第26話
「あの子の臓器はきっとお嬢様に適合します!」
突然の発言に3人共目を見開いて絶句した。
あの子とは亮子のことで間違いない。
でも、どうしてこの男がそんなことを知っているんだろう。
「お嬢様のクラスメートについては一通り調べさせていただきました。血液型はもちろん、今までの病歴や事故の有無など。その中でただひとり、あの子の血液型がお嬢様と一致したのです」
熱弁する男に海斗は「血液型?」と聞き返した。
「私の血液型は珍しいの。それでドナーがなかなか現れなかったの」
梓は静かに答える。
「あの子は幼い頃交通事故にあっていて、その時のデータがありました。詳しい血液型を確認したので間違いありません」
男は高揚した声色をしている。
しかし、梓は少しも笑わなかった。
「それで亮子を殺そうとしたの?」
低い声で聞かれて男は黙り込む。
「このままでお嬢様の体は数ヶ月も持ちません」
男の声が震えた。
海斗と健は一瞬息を飲む。
嘘だろ……。
海斗の体からスーっと血の気が引いていくのを感じた。
あ梓の様態がよくないことはわかっていたけれど、そこまでとは考えていなかった。
あと数ヶ月で梓がいなくなってしまうかもしれないなんて、考えただけで胸が押しつぶされてしまいそうだ。
「私はそこまでして生きていたくない!!」
梓の激しい怒号が病室内に響き渡った。
男がビクリと体をはねさせる。
梓は両頬を涙で濡らして男を睨みつけた。
「亮子は私の友達なの! こんな私のことを友達だって思ってくれているの!」
大声を出したせいか、梓が咳き込んだ。
咄嗟に男が近づくが梓が手で静止する。
「あなたはもう私の執事じゃない。今日、今この瞬間に辞めてもらう」
冷たい声が、病室内にこだましたのだった。
☆☆☆
男のやったことは警察でも調べ上げられて、殺人未遂で逮捕されることになった。
「いつも日曜日に来てたんだ」
亮子がそう言うことで、いつも平日にお見舞いに来ていた2人と鉢合わせをしなかった理由も判明した。
「本当にごめんね」
梓はベッドの上で申し訳なさそうにしている。
犯人が逮捕されたと言っても、それが自分の執事だったことで随分と落ち込んでいるようだ。
「もう謝らなくていいってば。梓ちゃんが悪いわけじゃないんだしさ」
亮子は呆れ顔だ。
今までだって散々謝られてきて本当にうんざりしている様子だ。
「あいつだって梓のためにって思ってやってたことなんだよなぁ」
健が難しそうな表情で呟く。
男のやり方は間違えだったかもしれないけれど、梓を助けたいという気持ちはきっと3人と変わらない。
自分たちにできることんなんて少ししかないけれど、それでも梓のためになにかしたいと思って行動を続けてきたのだから。
「そうだな……」
海斗は作ってきた千羽鶴をベッド脇に飾り付けながら返事をしたのだった。
☆☆☆
海斗と健と亮子の3人が約束をして放課後お見舞いへ行くようになって一週間が過ぎていた。
『ごめん、今日は検査が長くなりそう』
そんな連絡が来て海斗は肩を落とした。
今日も梓に合えると思っていたけれど、そういうわけにはいかなさそうだ。
「最近検査が多くなったね」
仕方なく3人でブラブラと歩きながら亮子が呟く。
「そうだなぁ」
健は流れてくる汗を手の甲で拭って答えた。
季節は夏が近づいてきていて、もうすぐ夏休みが始まる。
楽しみ半分、今年はどうしようかと悩む気持ちが半分ずつある。
できれば毎日梓に会いに行きたいけれど、今回みたいに検査で会えない日だってあるはずだ。
「本当に私の臓器を使えるんだったら……」
亮子はそこまで言って口を閉じた。
それ以上言うときっと海斗と健が怒ってしまうことがわかっていたからだ。
相変わらず梓のドナーが現れることはなく、梓はどんどんやつれていっていた。
それを止める術は3人には持っていない。
「とにかく今年は目一杯楽しい夏休みにしよう!」
気を取り直すように健が拳を突き上げる。
夏休みまで後数日。
梓の命はあとどれくらいもつのだろうか……。
「ここから花火を見ることができるなんて最高じゃん!」
亮子が興奮気味に言って窓へと駆け寄った。
梓が入院している病室の窓からは花火会場となる河川敷を見下ろすことができる。
茜色で染まった河川敷へ視線を向けると、色とりどりの屋台が出ているのがわかった。
「私もびっくりだよ」
ベッドに上体を起こしている梓が嬉しそうに言う。
今日は街の花火大会で、どうせなら4人で行こうという話しになっていた。
しかし残念ながら梓の外出が許可されず、断念するところだったのだ。
それが担当医からのはからいで、この部屋から花火を見ることができるから、時間外においでと言われたのだ。
そう言われて来ないわけがない。
こうして4人集まって花火が見らるなんて、本当に夢みたいだ。
「昨日、五十嵐から手紙が来たの」
外がだんだん暗くなり始めて、遠くから花火大会の協賛のアナウンスが聞こえ始めたとき、梓がポツリと言った。
「五十嵐?」
ベッドの横の丸イスに座って窓のほうを見ていた海斗が聞く。
「私の元執事」
そう言われて初めてあの男の名字を知った。
五十嵐という名前だったのか。
「亮子のこと、本当に反省してるって」
「そっか」
「それで、許してもらえるのならもう1度執事としてやり直したいって」
「懲りないやつだなぁ」
海斗は声を上げて笑う。
そのくらい、梓のことが好きなのだろう。
だけど、好きな気持ちでは自分も負けていなかった。
海斗は窓の向こうに上がり始めた花火を見つめて、梓の手を握りしめる。
細くなってしまった指先に少しだけ胸が傷んだけれど、気が付かないふりをした。
今だけは。
この瞬間だけは世界一幸せな2人でいたい。
「キレイ」
梓がうっとりとした表情で呟く。
「あぁ」
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