第2話 福理 悟という男②

悲鳴が、うめき声がこだまする実験室を淡々と研究員に連れられて歩いていく福理。


順番の関係で実験室のちょうど中央の実験台に福理は座らされた。近くの台にあるトレーの上には鈍く光る金属片「ミネクル」がまるで金属とは思えないほどに僅かながら蠢いている。


「なぁ」


清潔のためかスキンヘッドで髭も完全に剃った中年の研究員が福理に話しかける。


「あんた、詐欺かなんかでもやったのかい?」


「どうしてそう思われたのですか?」

 

「いや、人当たりが随分いいし、身綺麗だと思ってな。髪の毛は綺麗に七三分けに分けられていて、顔はそんじゃそこらの男じゃ敵わないくらいの美男子。汚れ仕事なんてやったことないような肌と180を超える身長。女に貢がせてたのかと思えてくる。年は、多く見積もって28ってとこか。」


「残念ながら詐欺はやっていませんよ。ご期待に添えず申し訳ない。ちなみに25です。元々、汚れることが多かったですが、成人してからは肌は気を使ってますからね。」


「ケッ、嫌味なヤローだ。だが喋り方が落ち着くせいでそこまで嫌な気がしねぇ。」


「私としては、貴方には詐欺という言葉より、ツルという言葉が似合ってると思いますよ。」


「誰がツルッパゲだ。やかましいわ。」


悍ましい実験の前だというのに担当の研究員と福理は冗談を交えた会話を繰り返す。


しかし、それも長くは続かない。


「なぁ、最後に一つだけ聞かせてくれよ。」


「なんでしょう?」


「あんた、ここに来るような人じゃないだろ。何やらかしたんだ?」


「……」


福理は数瞬の沈黙の後、口を開く。



「人を、殺したんですよ。」



研究員は僅かに驚き、眉が上に動く。


「少なくとも、100人は殺したかな。」


「戦争か?」


「まぁ、私にとっての戦争ですね。」


研究員はそれ以上、聞くのをやめた。


それでも福理は語る。


「私はね。他人の「幸せ」を奪う存在が許せないんです。」


「人は、何かを得ることだったり、社会的地位を高めることだったりといったことを人生の目標にしている時があります。」


「ですが、それらは全て「幸せ」というものにたどり着くためのものでしかないんです。」


「お金に固執する人、他人より強くありたい人が本当に欲しいのは、お金自体でも、力自体でもなくて「安心感」「優越感」であることが多く、愛に飢えた人が求める愛の形は人それぞれで異なっていますが、「己が満足」する愛の形でなければならないのは変わらない。」


「だからこそ、人は「幸せ」に向かって生きていく。己の「幸せ」とはなんなのか。自分自身の「幸せ」が遠い場所にあるからといって妥協したり、自分自身を騙したりしていないか。それらを己に問い、吟味し、指針を立てる。これこそが人生だと思うのです。」


研究員は福理の空気が鋭いものに変わったのを感じた。その圧力は実験室に響く悲鳴すら一瞬聞こえなくなったかと感じるほど鋭かった。


「私はね。自分や、他人の「幸福」が何より好きであり、」


福理の目に地獄もかくやと思えるほどの火が灯る。


「「他者の不幸を願い動く」という、己の幸福について吟味をしていないその考えがゲロを吐きかけてやりたいくらい嫌いなんですよ。」


殺意がほとばしる。


死んだと錯覚するほどの殺意が頭のてっぺんからつま先までを駆け巡り、全ての研究員が、被験者が一瞬硬直する。


その瞬間に福理は自分の座った実験台の2個・・隣の実験台の近くにあるトレーの上に置いてあった1ミリグラムほどのミネクルを掴み飲み込む。


福理の意識が、ミネクルに宿っていた魂に触れる。


「ナニカキタヨウダ」


触れられた魂が動き出す。

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