第11話

☆☆☆


「今日も寝不足?」



自分の机に突っ伏しているとメガネ女子が声をかけてきた。



顔をあげなくてもその声だけでわかるようになった。



「あぁ、ちょっとだけ」



両腕に頭を載せて目を閉じた状態で答える。



「本当に大丈夫? 全然元気ないじゃん」



「大丈夫」



答えながらも眠気に負けて眠ってしまいそうだ。



たった15分の休憩時間でも海斗にとっては貴重な睡眠時間だった。



正直邪魔をされたくはなかった。



「ねぇ、ちょっと顔を上げてよ」



「うるさいな!」



しつこいメガネ女子にイライラしてしまい、思わず怒鳴ってしまった。



勢いよく顔を上げてハッと我に返る。



メガネ女子は眉を下げて今にも泣き出してしまいそうな表情だ。



「ごめん、迷惑だったよね」



頭をかいて微かに微笑む。



「いや、そうじゃなくて……」



慌てて取り繕おうとするけれど、すでに遅かった。



メガネ女子はそのまま教室を出ていってしまったのだ。



海斗は大きくため息を吐き出す。



なにやってんだ俺。



「なにやってんだよお前。女の子に八つ当たりしてもどうにもなんねぇだろ」



一部始終を見ていた健が肩を叩いてくる。



「わかってるよ」



ブスッとして返事をすると、また腕を枕にして突っ伏した。



とにかく今は睡眠だ。



もう休憩時間もわずかになって眠れそうにはないけれど。



「今日もお見舞いに行くだろ?」



健の言葉に海斗は薄めを開けた。



当然梓のことを言っているのだとすぐにわかった。



『もちろん』



そう答えかけたが、言葉が喉に引っかかって出てこない。



梓の弱々しい声を思い出す。



点滴に繋がれた細い腕を思い出す。



真っ白な部屋を思い出す。



するとなぜか胸が苦しくなって海斗は服の上から自分の胸を鷲掴みにした。



心臓が張り裂けてしまいそうに痛い。



思い出すだけでこんなに痛いのだから、直接梓に会ったらどうなるかわからなかった。



今日もまたあの光景を見ないといけないのか?



梓の涙を見ないといけないのか?



そんなの俺には耐えられない。



海斗は完全に腕の中に顔をうずめると、左右に首を振った。



「え?」



「行かない」



くぐもった声で、そう答えたのだった。


☆☆☆


「本当に行かないのか?」



放課後の教室内、何度目かの健の言葉だった。



すでに帰り支度を終えている海斗は自分の席に座ったまま動けずにいた。



「あぁ」



健から視線を外して答える。



「わかった」



健が冷たい返事を残して1人で教室を出ていく。



その後姿を見送って海斗は大きく息を吐き出した。



健は明らかに自分を非難していた。



どうしてお見舞いに言ってやらないんだと、ひどいヤツだと思ったかも知れない。



でも、だって、じゃあ、どうすればいいんだよ。



また梓のあんな姿を見て眠れなくなれっていうのか。



メガネ女子に八つ当たりをして、悲しませてもいいっていうのか。



色々な思いが浮かんでは消えていく。



「俺だってどうすりゃいいかわかんねぇんだよ」



海斗は自分の前髪をグシャグシャとかき混ぜて呟いたのだった。


☆☆☆


そのまま家に帰る気分にもなれず、海斗は近くの公園に立ち寄っていた。



学校終わりの小学生たちがみんなで集まって遊んでいるが、輪の中に入る気分でもなくて、木製のベンチに座ることにした。



空はよく晴れていて心地良いはずなのに、海斗の気持ちは暗く沈んでいた。



ふとした瞬間に考えてしまうのはやっぱり梓のことばかりで、どうしてこうも頭から離れてくれないのだろうと苦しくなる。



「あ~あ」



大きく声を出してベンチにゴロンッと横になった。



暖かな陽気に包まれて目を閉じるとぐっすり眠れそうな気がしてくる。



どうせ夜になったらまた眠れなくなるのだから少しでもここで眠っておこう。



そう思っている間にすぐにウトウトしはじめた。



みんなの声が丁度いい子守唄になって聞こえてくる。



すーっと意識が遠のいていき、少しだけ眠っていたみたいだ。



「こんなところで寝るの?」



近くで声をかけられて海斗は目を開けた。



ぼーっとする頭で周囲を確認してみると、メガネ女子が覗き込んできていた。



「あぁ……」



曖昧な返事と共に上体を起こす。



少し眠っただけでも随分と頭がスッキリしていた。



きっと質の良い睡眠を取ることができたんだろう。



「ちゃんと帰って寝ないとダメだよ」



メガネ女子はそう言いながら海斗の隣に座った。



「うん」



「なに? 今日はやけに素直じゃん」



「いや、まぁ……」



海斗は気まずさを感じてポリポリと頭をかいた。



「あ、もしかして今朝のこと気にしてる?」



「あぁ。いきなり怒鳴ってごめん」



驚いて教室を出ていってしまった姿を思い出す。



この子は海斗のことを心配してくれていただけなのに、自分はあんな風に突き放してしまった。



それをちゃんと謝りたいと思っていたのだ。



「確かにビックリしたけど、気にしてないよ。私ももうちょっと空気読めばよかった。って、それは今もか。起こしちゃったもんね」



そう言って両手を合わせてくる。



海斗は慌てて左右に首を振った。



「いや、全然気にしてないし、少し寝たから平気」



「そっか。それならよかった」



それからなんとなく無言になった。



遊んでいる友人らの笑い声だけが2人を包み込んでいて、なんとなく癒やされる空間だ。



こうして無言でいても気まずくならないのはいい関係かもしれないな。



「深谷くんって、人気者だよね」



不意にそんなことを言われて海斗はまばたきをした。



「は?」



「最近特に。色々な人を手助けしてて、この前なんてお礼を貰ってたでしょう? あれ、手作りクッキー?」



どうしてお礼の中身を知っているんだろう。



海斗が返答できずにいると「偶然彼女たちが話しているの聞いちゃったの。クッキー作るんだって、張り切ってた」と、説明してくれた。



なるほど。

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