第8話

「そう」



メガネ女子は少しも笑うことなく、でもとりあえず頷いて見せた。



「でもなにかあったら言ってね。なんでも聞くから」



どうして自分のことをそこまで気にかけてくれるのかわからないけれど、海斗は素直に頷いた。



メガネ女子と仲良くなってからは、彼女の見たことのない一面を見せてもらっている感じがするのは気のせいだろうか。



「お前、結構モテるよなぁ」



メガネ女子がいなくなったタイミングで健が近づいてきた。



「は?」



海斗は瞬きをして健を見つめる。



一体なんの話なのかついて行けない。



「いいなぁイケメンは」



「イケメン?」



海斗は更に首をかしげる。



「あぁそっか、お前自覚ないんだっけ」



健は海斗の肩をぽんぽんと叩く。



まるで同情されているような気分になってムッとしかめっ面になった。



「どうするんだよ。メガネちゃんと梓ちゃん、どっちにするんだよ?」



そう質問されて海斗は固まってしまった。



どっちにするとはどういう意味だ?



そう聞き返したかったけれど、さすがにそこまで疎くはない。



健が言っていることの意味くらいは理解できた。



「どっちってお前、なに言ってんだよ」



慌てて否定しつつも顔がカッと熱くなる。



耳まで真っ赤になってしまった海斗を見て健はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。



「どっちが好きかんなんて決められないよなぁ? 青春だなぁ」



「はぁ!? 好きとか、そんなんじゃねぇし!」



慌てて怒鳴って否定してみても、脳裏に浮かんでくるのは梓の笑顔だ。



弱々しくて今にも消えてしまいそうなあの笑顔。



少しでも長く守りたいと本能的に思ってしまう。



海斗はそんな梓のことを頭の中からどうにかふりはらい、健にヘッドロックを決めた。



「変なこと言ってんじゃねぇよ!」



「痛い痛い痛い痛い!」



健がどれだけ叫んでも、ギブアップと言うまで離さなかったのだった。


☆☆☆


結局、午後からの授業はほとんど眠って過ごすことになってしまった。



寝不足の上にお腹がいっぱいになった状態では起きておくことは困難だったのだ。



そのため海斗は放課後職員室に呼び出されてしまった。



教室を出る時に健が「昇降口で待ってるぞ」と一声かけてきた。



なんでお前は平気なんだよと思ったが、昨日の夜しっかりと眠ることができたようだ。



あんな話を聞いておいてよく眠れたものだと感心してしまう。



それとも自分が少し気にしすぎなんだろうか。



職員室へ向かう廊下でメガネ女子とすれ違い、心配そうな顔をされてしまった。



女子に心配されるなんてふがいない。



海斗はしっかりと背筋を伸ばして職員室へ向かったのだった。



それから15分程度先生からのお説教を受けた。



夜はしっかり眠ること。



ゲームはしすぎないこと。



全部家庭内でも注意されていることで、海斗はそれを聞きながらまた眠くなってしまった。



それでもどうにかアクビをすることなくやり過ごして、職員室を後にした。



担任は最近の海斗の活躍を見てきているから、余計に期待しているみたいだ。



最後には『みんなの模範的な生徒になってくれ』と言われてしまった。



が、もちろん海斗にそんなつもりは少しもなかった。



みんなの模範的な生徒ならもうすでにメガネ女子が存在している。



自分がなる必要はなかった。



急いで昇降口へ向かうと健がフーセンガムを食べながら待っていた。



もちろん学校内にお菓子の持ち込みは禁止されている。



健からフーセンガムをひとつもらって口に放り込み、2人肩を並べて歩き出す。



自分が先生に説教されている間にほとんどの生徒が帰宅したり、クラブ活動に向かったりしていて雰囲気がガラッと変わっている。



「今日も梓ちゃんの家に行くか?」



そう聞かれて海斗は即座に「行く」と答えていた。



今日1日ずっと梓のことを考えていたのにまた会いたいと思っている自分に驚いた。



だいたい、今日説教を受けた原因は梓にあると言っても過言ではない。



海斗はずっと梓のことで頭を使っていたのだから。



それなのに即答してしまうなんて……。



隣の健がまたニヤニヤとした笑みをうかべたときだった。



校門を抜けたタイミングで黒い車と、その前に立っている黒スーツの男に気が付いた。



男は妙に目立っていて、帰宅途中の生徒たちから注目を集めている。



「おい、あれって」



健に言われて海斗は頷いた。



梓の執事に間違いない。



このへんで黒ずくめの男なんてあいつくらいしか見たことがない。



2人は黒スーツの男へとかけよった。



生徒たちから好奇な視線を向けられている男は今にも警察に通報されてしまいそうだった。



「またなにか予知夢でもあった?」



海斗が軽く声をかけてみると、黒スーツの男が真剣な表情で左右に首を振った。



予知夢でもないのにこんなところまで来る理由がわからなくて海斗は首をかしげる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る