第5話 叔母の協力【修正しました】
「力を貸すって何を?夕貴は、会社の事立派に出来ているじゃない。私が力を貸すような事はないわよ」
「違います。会社の事ではありません」
叔母の家政婦さんが、紅茶を持ってやって来る。
「じゃあ、いったい何を?」
「不倫を証明する方法が知りたいんです」
私の言葉に叔母は、納得した笑みを浮かべる。
「わかったわ。そんな事ならいくらでも、協力するわ。
「わかりました」
家政婦さんは、叔母に頭を下げて部屋を出て行く。
「まさか。コウキ君が不倫をしているなんてね。相手は、誰?」
私は、叔母に相手が【男】だとは言えなかった。
「まだ、わかりません。ただ、フルーティーフローラルの香りがする人です」
「相変わらず、よくわかるわね」
「はい。変わらず、鼻はいい方ですから……。それに、昔、調香師を目指したいと思っていましたから」
「そうだったわね。高校生の夕貴の部屋には、壁一面に香水や柔軟剤が置かれていたわね。懐かしいわ。夕貴のお陰で、あの人の浮気も発覚出来たのよ」
「私があんな言葉を言わなければ……叔母様達は今も……」
「何を言ってるのよ。夕貴が言ってくれたから、私はあの日覚悟が出来たのよ。私はずっと、あの人が不倫をしているんじゃないかって疑っていたのよ。疑いながら、生活をする事はとても苦しかった。もがいても、もがいても、溺れているような毎日だったの。それをあの日夕貴が救ってくれたのよ。だから私は、夕貴に借りを返さなくちゃいけないわ」
叔母は、紅茶をカップに注ぎながら笑った。
あの日、仕事で遅くなると言った叔父が帰宅したのは、22時を過ぎた頃で。
私は、叔父から漂うラベンダーの香りを感じた。
あの頃の私は、人の気持ちなんてものよりも感じた香りに似たものを探し当てる方が大切だった。
「どうした、夕貴?」
「叔父様、そのジャケットについている香りを嗅がせてもらってもいいですか?」
「香り……。そんなものは、いつもつけてるオーデコロンの匂いだろう」
「違います。叔父様がいつもつけているコロンの匂いではありません。もっと、アロマに近いというか……」
「どうしました、夕貴。夫の匂いが違うのですか?」
「佳代子叔母様……。はい。いつもとは違うので嗅いでみたいのです」
「嗅いだら、そのものを当てる事が出来ますか?夕貴」
叔母は、力強く私を見つめ……。
私もまた叔母の期待に答えたいと「はい」と力強く言ったのだ。
「
「勝手にしろ!!」
叔父は、苛立ちながらジャケットを叔母に渡す。
私は、その匂いを嗅ぎ分析をした。
15分後、私は部屋から持ってきた香水を叔母に差し出した。
「merrysweet《めりーすいーと》のeye《アイ》ですか……」
叔母は、私が持ってきた香水の瓶をまじまじと眺める。
「23歳~28歳ぐらいの女性に人気のブランドだよ」
私は、余計な言葉を叔母に発してしまっていた。
「48歳の君千嘉さんがつけるには、若すぎますね。これを借りてもいいかしら?」
「はい。大丈夫です」
それから、私は5年間。
叔父のスーツの匂いを嗅いでは、部屋にある香水や柔軟剤を差し出し続けた。
叔父の浮気の回数は、両手両足を足したって足りなかった。
それでも、叔母は許し続けていたのだ。
なのに、何故……。
昨年、離婚をしたのだろうか?
