第12話

それで知っていたのか。



「ちょっと嫉妬しちゃうな」



その言葉の意味を測りかねて海斗は首をかしげる。



「お前もクッキーほしかったのか?」



質問すると今度は仏頂面になって拳で軽く肩を殴られた。



「そんなわけないじゃん、もー!」



「なんだよ、痛いな」



本当にわけがわからなくて会話にならないみたいだ。



優等生と自分では頭のできが違うからだろうか。



「美味しかったの?」



「うん。まぁまぁ」



やっぱり食べたかったんじゃなのかと思いながら返事をする。



正直その後の出来事が衝撃的すぎて、クッキーの味はすっかり忘れてしまっていた。



「その中でさ……」



「え?」



もごもごと口の中だけで言われてよく聞こえなかった。



「その3人の中でさ、誰か好きな子とかいるの?」



3人の中で。



というのは事故を助けた3人組のことで間違いなさそうだ。



どうして突然そんな話になるのかわからないけれど海斗は左右に首をふる。



「いや、そんなことはないけど、なんで?」



キョトンとして聞き返すと、メガネ女子は嬉しそうに頬を緩めていた。



なにがそんなに嬉しいのかもよくわからない。



だいたい好きとかなんとかも、海斗にはよくわからなかった。



女子たちはよくそんな話で盛り上がっているらしいけれど、ゲームをしている方がよほど楽しいと思える。



「そっか。そうなんだ」



今度は頬が赤くなっている。



海斗はますます首をかしげることになった。



「好きとかいまいちわからないしな」



「そうなの? 今まで好きな人できたことないの?」



「ない、と思う」



「なにそれ」



メガネ女子が瞬きをする。



「だって、よくわからねぇしなぁ」



好きな人と聞いてすぐに思い浮かんでくるのは梓の顔だった。



だけどどうして梓を思い出すのかわからない。



最近気にしすぎているからだろうか。



「人を好きになるとドキドキするよ。それに、毎日楽しくなる。それから、好きな人の言動が気になって一喜一憂したりとか」



「へぇ」



そんなもんなんだろうか。



と、考えてそれなら自分でも当てはまるものがあるじゃないかと思い当たる。



心臓がドキドキしたり、一喜一憂ならしてきている。



「あれ、もしかして思い当たることがあるの?」



「いや、別に……」



最近眠れないのも、胸が苦しくなるのもいつも同じ子の事を考えているときじゃないか。



どうして今まで気が付かなかったんだろう。



これが好きっていう気持ちなのか?



「そっか、やっぱりいるんだね、ライバルが」



小さな声で言われて海斗はまた「え?」と聞き返した。



しかし今度は教えてもらえなかった。



「その子って、どんな子?」



梓のことでいいんだろうか?



戸惑いながら梓について簡単に説明する。



もちろん、予知夢のことは内緒にしておいた。



「秋吉梓……どこかで聞いたことがある。同級生?」



「あぁ。だけど学校にはほとんど来てないんだ」



海斗の説明にメガネ女子は「あっ」と声を上げた。



「私覚えてるかも! 体が弱くて滅多に学校に来てなかった子だよね?」



「うん。そう、その子」



そう言うととたんにメガネ女子の表情が曇った。



うつむき、笑顔が消える。



「そっか、秋吉さんか」



「どうしたんだよ?」



「ううん。なんでもない」



しかしその表情はなんでもないようには見えなかった。



「なんだよ、言えよ」



せっついてみるとメガネ女子は少し苦しそうに微笑んだ。



体調でも悪いのだろうかと心配したけれど、自分も梓のことを考えて苦しくなることがることを思い出す。



きっと、メガネ女子も同じように梓のことを考えているのだろう。



海斗が少し外れた想像をしている間に、メガネ女子は再び視線を下げていた。



「病気なんだよね? 秋吉さん」



「あぁ」



「こんな風に考えるのって本当に最低だと思うけど……私秋吉さんが羨ましい」



「羨ましい?」



予想外の言葉に海斗は目を丸くする。



どうして元気で生活できているメガネ女子が、梓のことをうらやましがるのか検討もつかなかった。



「最低だよね、私」



そう言い、勢いよくベンチから立ち上がる。



その目には涙が浮かんでいて、海斗はハッと息を飲んだ。



そのまま立ち去ろうとするメガネ女子の腕を掴んで引き止めた。



「どうしたんだよ。なんで泣いてる? 梓のことが羨ましいって、どうして?」



わからないことだらけで、質問ばかりになってしまった。



だけどこのモヤモヤとした感情のまま帰すわけにはいかなかった。



「私は……」



メガネ女子が一瞬言葉をつまらせる。



しかしまっすぐに海斗を見つめていた。



目には涙の膜がはっていて、きっと海斗の顔が歪んで見えていることだろう。



「私は深谷くんのことが好きだから!」



え……。



頭の中が真っ白になった。



メゲネ女子が自分の手を振りほどいて公園から駆け出しても、海斗は呆然としてその場から動くことができなかったのだった。

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