第16話
「どうした?」
「みんな4人組の班で料理をしているのに、1人で作ってる子がいる」
海斗は簡潔に説明した。
それぞれの役割分担を決めて作業している中、その子だけ1人で作業をしている。
そのため右往左往しているように見えたのだ。
「なんでだ」
「さぁ?」
海斗にも理由はよくわからない。
1人だけ班の人数からあぶれているのなら、どこかに入れて貰えばいいだけだ。
なんにせよ複数の料理を1人で一気につくるなんて無理なことだった。
女子生徒は今揚げ物をしているが、油が熱されすぎているのかひどい音がここまで聞こえてくる。
女子生徒はその音にびっくりして油から身を遠ざけた。
「おい、あの子って亮子ちゃんじゃないか?」
身を乗り出して教室の中を確認した健が驚いた声をあげる。
「亮子ちゃん?」
誰だ?
と思って首をかしげたその瞬間だった。
亮子がガスの火を弱めようと手を伸ばしたとき、油の鍋から炎が立ち上がったのだ。
炎は天井まで届く高さで一気に燃え上がる。
亮子がとっさに手を引っ込めて後退する。
驚きすぎてそのまま尻もちをついてしまった。
近くにいた生徒たちは悲鳴を上げて逃げ出した。
異変に気が付いた先生が教室前方におかけている消化器へと走る。
その間に海斗と健が飛び出していた。
家庭科室へ飛び込んで、予め用意してあった消化器の栓を抜いて炎へ向けて発射する。
炎は見る間に白い粉に包み込まれて、すぐに消えてしまった。
以外にもあっけない最後に海斗と健は目を見交わせて苦笑いを浮かべる。
これくらいなら消化器2本もいらなかったかもしれないが、少し遅れていれば更に被害は大きくなっていたかもしれない。
備えあれば憂いなしだ。
まだ呆然とした表情で座り込んでいる亮子を見て、海斗はようやく相手のことを思い出した。
前回駄菓子屋の近くで事故が起こると予言されたときに助けた子の1人だ。
あの時は3人いたから、名前と顔をしっかり覚えていなかったのだ。
「大丈夫?」
座り込んでいる亮子に手をのばす海斗。
亮子は青ざめていたが、どうにか海斗の手を借りて立ち上がることができた。
「うん、ありがとう」
亮子は戸惑いながらも海斗と健がここにいることに疑問を感じたようで首をかしげている。
「俺たちは偶然通りかかっただけだから」
海斗はそう言うと、健と共に家庭科室を後にしたのだった。
☆☆☆
2人の活躍は再び学校内で有名になった。
廊下を歩いていれば先輩後輩関係なく声をかけてくれる。
それに応じながらも、2人は少しも晴れ晴れとした気分にはならなかった。
「あの火事、どう思う?」
放課後になって健が海斗の席までやってきてそう聞いた。
「うん。なにかおかしいと思う」
あの後先生に聞いた話によれば、亮子の班だけ偶然1人になってしまったのだと言った。
他の生徒たちは先生に作り方を教わるために、少しの間移動していたのだ。
その間に起きた事故だったらしい。
「でも、そんなことってあるか?」
「ないよな、普通」
健の言葉に海斗は真剣な表情で答えた。
あんなふうに火を使う場合、先生に質問があるとしても1人ずつ移動するはずだ。
それなのに亮子は1人きりになっていた。
それに関しては先生も同じ班の子たちも反省していたけれど、どうも納得できなかった。
「よくわからないけど、とにかく今日はお見舞いに行くんだろ?」
途端に話題を変えられて海斗は一瞬言葉に詰まった。
でも、もちろん行くつもりだった。
梓は未だに自分のことを頼りにしてきてくれている。
それなのに、自分だけ梓から逃げるわけにはいかなかった。
「もちろん、行くよ」
海斗はそう答え、頷いたのだった。
☆☆☆
2人して病院の前までやってきたがそこで足が止まってしまった。
数日ぶりの病院に海斗は表情をこわばらせている。
「大丈夫か?」
「あぁ、平気」
健にはそう返事をして置いて、今朝殴られた頬にふれた。
まだ少し痛むけれど随分と手加減してくれていたようで、腫れは目立たなかった。
海斗は健の後ろについて病院内へと足を進めた。
今日は平日なので待合室に人の姿が多い。
薬を貰いに来た年配者や、顔色の悪いスーツ姿の中年男性。
そんな中に元気な自分たちが入っていくのが、なんとなく後ろめたい気持ちになる。
ランドセルを背負った2人組は目立つようで、5階へ到着するとすぐにナースステーションから「あら、健くんいらっしゃい。今日は友達も一緒なのね」と、声をかけられた。
看護師に声をかけられてあたふたしている海斗を横目に健は笑顔で「こんにちは」と挨拶している。
海斗がここへ来ない間に随分と仲良くなったようだ。
海斗も看護師と軽く挨拶を交わしたあと、2人は梓の病室へと向かった。
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