第18話
「それならとびきり面白い話を持って行こうぜ。病院にいたんじゃ変わったことも起こらないだろうしさ」
「それいいな」
お金のない海斗たちにとってもそういうお土産のほうが助かる。
2人はトロトロと歩いて家に向かいながら、学校内で起こった面白い事件を思い出していたのだった。
翌日も、その翌日も海斗と健はお見舞いへ向かった。
しばらくお見舞いに来ていなかった海斗は最初の2人目までは緊張していたけれど、それもすぐに慣れてしまった。
「こんにちはー!」
健と一緒に元気に挨拶をするのは5階ナースステーションにいる看護師たちに向けてだ。
看護師たちは健と海斗が来ると必ず挨拶をしてくれて、時々お菓子をくれるようになった。
患者さんの家族が持ってきてくれるお土産の残り物らしいけれど、海斗たちにとっては素直に嬉しかった。
「それでさ、そいつさがー」
海斗が学校内で起きた面白い出来事を話して聞かせる。
梓は興味津々といった様子で目を見開いてその話を聞いてくれた。
時折笑い声が漏れてくる病室に、看護師たちも海斗と健に関心した様子を見せている。
梓は1人のときずっとベッドから窓の外を眺めていて、滅多に笑うことがないらしい。
面白いテレビがあるよと教えても、自分から積極的に見ようとしないらしかった。
「笑えば病気なんて吹っ飛ぶんだぞ」
最後に海斗がそう言うと、梓は笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら「そうかもしれないね」と、同意した。
だけど体力が落ちている梓に無理をさせることは禁物で、いつも2人の話は20分以内に収められるものになっていた。
それ以上梓に突き合わせていると、どんどん顔色が悪くなってくる。
それでも梓は話の続きが聞きたいのか、少し無理をしてしまうようなのだ。
「今日の話はこれでおしまい」
海斗が締めくくると梓は満足げに微笑んで、ベッドを下げる。
「じゃあ、明日もまた来るから」
海斗がそう言うと、梓は必ず海斗の手を握りしめた。
まるで海斗の存在をしっかりと確かめるように強く握りしめる。
それでもその力は弱くて、その度に海斗は涙が出てきそうだった。
けれど、絶対に梓の前ではなかないと決めていた。
泣きたいのは自分だけじゃない。
梓だって泣きたい気持ちを我慢しているに違いない。
俺はもっと強くならないといけない。
「約束だよ?」
「もちろんだ」
そうして海斗と健は病室を出る。
白いドアを閉めた瞬間現実へ引き戻されて、2人は真剣な表情になってエレベーターを待つのだ。
その間の会話は少しもない。
誰もいないエレベーターに乗り込んで、ようやく海斗が口を開く。
「また痩せたかな」
「あぁ」
そんな短い会話だけですべてが理解できた。
海斗が再びお見舞いに来るようになってから、梓は見る見る痩せてきていた。
今までもそうだったと健は言うけれど、海斗は自分が梓に無理をさせているのでは無いかと感じて、気が気ではなかった。
楽しそうに笑う梓の声だって、日に日に小さくなっている気がする。
自分がそう思い込んでいるだけなのかもしれないけれど、やっぱり気がかりだった。
「お前がそんな顔してたら、梓ちゃんに心配されるぞ」
病院を出て歩きながら健が海斗の背中を叩いた。
「あぁ。わかってる」
海斗は小さな声で呟くように返事をしたのだった。
☆☆☆
いくら健に励まされてもやっぱり海斗にとって梓が弱っていく姿は胸が痛むものだった。
思わずお見舞いから逃げ出してしまう気持ちも、今でも持っている。
けれどもうそれはしないのだ。
梓は真正面から自分に向きあって、信用してギフトを送ってくれている。
だから海斗も真正面から梓と向き合いたかった。
自室へ戻ると海斗は勢いよくベッドにダイブをした。
ふかふかの布団は太陽の匂いがして、昼間母親が干してくれたのだろうということがわかった。
そんな布団に顔をうずめて、海斗は肩を震わせた。
病院のベッドで横になっている梓の姿を思い出すと自然と涙が出てきてしまう。
細い体。
弱々しい笑い声。
もう少しで消えてしまうんじゃないかという恐怖心がつきまとう。
「俺が泣いてどうするんだよ」
呟いて強く涙を拭った。
それでも涙は際限なく溢れ出して止まらない。
止めたいのに。
強くなりたいのに、まだなれない。
そんな自分が不甲斐なくて、また涙が流れ出す。
「チクショウ!」
海斗はやり場のない気持ちから、拳を布団に叩きつけたのだった。
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