第7話

☆☆☆


当時のことを話しながら梓は小さく笑った。



今思い出しても不思議な話だ。



こんな話誰も信じてくれるわけがない。



「たぶん、夢を見ただけなんだけどね」



梓はそう言って話を締めくくった。



梓が予知夢を見るようになったのはその後からだった。



「信じるよ」



その言葉に視線を向けると、ベッドの横に立つ海斗が真剣な表情で頷いた。



その様子に少し戸惑ったけれど、嬉しくなって微笑む。



自分を嘘つき呼ばわりすることなく素直に受け入れてくれたのは初めての人かもしれない。



信用している執事でさえ、最初のころは予知夢のことを信じてくれていなかった。



それはまぁ仕方のないことだと思っていたのだ。



「俺も信じる。そうやって梓ちゃんは戻ってきたんだな」



海斗の後方にいる健が手を上げてそう言った。



「うん。そうみたい」



梓はくすぐったくなって自分の頬が赤くなるのを感じた。



学校で海斗に助けられたときにはこんな特別な関係になれるとは思っていなかった。



でもよかった。



あの時海斗に助けられて、それをずっと覚えていて。



海斗ならきっと、悪い予知夢を変える手助けをしてくれると信じていたのだ。



「ごめんね、2人には私と女神様との約束に巻き込むことになって」



「そんなの気にしなくていいよ。俺たち結構楽しんでやってるんだから」



海斗が笑いながら答える。



これは嘘じゃなかった。



人の役に立つことは嬉しいことだ。



おかげで2人の学校内での評価も高くなっている。



でも……。



今の梓の話しを聞く限りでは、梓の命の少しだけ伸ばしてもらえただけのように聞こえた。



ということは、梓はもうすぐ……。



そこまで考えて強く左右に頭をふって考えをかき消した。



そんな未来、どんな悪い予知夢よりも最悪の未来じゃないか。



想像することだって恐ろしい。



きっと女神は梓に大量の猶予を与えてくれたに違いない。



それくらいもらってもいいくらいの活躍を、梓はしていると信じたい。



そんな不安が顔に出ていたのか梓が不思議そうな表情を海斗へ向けてきた。



海斗は青白い顔をした少女へ向けて、少し無理をして微笑んでみせたのだった。

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☆☆☆


秋吉家から出た海斗と健は無言で歩き始めた。



頭の中では梓の話しが何度も繰り返されている。



「女神様って本当にいると思うか?」



横を歩く健に突然そう聞かれて一瞬立ち止まる。



再び歩き出しながら「さぁ……」と曖昧な返事をした。



でも、予知夢という非現実的なものがあるくらいだから、女神様も実在しているのかもしれない。



梓の予知夢がなければ絶対に信じなかったところだけれど。



「梓ちゃんの話しは信用したいよなぁ」



健は歩きながら両手を頭の後ろで組んで呟く。



その仕草が大人っぽくて海斗は少し笑った。



「もちろん。あの子が嘘をつく必要なんてないだろ」



それに海斗は信じると言ったんだ。



そう言ったからには信じたい。



「俺たちも死ぬ時になったら女神様に会えるのかな」



「それは無理だろ、とくにお前は」



冷めた声色でそう言ってやると健にまとわりつかれた。



「なんでだよぉ! なんで俺は女神様に会えないんだよぉ!」



「日頃の行いを考えろよ」



まとわりついてくる健をそのままにして歩き続ける海斗。



でも、と考える。



話しによれば梓は転校生をイジメてきた過去があるらしい。



あの梓が誰かをイジメるなんて想像もつかないことだけれど、そんな嘘をつくとも思えない。



どうして女神さまは梓の気持ちをくんでくれたんだろう。



梓に予知夢を見させて、人助けをさせることになんの意味があるんだろう。



「俺、バカだから考えてもよくわかんねぇや」



海斗はポツリとつぶやいたのだった。


☆☆☆


翌日の学校は散々なものだった。



昨日きいた梓の話が忘れられずに授業に集中できず、何度先生に怒られたかわからない。



最後には「アニメみたいに廊下に立たせるぞ」と、脅されてしまったくらいだ。



もちろん今どきそんなことをすれば問題になってしまうから実際にはやらない。



けれど担任のあれだけ怒った顔はここ最近みていなかったので本気で反省した。



どうにか昼休憩時間まで乗り切った海斗は大あくびをする。



「大丈夫?」



声をかけてきたのはメガネ女子だ。



「あぁ、ちょっと寝不足でさ」



昨日家に戻ってからもずっと梓のことを考えていて、なかなか眠ることができなかったのだ。



梓のことを考えているときの自分はとても楽しくて、そしてなんだか少し胸が痛くなる。



他の人のこと考えていてもこんなことにはならないのに、海斗は不思議で仕方がなかった。



「先生めっちゃ怒ってたね」



「午後からはちゃんと授業を聞くから大丈夫だって」



そう言ってみるけれど、昼食を食べた後は更に眠くなってしまうかも知れない。



「……なにかあったの?」



メガネ女子はちょっと躊躇した様子を見せてからそう聞いてきた。



一瞬梓の顔が脳裏に浮かんでくる。



咄嗟に口を開きかけたけれど、すぐに閉じていた。



さすがに予知夢のことや女神の話をするわけにはいかない。



きっと信用してくれることもないだろうけれど。



「ゲームが忙しくてさ」



最も自分らしい言い訳を口にする。



最近はゲームの回数も減って遅刻もしなくなっていたけれど、自分らしいといえばやっぱりゲームだった。



ゲームのしすぎで遅刻寸前だったことは今まで数え切れないほどにある。



「本当に?」



しかしメガネ女子は怪訝そうな表情をこちらへ向けてきた。



まるで海斗の説明を信用してくれていない様子だ。



「本当だって。新しいゲーム買ったばかりなんだよ」

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