第25話
問題はもう少し後の時間帯だ。
この交差点は小学生だけでなく、一般の人たちもよく使う。
学校から出てきた生徒たちと一般の人たちが入り混じり、ぎゅうぎゅうになってしまう時間帯が一番危険だった。
少し待っていると教室から出てきた友人らがやってきて「あれ、お前らなにしてんの?」と、不思議そうに声をかけてきた。
さっさと教室を出たはずなのに、まだこんな場所にいたからだろう。
「安全確認」
健が適当に対応している。
その間にも生徒の数が増えてきたので海斗は亮子の姿を探した。
まだ出てきていないようだ。
文字通りぎゅうぎゅうの交差点が青になって、生徒たちが横断を始める。
しかし信号はすぐに赤に変わる。
この信号機は歩行者側が短いので、余計に人が集まることになってしまうのだ。
時間的にも丁度いいのか犬をつれた女性の姿もチラホラと見えてくる。
時折外回りをしているサラリーマンがここで立ち止まることもあった。
こんな中で交通事故をが起きれば、駄菓子屋の比ではない被害が起こってもおかしくはなかった。
海斗は無意識のうちに拳を握りしめていて、じっとりを汗が滲んできていた。
「亮子だ」
健の声が聞こえて振り向くと、亮子が校門を抜けてこちらへ歩いてくるところだった。
2人は注意深く亮子の様子を見守る。
亮子は今はひとりで、信号機の手前で立ち止まった。
「どうする、近くに行くか?」
健に聞かれて海斗は頷いた。
あまり亮子とは離れていないほうが良さそうだ。
2人は人波をかき分けて亮子へと近づいた。
小柄な亮子は難なく横断歩道の前の方へ移動できていたけれど、2人はそういうわけにはいかなかった。
「ちょっとすみません」
「通ります」
と、声をかけて徐々に亮子に近づいていく。
そしてもう少しで真後ろまで来るというときだった。
亮子の体が突然よろめいたのだ。
まだ赤信号の横断歩道へ向けて一歩前に足を踏み出す。
咄嗟に海斗は手を伸ばしていた。
その手が亮子の手首を掴むと、一気に引き寄せた。
亮子の体が人波の中へ戻ってきて、そのまま膝をついてしまった。
「大丈夫?」
身を屈めて質問すると、亮子は真っ青な顔をして頷いた。
「なんだよ今の。誰かに弾き飛ばされたように見えたぞ」
健が後ろから険しい表情で言った。
海斗にもそんな風に見えた。
誰かが亮子の背中を強く押したのだ。
でも、一体誰が……?
亮子が立っていた場所へ視線を移動させてみるが、そこにいるのは犬をつれた2人組の女性と、学校の生徒達だ。
みんな何事かとこちらを見ている。
大丈夫ですか?
と、声をかけてくれる人もいる。
違う、この人たちじゃない。
海斗がそう思った時、人混みから離れた場所に男の姿を見つけた。
その男は早足にここから離れていく。
もしかして、あいつか……?
たち上がってすぐに追いかけようとしたタイミングで、信号が青に変わった。
今まで立ち止まっていた人たちがいっせいに動き出す。
海斗は人に流されないように必死になって男を追いかける。
しかし、人波から出た時男はすでに小さくなってしまっていた。
「逃がすかよ」
小さく呟き走り出す。
とても追いつける距離ではなかったが、諦めるつもりもなかった。
亮子は梓の大切な友達だ。
亮子がいなくなったら梓がどれだけ悲しむか、想像に難しくない。
「逃げるな!!」
海斗が大声を上げると一瞬男が振り向いた。
その顔に見覚えがある気がして心臓がドクンッと大きくはねた。
思わず足が止まりそうになってしまう。
でもなんで?
どうしてあいつが……?
愕然とすると同時に海斗は自分の推理は間違えていたことを知った。
担任教師の噂は本当にただの噂で、亮子を狙ってなんていなかった。
亮子を狙っていたのは……。
「そこまでだよ」
そんな声が聞こえてきたかと思うと、茂みの影から梓が姿を表した。
梓の出現に逃げていた男が立ち止まる。
「お嬢様、どうしてここに」
息を切らしながら男が呟くのが聞こえてきた。
そう、亮子を突き飛ばしたのは梓の執事だったのだ。
「私の予知夢は相手の顔までは判別できない。だけど、体格や服装なら見ることができる。あなたのこのスーツ。私の両親が作った特注品だから夢の中でもすぐにわかった」
2人に追いついた海斗は肩で大きく息をした。
その後から亮子と健の2人も駆け寄ってくる。
「梓ちゃん、病院は?」
亮子が驚いた様子で訪ねて梓が「ちょっとだけ抜け出してきた」と、舌を出して見せた。
しかしその表情は暗い。
自分の執事が自分の友人の命を狙っていたのだから、当然だった。
「今まで亮子を狙ってきたのもあなた?」
梓が執事に向き直る。
「……そうです」
執事が観念したように答える。
梓は学校へは来ていないけれど、亮子と同じクラスだった。
普段両親代わりとなっている男が学校へ出入りすることは可能だし、クラスの情報を持っていてもおかしくはなかった。
なにより、秋吉の財力を使えばそのくらいの情報は苦もなく得ることができるはずだ。
「なんでそんなことを」
梓が苦しげな声で聞く。
男が口を開こうとした、その時だった。
梓が突然その場に倒れ込んだのだ。
顔は真っ青で呼吸が荒い。
「梓ちゃん!?」
亮子が叫んで膝をつく。
「お嬢様、しっかりしてください!」
男は青ざめ、急いで救急車を呼んだのだった。
救急搬送された梓はすぐに落ち着いて、けれど担当医にはこっぴどく怒られることになってしまった。
しばらくは梓専属の看護師がぴったりとくっついているようになってしまった。
「どうして亮子を狙ったの?」
落ち着いて病室へ戻ってから、梓はベッドの中から執事に聞いた。
ドアの近くには海斗と健の2人もいるが、亮子には帰ってもらっていた。
一番の被害者は亮子であるけれど、全部解決してからちゃんと説明することにしたのだ。
この男は長年梓に使えてきていて、本当に信用できる人間だった。
そんな人がこんな問題を起こすということは、よほどの理由があるはずだ。
「お嬢様を助けたかったんです」
執事が絞り出すような声で呟いた。
「私を助ける?」
梓は眉間にシワを寄せる。
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