
きちんと向き合おうと……。
タマゴサンドとカフェオレを受け取って【バンビ】を出る。
何も悪い事をしていないのに、私が何故泣かなければいけないのだろう。
【あんたの世界を変えるのは私だから……】
「待って……」
「えっ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます