第20話

梓の言った言葉はきっとここにいる全員が1度は考えたことだった。



梓の命は残り少ないのではないかと、みんなが感じていたことだった。



でも、それを本人の口から聞くと衝撃的なものだった。



胸の奥で大きな爆弾が爆発してしまったかのような衝撃を受けて、海斗は黙り込む。



誰もなにも言わない時間が続いた。



10分、15分。



体感的には何時間にも感じられるくらいに長かったけれど、実際にはほんの数十秒だったかもしれない。



「それでも、まだ梓ちゃんは生きてるだろ」



小さな声で言ったのは健だった。



その声はかすれて震えている。



ハッとした様に梓が顔を上げた。



「生きている限り、あの男は梓ちゃんの付き人だ。だから、梓ちゃんの連絡に出ないのは付き人として失格だと思う」



あくまでもそれは男を責める言葉だった。



梓の言葉に否はなかったと告げたいのだろう。



「そうだよ。あいつがそういう態度を取るなら、今度は俺たちが毎日でもお見舞いに来るよ」



海斗が横から言った。



今まで自分が梓から逃げていたことは棚に上げて。



梓が嬉しそうに頬を緩める。



「うん。ありがとう2人とも」



梓の顔に笑顔が戻って人まずは安心した。



やっぱり好きな子には笑顔でいてほしい。



「じゃあ気を取り直して、面白かった話しでもしようか!」



健がパンッと手を叩いて気分を返る。



梓が楽しげに頷く。



海斗も一緒に声を上げて笑いながら健の話しに聞き入った。



ただ、心の片隅にはずっと、男のことを考えながら。


☆☆☆


どうして男は梓に会いに行かなくなったのだろう。



自分には頬を殴り飛ばしてでもお見舞いに行かせたくせに。



海斗はもんもんとした気分のまま着替えをして、朝ごはんを終わらせた。



「海斗、最近ゲームをしすぎなくなったし、本当によかったわ」



「そうだな。海斗もどんどん成長して行っているんだな」



背中に両親のそんな会話を聞きながら玄関を開ける。



と、目の前に黒い箱が置かれていることに気が付いて「あっ!」と声を上げていた。



大急ぎでそれを手に取り、周囲を見回す。



すでに男の姿はどこにもなくて軽く舌打ちをした。



自分が用事のあるときには玄関先で待っているくせに、海斗から男へ用事があるときには姿を見せないらしい。



都合のいい男にまた舌打ちをしてしまった。



でも、男がこれを持ってきたということは梓に会いに行ったということだ。



その点に関してはホッとするところだった。



黒い箱を大切にランドセルにしまった海斗は通学班と合流をした。



1年生の歩幅に合わせて登校するのももどかしい気持ちだ。



早く学校へ行って、いつものように健と2人でギフトの中身を確認したい。



気持ちが先走ってついつい早足になり、6年生から注意を受けてしまった。



こんな自分が来年には6年生になって下級生たちを連れて学校へ行くのだと思うと、自分でも信じられない気持ちだった。



遅刻は厳禁だという時点でメマイがしてくる。



そんな未来を想像しながら学校へ向かうと、ちょうど健が昇降口で靴を履き替えているところだった。



「健!」



声をかけて駆け寄ると寝癖がつきっぱなしの健が振り向いた。



「よぉ海斗」



片手を上げたその手を掴んで強引に歩き出す。



健はつまづいて転けそうになりながらも何かを察した様子で黙ってついてきた。



2人して生徒のいない廊下の隅まで移動してきて、海斗はさっそくランドセルからギフトを取り出した。



「それが来たってことは、梓ちゃんと会ったんだな」



「そうみたいだな」



健もホッとしている様子だ。



「箱を開けてみるぞ」



そう言って箱を開けて手紙を取り出す。



手紙の文字は間違いなく梓のものだった。



『女子生徒が川に落ちる』



その文字が目に入った瞬間海斗は呼吸が止まるかと思った。



川での事故は毎年何件が起こっているけれど、今の時期はまだ早い。



たいてい夏休みなどの長期休暇で起こっていることだった。



「川の事故か……」



健も難しそうな表情を浮かべている。



一言川の事故と言っても学校付近に大きな川は2本流れている。



そのどちらで事故が起こるのかわからないことには、助けることは難しいだろう。



「川の名前が書いてある」



海斗は手紙の続きへ視線を向けて言った。



幸い川の名前と時間も書かれている。



川は学校から一番近く、そして一番大きな川。



時間は放課後での出来事だった。



これなどうにか助けることができるかもしれない。



一縷の望みが出てきた気分だ。



「でも川のどこなのかがわからないな」



横から手紙を見ていた健が呟く。



たしかに、川の名前は書かれていても詳細な場所までは書かれていない。



川は長く、河川敷もあれば橋の上から落ちてしまうなんてこともあるかもしれないのだ。



様々なシチュエーションが考えられる。



「確か、通学路であの川を渡ってくる班があるよな」



海斗は記憶をたどり寄せながら呟いた。



放課後ということは学校帰りだろうし、だとすれば通学路を通って帰るはずだ。



あの橋を渡って帰る途中で川に落ちるというシチュエーションが最もしっくりくる。



「でも、あそこは高い手すりがあるよな。川に落ちるためにはあそこを乗り越えないといけない」



健が指摘する。



確かにそうだった。



小学生の通学路になっていることもあり、橋から川に落ちないようにしっかりと手すりが付けられている。



低学年の身長よりも高いから、簡単に乗り越えることは難しそうだ。



「そうなると、河川敷で遊んでいて流されるってパターンかな」



自分で呟いておいて、最もそれが現実的であるような気がした。

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