私は、叔母に疑問を投げつけていた。
「叔母様、どうして離婚を?」
「第二の人生を考えた時。君千嘉さんは私の中に存在しませんでした。いい歳をして、離婚なんてしなくても……。娘や孫に言われました。でもね、あんなに裏切られた人を許す事は出来ないんです」
「私が、匂いなんか調べなければ……」
「夕貴のせいじゃありませんよ。むしろ、感謝しているのよ。私は、浮気をしている事がわかっていても、その匂いがいったい何なのか特定する事は出来なかった。でも、夕貴は違った。私が、君千嘉さんのジャケットを持っていくと匂いを差し出してくれた。そのお陰で、私は何人も君千嘉さんの浮気相手に会う事が出来たの」
「会ったら、よけいに憎しみが沸いたんじゃない?」
叔母は、紅茶をゴクリと飲む。
「君千嘉さんとの愛を失った私にとって憎しみは生きる原動力だった。家族として生きて行く為に必要なエネルギーの源」
今の私には、叔母の言葉の意味がよくわかる。
「夕貴……。あなたは、私と違って早い方がいいわ」
「どういう意味?」
「別れるなら何もしがらみのない今にしなさいって事よ。子供は、厄介よ。父親も母親も好きなの。だから、私はあの子達から君千嘉さんを奪えなかった」
コンコンーー
「佳代子さん。田野倉です」
「入りなさい」
「失礼します」
田野倉さんは、大きめの箱を持ってやってきた。
「こちらでよろしいですか?」
「ありがとう」
叔母は、箱を受け取り中身を出していく。
「あなたがどこまで真実を知りたいかわからない。でも、どちらにしても、やる事はやらないとね。これが、盗聴器で。これが、カメラよ。それから、ペン型ボイスレコーダーに……」
叔母の説明を受けながら、私の顔が強ばっていくのを感じる。
夫の真実を知りたい。
でも、いざ知ってしまった時……。
私はどうなるかわからない。
「知りたくないのなら、やめておきなさい」
叔母は、盗聴器を差し出してきた。
「カメラを仕掛ける勇気はないでしょうから、初めはこれぐらいにしておきなさい。夕貴が欲しい真実が撮れるかはわかりませんが……」
こんな弱くちゃ駄目。
私は、さっき彼女に約束した。
夫を地獄に突き落とす事を……。
そして、彼女は私に自分の夫を地獄に突き落として欲しいとお願いしてきた。
私は、その言葉に報いたいと叔母に会いに来たのに……。
「やはり、夕貴には荷が重すぎますね。田野倉、こちらを……」
「お借りします。盗聴器」
「そう。じゃあ、一週間後、また私に会いに来なさい」
「わかりました」
「その時に、また話をしましょう」
叔母の言葉に頷いて、私は盗聴器を鞄に入れて家を出る。
「お嬢様、このまま帰宅しますか?」
「ええ。そうしてちょうだい」
私は、丸山の言葉に相づちをうち車に乗り込む。
「先ほどとは違い。何か強い覚悟を決めてきたのですね」
「えっ……。どうして……」
「わかりますよ。私は、幼い頃からお嬢様を見てきた。ほら、昔同級生の桜さんがいじめられた時……。あの時も、お嬢様は強い覚悟を決めていました」
「桜……?あーー、6歳の頃の話じゃない。彼女は、そのまま転校したわよ。それに、桜って名字だっけ?名前だっけ?そんなのも忘れちゃったわよ」
「確かに、桜さんは卒業アルバムには載っていませんからね。ただ、あの日と同じようにお嬢様が誰かの言葉に報いたいと思っているのが私にはわかるという事です。つきました」
丸山にドアを開けられた。
高級住宅地に佇む大きな三世帯住宅。
叔母一家が出ていき。
今、ここにいるのは私と夫と両親だけ……。
この家の広さをよく羨ましがられたけれど。
夫と住むまでは、この場所はただの箱でしかなかった。
「お帰りなさい。お嬢様」
「ただいま」
「お荷物、お持ちいたしましょうか?」
「結構よ。自分で持てるわ」
「かしこまりました」
5人の執事に、10人の家政婦。
幼い頃から、寄り添ってくれた
夫と結婚するまで、私が
私は、夫の寝室の扉を開ける。
私達、夫婦は別々に寝ていた。
それは、お互いに仕事をしているから……。
夫のベッドの脇にあるコンセントに盗聴器をつけた。
大丈夫。
これが、私の欲しいものを聞かせてくれるはず……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます