第14話

☆☆☆


登校日になると海斗は腑抜けのような顔で学校へ向かった。



今日家を出たときも暗黒ギフトは届いていなくて、胸には不安が広がるばかりだ。



それでも病院へ行く勇気のない自分に嫌気が指してきてしまう。



「梓ちゃん、お前が来ないことを気にしてたぞ」



5年3組の教室に到着すると同時に、先に登校してきていた健がそう声をかけてきた。



挨拶より先に梓の名前を出されてビクリと体が震える。



「うん、そっか……」



うつむいて自分の席へ向かう海斗に健は険しい表情を向けた。



「なぁ、俺だけが行っても意味がないだろ? お前が行かなきゃ意味がない」



「意味がないって、どうして?」



その質問に健はグッと言葉を飲み込んだように見えた。



なにかを知っているのに、隠している。



そんな雰囲気を感じて海斗は眉間にシワを寄せる。



「なんだよ、なにか隠してるのか?」



「隠してるわけじゃない。ただ、俺の口からは言えないだけだ」



「なんだよそれ」



一番の親友である健の口から言えないことなんて、今までなにもなかった。



益々わからなくて首をかしげる。



「とにかくさ、お見舞いに行ってやれよ」



「わかってるよ」



わかっているけれど、勇気が出ないんだ。



また梓の弱った姿を見ないといけないと思うと、胸が苦しくて仕方ない。



そんな海斗の気持ちが理解できるのか、健が肩をバンバンと叩いてきた。



「一番つらいのは梓ちゃんだ。そんな梓ちゃんがお前に会えなくて寂しいって言っているんだ」



その言葉にムチで打たれたような衝撃を受けた。



病気で苦しんでいるのは梓本人だ。



海斗じゃない。



そんな単純なことに今まで気がつくことができなかったのだ。



「あ……俺……」



海斗は小刻みに震える手を自分の口元に当てた。



今までなにをしてきたのだろう。



好きだと気が付いたくせに、それでもまだ梓から逃げていた。



辛いから、苦しいからと言い訳をして合わない理由を探していた。



途端に目の奥がジンジンと熱くなってきて、海斗は教室を飛び出した。



トイレに駆け込んで個室に入り、鍵をかける。



健は追いかけてこなかった。



海斗は立ったまま両手を口に押し当てて、声を殺して泣いたのだった。


☆☆☆


梓は本当に俺に会いたがっているんだろうか。



海斗と会ったからといって病気がよくなるわけじゃない。



もしかしたら、入院したときよりも弱っているかも知れない。



もう最後になってしまうかもしれないから、会いたいと願っているだけなのかもしれない。



真相はわからないが、海斗は自分にできることはもうなにも無いような気がして仕方がなかった。



梓の予知夢を頼りに未来を変えてきたけれど、それで変わったものなんて本当にあるんだろうか?



あるとすればそれはなに?



梓の命ではないことだけは確かだった。



「あなたは沢山の生徒を救った。事故だって防いだ」



きっと、事情をしっている人ならそう言ってくれるだろう。



けれど、それがどうしたというのだ。



なにをどう変化させたって、一番大切な人を守ることはできていないじゃないか。





翌日の朝、玄関を開けるとそこに黒スーツの男が立っていて海斗は足を止めた。



見上げるほど背の高いその男を見ると、男は無表情に海斗を見下ろしていた。



いつもは少しの会話くらいあるのに今日は怒ったような表情でジッと海斗を見つめているだけだ。



次に海斗は視線を男の手元へと移動させた。



男は胸元あたりに黒い箱を持っていて、それが久しぶりのギフトであることはすぐに理解できた。



いつもは玄関先に置かれているギフトをこうして持ってきたということは、そこそこ重要な内容の手紙が入っているのかもしれない。



海斗はその箱を見て少しだけ安堵のため息を吐き出した。



ここ最近梓は予知夢を見ていないようだった。



それは女神様からもう梓は用無しだと言われているのと同類なのではないかと、心配していたのだ。



けれどこうしてまた予知夢を見るようになったのなら、まだ少しの間大丈夫ということなんだろう。



けれど海斗は何も言わずに男の隣を通り過ぎた。



ギフトを受け取ったところで梓の運命はもうこれ以上変化することはない。



それなら自分や健が駆け回る必要はもうないはずだった。



「最近病院へ行っていないみたいだな」



後ろから低い声でそう言われて海斗は思わず立ち止まり、振り向いた。



ギフトを受け取らなかったことを指摘されるのかと思っていたが、思わぬ方向から梓の話になってしまった。



「俺はなにも役立つことができない」



特に梓の病気に関して言ったことだった。



ギフトの中身に関しては読んでみないことにはわからない。



冷めた目で男を見上げていると、不意に胸ぐらを掴まれていた。



大きな男に胸ぐらを掴まれたことで海斗の体は少し宙に浮いてしまう。



そのくらい体格差があることを思い知らされて海斗は軽く奥歯を噛み締めた。



「今一番つらくて、頑張っているのは梓だ」



いつもお嬢様と呼んでいる男が、あえて梓と呼んだ。



自分が使えている人間ではなく、1人の少女として話をしているのだろう。



「俺は勝手に未来を変える救世主にされていい迷惑だったんだ」



むなぐらを掴まれたままで海斗が反論する。



しかしそれは本心からではなかった。



最初の頃はもちろんギフトが届くことに戸惑ったけれど、梓の存在を知った後は自分たちからギフトを贈り続けるように頼んだ。



梓は海斗たちを信じてくれているのだ。



次の瞬間、海斗の体は吹っ飛び頬に激しい痛みを感じた。



殴られたのだと理解するまでに少し時間が必要だった。



ジンジンと痛む頬に触れて男をにらみあげる。



その時、男の目に涙が滲んで浮かんでいるのが見えて海斗は息を飲んだ。



こんな大の男が泣く所なんて見たことがなくて驚いている。



「俺は毎回ここにギフトを届けるけれど、その内容は聞かされていない。よどほのことでない限り、俺には知らされない」



男がギリギリと歯を食いしばる。



その様子に悔しがっているということが痛いほどに伝わってきた。



長い間梓に仕えてきた男にとって、どうして梓が自分以外の男、しかも小学生に頼るのか不思議でならなかったに違いない。



そしてなにより、相手に嫉妬していただろう。



男は今まで少しもそんな様子は見せなかった。



海斗は思わず視線をはずす。



気まずい空気が2人を包み込んでいった。

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