狂信者の秩序粉砕紀

タングステン

第1話 福理 悟という男①

ここは我々のよく知る「地球」とはまた異なる世界線の「地球」


1945年、長崎に原子爆弾を落とそうとしたアメリカの戦闘機が突如作戦行動中、消息を絶った。


その戦闘機に追随していた戦闘機、および観測者はその際、謎の金属生命体と交戦。これに手傷を負わせるものの、長崎に落とされるはずだった原爆とそれを搭載していた戦闘機は乗っていた隊員ごと連れ去られてしまった。


長崎に原爆は落とされなかったが、広島に原爆が落とされたことにより、日本はアメリカに全面降伏。1951年にワシントン平和条約が締結された。しかし同年、「奴ら」、その金属生命体が突如として南極からとてつもない数、姿を現した。


「アステロイズ」


奴らはそう名乗り、世界への侵攻を開始した。

まるで人間を弄ぶように…。


しかし、人類も阿保ではない。謎の金属生命体が原爆の威力をどこかで観測し、自分たちの存在を脅かすのではないかと考え、サンプルを確保するために長崎への戦闘機を鹵獲したのではないかという考えが、謎の金属生命体との邂逅後に上がるのは当然であった。いささか、自分たちの軍事力を過信した考えではあったがそれは的を射ていた。


アメリカは1945年に日本と秘密裏に敗北時の講和の条件を緩くする代わりに、謎の金属生命体との交戦情報を共有。協力を取り付け、アメリカ、日本連合(以下、連合)による対金属生命体の動きが1951年までの6年間加速することになる。


その過程でアステロイズの体の破片等を回収、研究が進められた。アステロイズの破片は驚くべきものであった。生物に移植し、適合すれば生体機能を侵すことなく、体を金属に出来、かつ金属純度を高めることで変幻自在に形を変えることができる。まさに魔法のような素材であった。連合はこれをミネクル(ミネラル+ミラクル)と仮称、ミネクルを用いた研究に着手することになる。


このことは人類の希望でもあり、同時にアステロイズにとっての、連合の警戒度を急上昇させるには十分なものであった。


連合はアステロイズに対する対抗策として、人間にミネクルを適合させる実験を行い、適合者をつくりあげようとした。借金のかたにされ臓器売買に手を出すしかないような落伍者や、自殺を考えるほどに病んだもの、仕事もろくにしないような社会不適合者が最初の被験体として選ばれ研究所に送られた。


そんな中で一人の異質な男がいた。


社会不適合者の一部がその男の元に集って仲睦まじく歓談をしている。


その男の周りには笑顔が絶えず生まれていた。

 

悲壮感漂う実験場には場違いな空気がそこにはあった。研究員の誰もが、「あれは詐欺師に違いない」と思えるほどに、社会不適合者の集まりとその男の口調、人を惹きつける力はミスマッチであった。


この男こそが、福理ふくり さとるである。


そして、ついに実験段階となり、五十音順で被験者たちに実験が施されていく。適合しなかったものはもがき苦しみ、断末魔の悲鳴をあげ続ける。それは福理もいる被験者たちの待機室にも響き渡り、被験者たちの不安と恐怖が恐ろしい速度で膨れ上がっていく。自分たちはどうなるのだろうか。苦しみながら死ぬのだろうか。そんな不安と恐怖、やり残したことへの後悔が室内に蔓延し、歯の根を鳴らす音や、すすり泣く声が室内にこだまする。そして福理の番が来た。彼とここに来て仲良くなった者たちからは行くな。という彼を案じる思いが滲み出たような視線が向けられる。それに対して彼は


「いってきます。」


その一言と、とびきりの笑顔を残して実験室へと消えていった。



福理には特殊な能力があった。


それは魂が見えるという能力である。


生きている魂、死んだ魂。それを問わず、あらゆる生命の魂が考える感情が、思考が、朧げながら福理には見えていた。


自分の傍らで自分を呪っている母の魂も、そんな母を無視し、自分を静かに見つめている父の魂も見えていた。


福理にとって人生とは「考える」ことであった。


なぜ自分の母はここまで自分を憎むのだろうか。


私という存在が何をしたのだろうか。


他の人たちの傍らにいる魂のように暖かな何かを自分も受け取りたい。


このように考えた福理が人と関わろうとすることは自明であった。


傍らによりそう親たちの魂が福理が天涯孤独ではないことを示しているのとは裏腹に、物心ついたときには戦災孤児として天涯孤独と言っていい身の上で過ごしてきた福理。


魂から滲み出る悪意を察知しながら危険を回避したりしながら幼少期を過ごした。


哀れみの感情を抱かせるような格好をして物乞いをし、哀れみが苛立ちに変わりそうになったら何か自分にできることはないかをアピールする。


それだけで人々は福理に暖かな眼差しを向け、福理でもできそうな仕事を回し、賃金までくれるようになった。


見限られないために必死に働いた。


福理は強かだった。あの時までは。


福理が8歳の頃、福理がよく通っていた駄菓子屋のおばあちゃんが何者かに殺された。


福理は犯人がすぐにわかった。それは駄菓子屋の近所の郵便局の職員であった。殺人現場となった駄菓子屋の周りに集まったガヤの中で明らかに他の人とは違うものを抱いていたからだ。


快感、嫌悪、殺意、悪意、それらをごちゃ混ぜにしたような感情と、手に持った血濡れのナイフの記憶。それを福理は見た。


現場で悲しみに暮れ泣いている子供たちに対しても、死んだおばあちゃんに向ける悪意ある思いを同様に抱きながらそれをおくびにも出さない奇妙な女だった。


福理は怖かった。同時に憤った。道徳を習ってなくても人との関わりで人間の機微があることを知った。黒い感情も白い感情もどちらもあるけれど人はそれに折り合いをつけながら必死に生きていることを福理は知っていた。


その憤りのままに、殺人についてのことが書かれている紙でその職員を人気のないところへ呼び出し、問いただした。


「なんで、おばあちゃんを殺した。」


職員は、こんな子供に見られていたのか。という驚きと共に一言だけ答えた。


「目障りだったのよ。」


そう言い、一振りのナイフを取り出す。


それと同時に周囲に配備されていた警官たちが銃を女に向ける。


「動くな!」


女はナイフを振りかぶり、


己の頸動脈を掻き切った。


福理にはその感情の動きが信じられなかった。


ほんの一時前までは、福理を殺し口封じをしようという感情が息巻いていた女は、方位した警官を見るなり、その感情が絶望へ、そして諦観。自死へと感情が動いていったのを福理は見た。



なぜ?


生きていればやり直せたかもしれないのに。


そんなに簡単に死を選べるものなの?


戦災孤児として底辺の生活を送りながらも、もがき生きてきた福理には、理解はできても共感の全くできないものであった。



そんな事を考える福理に女の今際の際の感情が届く。



私はただ、「幸せ」に生きていきたかった。



福理は理解した。


あぁ、そうか。この人は自分の「幸せ」を見失ったのか。


人とは「幸せ」を目指す事で生きている生き物なのか。と


福理はこの日から強かではなく、狂気に呑まれた。


他者を利用するなら、利用した他者をも道連れに幸せにする。自分がそうなった方が「幸せ」だから。


己の不幸を願うやつがいるのならばそいつを不幸にしよう。その方が自分にとって「幸せ」だから


全ては「幸せ」という結果を、自分が得るために…




福理は実験室に消えていった。


背中におびただしいほどの福理を慕う魂を。もはや呪いとすら呼べるようなものを背負って、ミネクルと呼ばれる眼前の金属片。有りし、その欠片と対話するために…

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