第13話

☆☆☆


メガネ女子は俺のことが好き。



だけど俺は梓のことが好き。



家に帰ってきた海斗はベッドに寝転んで同じことばかりを考えていた。



そもそも人を好きになったのが初めての経験なので、やっぱりよくわからない。



ただ、メガネ女子のことを考えているときと、梓のことを考えているときの気持ちは明らかに別のものだった。



メガネ女子のことを思い浮かべると楽しい気持ちになったり、学校での別の出来事を思い出したりする。



けれど梓のことを考えているときは心臓がドキドキして、梓以外のことを思い出すことはなかった。



これが好きって気持ち?



そう理解した上でもう1度メガネ女子との会話を思い出してみた。



『こんな風に考えるのって本当に最低だと思うけど……私秋吉さんが羨ましい』



メガネ女子はたしかにそう言っていた。



公園ではその言葉の意味が理解できなかったけれど、今ならなんとなくわかる気がする。



病気になっている梓のことを海斗が気にかけている。



だから羨ましいと感じたのだろう。



だけどそれは間違っている。



海斗は梓が病気だから気にかけているわけじゃない。



「そっか。そういうことまでわかってたから、最低だって言ったんだ」



天井を見上げてポツリと呟く。



メガネ女子は自分のことを最低だと言っていた。



病気になれば海斗にかまってもらえる。



そんな感情が少しだけあったからだろう。



もう少し考え事をしたかったけれど、寝不足が続いていた海斗はそのまま眠りについてしまったのだった。


☆☆☆


「めんどくせー」



海斗はリビングのソファに座って休日の昼ドラマを見ていた。



ドロドロ系の大人恋愛は母親が好きなドラマで、休日になると海斗も付き合いで見るようになっていた。



「なにがめんどくさいのよ」



母親はテレビ画面から視線を離さずに言う。



片手にはおせんべいを持っていて、時々バリバリと音を立てて食べている。



典型的な主婦の昼休み風景だったが、海斗の母親は太ることを知らず若々しいままだった。



「だってさ、好きとか嫌いとか言いながら、くっついたり離れたり、めんどくせーじゃん?」



それは昼ドラの内容だった。



夫のある女性が他に好きな人ができて、付き合うだの別れるだのを繰り返している。



2人の男の間で揺らめく模様を切なくドロドロと表現されているが、いわばただの浮気物語だ。



「あんたはまだ子供だからわからないのよ」



「そんなもん?」



「そんなもんよ」



母親からすればこの昼ドラはとてもおもしろい内容をしているらしい。



海斗からすれば夫のことが好きながら浮気をやめればいい。



浮気相手のことがすきなら夫と離婚をすればいいだけの話しだけれど、一筋縄ではいかないらしい。



ぼんやりと画面を見つめていると、家の電話が鳴り始めた。



「ちょっと出て」



ドラマを見始めたらテコでも動かない母親の代わりに海斗が受話器を取る。



「はい」



と、海斗が名乗る前に「俺俺!」と、健の声が聞こえてきた。



「なんだよ、オレオレ詐欺か」



「なぁ、今日もお見舞いに行こうと思うんだけど、お前どうする?」



健は名前も名乗らずに唐突にそんなことを聞いてきた。



海斗は一瞬にして梓の顔を思い出す。



同時に胸のあたりがキュッと痛くなった。



これが恋か。



再確認して、頬が熱くなるのを感じた。



「俺、今日もちょっと予定があって」



もごもごと断ると電話口から健の盛大なため息が聞こえてきた。



「お前、それでいいのかよ?」



「え?」



「このままずーっとお見舞いに行かないつもりか?」



そう聞かれて言葉を失った。



このままずっと梓に会えないなんて絶対に嫌だ。



そんなのありえない。



けれど、弱っている梓の姿を見るのはもっと辛い。



矛盾した感情が頭の中をグルグルと巡っている。



一体自分がどうすればいいのか、検討もつかなかった。



「まぁとにかく、俺は毎日お見舞いに行くから、お前もその気になったら来いよ!」



健はそう告げると一方的に電話を切ってしまった。



「健くんから電話? 出かけるの?」



母親から声をかけられても曖昧に返事をして、海斗はまた自分の部屋にこもってしまったのだった。


☆☆☆


自分は梓のことが好きだ。



そう自覚してしまうと余計にどんな顔をして会いにいけばいいかわからなくなる。



変に意識しすぎてしまって、海斗は病院の手前で立ち止まった。



健からの電話を受けてここまで来てみたものの、どうにも勇気が出なくて踏み出せない。



休日ということで入り口から見える待合室は真っ暗で、ほとんど人の姿は見えなかった。



この状況だからこそ、余計に入りにくいんだ。



海斗は言い訳のように自分にそう言い聞かせた。



そして入り口に背を向けて歩き出す。



梓が入院した日以降、男からの連絡は来ていない。



校門前で待ち伏せしていることもないし、きっと梓の様態はあれから安定しているのだろう。



海斗はそう考えて一歩足を踏み出した。



そして振り返る。



梓が入院している5階の窓へ視線を向けるが、どこに部屋にいるのかわからなかった。



どこ部屋もピシャリとカーテンが閉められていて中の様子はわからなかった。



今頃健は梓の病室にいるんだろうか。



どんな会話をしているんだろうか。



想像するとなんだかモヤモヤとした気持ちになる。



どうして今自分は梓の隣にいないんだろう。



そう考えてしまう。



海斗はそんな気持ちを振り払うように、大股で病院から遠ざかったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る