第15話
「梓はわざわざ予知夢を書いた手紙を箱に入れて渡してくる。それは、お前以外の人間に見られないようにするためだ」
そして、男はそんな梓の気持ちを汲んで、決して中身をみることはなかったのだろう。
2人が強い信頼関係で結ばれているのが痛いほどに伝わってくる。
「梓にとってお前は特別なんだ。俺なんかよりもよっぽどな」
男が座り込んだままの海斗にギフトを差し出す。
海斗はおずおずと手を伸ばしてその小さな箱を受け取った。
箱は相変わらずとても軽くて、振ってみると微かに音がした。
「……ごめん」
海斗は小さく謝ると、勢いよく立ち上がり学校へと向かったのだった。
☆☆☆
「おい、どうしたんだよその顔」
5年3組の教室に入るとすぐに健がやってきて、そして殴られた頬に気が付いた。
外で殴られて冷やすこともできずにここまで来たから、少し腫れてきているみたいだ。
「なんでもない」
海斗は適当に返事をして、カバンから暗黒ギフトを取り出した。
それを見た健がハッと息を呑むのが伝わってきた。
久しぶりに届いたギフトに目を丸くしている。
特に健は毎日のように梓のお見舞いに行っているから、海斗以上に驚いた表情をしている。
「そっか、また予知夢を見たんだな」
健が声を落として言う。
海斗は頷き、2人で教師を出た。
人の少ない廊下の隅まで移動して、ギフトを開ける。
中にはいつもどおり手紙が1枚入っていて、開いてみると丸っこい可愛い梓の文字が見えた。
しかし、そこに書かれているのは物騒なことだった。
『家庭科の授業中に火事になる』
大きく書かれた文字の下には大まかな場所と時間がかかれている。
時間は4時間目。
そして場所は学校の家庭科室だ。
「何年何組の授業中だろうな」
手紙を見て健が呟く。
海斗は左右に首を振った。
少なくても海斗たち5年3組ではないことは確かだ。
今日は家庭科の授業は入っていないから。
「授業中らしいけど、どうする?」
「そんなの自分たちの授業はさぼって行くしかないだろ」
ギフトを受け取ったときから今回の未来も変えてやると、海斗は心を決めていた。
梓の命があとどれくらい続くのかわからない。
でもその間だけでも願いを叶えてあげたかった。
「よし、それじゃあ計画を考えよう」
健に言われて海斗は大きく頷いたのだった。
☆☆☆
5年3組の4時間目の授業は算数だった。
先生の話を聞いているとだんだん眠くなってくるのが健の通例だったが、今日だけは違った。
大切な用事がある今日はしっかりと目を見開いて黒板の文字を見つめていた。
だからといって先生の言葉を聞いているわけではない。
頭の中を占領しているのは、これから家庭科室で起こる火事のことだけだった。
学校内での火事は下手をすれば大きな火災に発展するかもしれない。
もしも消す時間が少しでも遅れればケガ人だって出るかも知れない。
今回の任務は事故を防ぐことと同じくらい、いやソレ以上に重要なことだと考えていた。
健はチラリと黒板の上に設置されている壁掛け時計に視線を向けた。
授業開始から10分ほどが経過している。
家庭科の授業もそろそろ生徒たちがなにか作り始めている頃かもしれない。
よし、今だな。
健はタイミングを見計らって「いてててててっ」と、自分のお腹を押さえた。
苦しそうに眉間にシワを寄せてアピールしていると、すぐに先生が気が付いてくれた。
「どうした西村、大丈夫か?」
「せ、先生、トイレ……」
切れ切れにそう言って席を立つ。
「あぁ、行ってこい」
心配そうな表情を浮かべる先生に見送られながら健は近くの男子トイレへと走った。
「おい、俺だ!」
1つだけ閉まっている個室をノックして声をかける。
中からでてきたのは海斗だった。
海斗は3時間目が終わった休憩時間からここに隠れていて、健が先生に『保健室に行った』と、伝えておいたのだ。
仲のいい海斗と健が2人同時に4時間目に抜け出すのは難しそうなので、2人で考えたことだった。
「よし、ここまではうまく行ったな」
互いに頷きあい、そっとトイレのドアを開けて廊下を確認する。
廊下には誰の姿もなく教室のドアはしっかり閉められていて中から見られる様子はない。
それを確認して2人はトイレからそっと抜け出して家庭科室のある1階へと移動を開始した。
できるだけ足音を立てないように、すり足のような感じて廊下を走り抜ける。
階段は1段飛ばしで駆け下りていくけれど、足音を立てないように最新の注意を払った。なにせここで誰かに見つかれば計画は台無しだ。
家庭科室で起こる火事を止めることができなくなってしまう。
病床の梓が懸命に2人に伝えてくれた予知夢を、もう無駄にしたいとは思わなくなっていた。
今朝男の話を聞いたときから、梓にとって自分たちがどれほど大切な存在なのか思い知らされた気分だった。
そうこうしている間に右手に家庭科室が見えてきた
家庭科室のドアは開け放たれていて、2人は手前で立ち止まって身を低くした。
中からはすでにいい香りが漂ってきている。
今4時間目だから、これを昼ごはんとして食べる予定なのだろう。
顔だけのぞかせて中の様子を確認してみると、そこには見知った生徒たちの姿がった。
「4組の生徒たちだ」
海斗は小さく呟く。
自分たちと同学年ということで、少しだけ安心した。
これが下級生たちだったら、火事が起こることで想像もできないくらいパニックを引き起こす可能性がある。
5年生でももちろんパニックになる可能性はあるけれど、少しは落ち着いた状況把握ができそうだ。
「火事が起きそうか?」
後ろにいる健に聞かれて海斗は首をかしげた。
今の所普通に授業が進められているように見える。
生徒たちは6班に分かれてグループでおかずを作っているみたいだ。
さっきから油が跳ねる音が聞こえていて、いい匂いもしてきた。
自然とお腹がグーっと鳴ってしまって海斗は咳払いをした。
今はそんなことを考えている場合じゃない。
しっかりと教室内を観察していると、一番奥のテーブルで1人の女子生徒が右往左往しているのが目に入った。
「あれ?」
その女子生徒の動きがおかしくて、海斗は首をかしげる。
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