第10話

☆☆☆


病院から出た海斗は放心状態だった。



あのあとどうにか病室へ戻った海斗だったけれど、梓が『少し眠りたいから』と言うのですぐに出てきてしまった。



きっと、海斗に気を利かせたんだと思う。



「病人に気を気を使わせるとか、俺サイテー」



青空を仰ぎ見て呟く。



今での鼻の奥がツンッとしていて、涙がこぼれ出てしまいそうだ。



それを抑えるために一生懸命上を向いている。



「お嬢様は元々移植手術が必要なんだ」



黒スーツの男が後ろからそう説明した。



「ここまで持ちこたえたのは奇跡だと医師も言っている」



梓の話を聞く限り、そうなのだろうと思っていた。



梓の命は1度消えかけていたのだから。



それを持ち直して、海斗たちと出会うことができた。



これを奇跡とよばなくて、なんと呼べばいいのだろう。



「ドナーっていうやつは現れたのか?」



健が持ち合わせていない知識をフル動員して男に質問する。



移植手術をするときにはドナーと呼ばれる相手が必要になる。



ドナーの体から臓器を提供してもらうのだ。



ただ、それも簡単じゃないことは知っていた。



ドナーを待っている患者さんは沢山いる。



梓の番が回ってくるだけで随分と時間がかかるはずだ。



更にはドナーとなる人も限られているという。



脳死状態に陥ったときなどに自分の臓器を移植してもいいと、意思表示していないといけない。



もちろん他にも色々と沢山条件がある。



ドナーが見つかったとしても、梓の体に臓器が適合しなければ意味がない。



手術を受けた後だって、回復に向かうかどうかはわからない。



自分が梓の立場だったら、きっと真っ暗闇の中を1人で歩いているような気持ちになるだろう。



そう考えると、今まで懸命に生きてきた梓の強さを垣間見た気がする。


☆☆☆


それから帰宅した海斗は父親のパソコンを使って梓の病気について調べていた。



けれど出てくるのは難しい言葉ばかりでさっぱりわからない。



海斗の胸の中では梓が死んでしまうかもしれないという恐怖と不安がふつふつと成長し続けていて、眠りについたあとも悪夢を見てしまった。



それは真っ白な世界で、梓と女神様が対峙しているところからはじまった。



梓は女神様へ向けて『もう少し時間をください。予知夢を見る力をもっと役立てます』と、懇願している。



金色のワンピースを身にまとった女神様は微笑んで梓を見ている。



しかし……。



『いいえ、それはできないの』



静かで、だけど拒否を許さない声。



『あなたへの猶予はすでに十分与えました。もうこれ以上は待てません』



途端に女神様から笑顔が消えた。



目が釣り上がり、口からは牙が除く。



『イヤァ!』



梓が叫んで逃げそうとする。



女神の手が伸びてきて、梓の首を掴んで引き寄せた。



その手は爪が長くシワシワで、まるで魔女や鬼を彷彿とさせた。



『お前は生前人をイジメたな。地獄行きだ!』



今まで女神様の姿をしていた鬼が梓の体を引きずって歩き出す。



ついさっきまで真っ白だった空間は、今や漆黒の闇に包み込まれていた。



『待て! 待ってくれ!』



海斗は必死に手を伸ばして走り出す。



2人に追いつこうとしているのに、全然前に進まない。



走れば走るほど2人との距離は離れていくばかりだ。



『助けて海斗くん!』



『梓ぁ!!』



梓の姿はやがて黒い闇に包み込まれて、完全に見えなくなってしまったのだった。


☆☆☆


目が覚めると全身汗でぐっしょりと濡れていた。



呼吸が荒く、心臓がバクバクと早鐘を打っている。



最悪な夢だった。



必死で手を伸ばしても梓に触れることすらできなかった。



海斗は自分の手のひらを見下ろしてきつく奥歯を噛み締めた。



あの夢の中のように、自分にできることなんてなにもないのかもしれない。



梓が弱っていく姿をただ見ていることしかできないのかもしれない。



そう思うと悔しくて、海斗の目に涙が滲んだのだった。





夜悪夢にうなされた海斗は次の日も寝不足の状態で学校へ行く羽目になってしまった。



両親からは最近ゲームをしていないのにどうして寝不足なのかと不思議がられてしまった。



が、もちろん梓のことを言うわけにはいかない。



梓のことを説明するためにはもう1度予知夢について話す必要が出てきてしまう。



そんなめんどうなことできなかった。



欠伸混じりに「行ってきます」と声をかけて玄関を出る。



玄関を出て真っ先にギフトが届いていないか確認するが、今日も何も来ていなかった。



梓は予知夢を見なくなったんだろうか。



もしそうだとすれば、女神様からの与えられた役目を終えたということかもしれない。



そしてそれがどういうことを意味しているのか、考えなくてもわかった。



梓の命が残り少ないことを示しているのだ。



海斗は胸がキュッと痛くなって下唇を噛み締めた。



そしてなにも気が付いていないふりをして、学校へ向かったのだった。

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