第4話
それなら昨日海斗は3人からお礼を受け取るようなことはしていないことになる。
「うん。だって、海斗くんと健くんに話しかけられなかったら、私達車に轢かれてたもん」
その言葉に一瞬頭の中が真っ白になり、次にジンッと胸の奥が熱くなった。
そんな風に考えてくれているなんて、考えてもいなかった。
「でもそんな、話しかけただけだし……」
こうして感謝されると途端にくすぐったくて声が小さくなってしまう。
今までは明らかに助けたとわかりやすかったから褒められてきたけれど、今回は少し違う。
それなのにちゃんと見てくれていたことが嬉しくてたまらない。
「健くんにもさっきあげたの。私達3人で作ったんだよ」
ということはなにか手作りのものらしい。
紙袋を受け取って顔に近づけてみると、甘いいい香りがしている。
クッキーとかだろうか。
女子生徒から手作りおやつをもらうのは人生出始めてで、心臓がドキドキした。
「あ、そうだ、自己紹介まだだったよね?」
そう言われて紙袋から顔を上げる。
顔は知っているけれど同じクラスになったことがなくて、名前まで覚えられていない子だ。
「私は橘亮子。海斗くんのことと健くんのことは、佳子から聞いたよ」
佳子というのは去年同じクラスだった3人組の内の1人だ。
最初から海斗たちのことを下の名前で呼んでいた女子生徒だ。
「わざわざありがとう」
なんとなく照れくさくて視線をそらせてしまう。
しかし3人はそんなこと気にしていない様子で、「じゃあ、またね!」と、元気に自分たちのクラスに戻っていく。
そんな姿を海斗はぼーっとして見つめていたのだった。
「なにぼーっとしてんの」
「うわっ!」
突然声をかけられたことで飛び跳ねて驚く海斗に、覚めた表情のメガネ女子がため息を吐き出した。
海斗と同じ5年3組の女子で、クラス1真面目な生徒だ。
最近よく話をするようになった。
「なんだ、お前か」
ホッと胸をなでおろし「突然声かけてくるなよ。驚くだろ」と、文句を言う。
しかしメガネ女子の視線は海斗の持っている紙袋へ向かっていた。
「まさかそんなにモテるとは思ってなかった」
それはとても小さな声で海斗の耳まで届かない。
「え、なに?」
聞き返すとなぜかキッと睨まれてしまった。
「なんでもない!」
メガネ女子は怒鳴るようにそう言うと、教室内へ入っていってしまった。
「なんなんだ?」
海斗はわけがわからずキョトンとして立ち尽くしたのだった。
☆☆☆
「こんなに沢山作ったのかあいつら」
昼休憩の時間になってから、海斗と健はもらったお菓子を机に並べていた。
想像通りそれは手作りクッキーだったけれど、大きなクッキー缶一箱分くらいの量になる。
それが2人分だから机の上にはクッキーの山ができていた。
少し味見をしてみたけれど、ほどよい甘さでサクッと軽くて美味しかった。
「これ、梓ちゃんに持っていくか」
そう提案したのは健だった。
海斗の脳裏にベッドの上で横たわる華奢な少女の姿が思い浮かぶ。
鈴のような声にきめ細やかできれいな肌、そしてクリクリとした大きな目。
細すぎる体のせいでとても同級生とは思えなかった。
「そうだな。持っていこう」
自分の予知夢がちゃんと人を助けている。
それがわかればきっと梓も救われるはずだ。
大量のクッキーを紙袋に戻している様子を、メガネ女子はジッと見つめていたのだった。
☆☆☆
今日は暗黒ギフトを受け取っていなかったので放課後になるとすぐに梓の家へ向かうことができた。
大きなお屋敷の前まで来ると毎回どうしても緊張してしまう。
「お前が押せよ」
「なんでだよ。お前が押せよ」
なかなかチャイムを鳴らすことができなくてお互いに押し付け合う。
そんなことをしている間に玄関が開いて中から黒スーツの男が出てきた。
「いい加減慣れろ」
門を開けながら文句を言う男に海斗は苦笑いを浮かべる。
初めて梓に合った時からもう何度もここに足を運んでいる。
もちろん、梓の話し相手になったり、様子を見に来たりするためだ。
「あんたに庶民の気持ちはわかんねぇよ」
健は後ろで文句を言い返している。
「交通事故はちゃんと回避できたみたいだな」
「お陰さまで。ハンカチのお陰でどうにかなったよ」
海斗が頷いて答えると、男は満足そうに口の端を上げて笑う。
この男にも随分と慣れてきたけれど、出会った当初は予言の手紙を持ってくる未来人だと思っていた。
秋吉家につかえているごく普通の執事だとわかれば、もうどうってことはなかったが、それでも怪しい雰囲気を肌がしひしひと感じている。
「お嬢様、深谷さまと西村さまが来られました」
屋敷の2階にある梓の部屋。
中から「どうぞ」と梓の声が返ってきた。
その声を聞くだけで海斗の胸はトクンッと小さく跳ねる。
だけどそれがどうしてなのか、海斗にはよくわかっていなかった。
「2人共来てくれてありがとう」
ベッドの脇に座る梓は相変わらず華奢で、年下にしか見えなかった。
「今日はこれを持ってきたんだ」
海斗が紙袋を梓に手渡す。
「なに? いい匂いがする」
紙袋から漏れ出てくる甘い香りに梓の頬が緩む。
くんくんと鼻で嗅いで、まるで犬みたいで可愛らしい。
「クッキーだよ。助けた3人組がくれた」
健からの説明に梓は一瞬戸惑った表情を浮かべた。
「それって、あなたたちのためのものじゃないの?」
「実はもう1つ貰ったんだ。大量のクッキーで食べきれない」
海斗がおどけて言うと、梓はまた笑ってくれた。
その笑顔にやっぱり胸の奥がドキドキしてくる。
梓の声をずっと聞いていたい。
梓の笑顔をずっと見ていたい。
そう思ってしまう。
「そうなんだ。これ、私が貰っていいの?」
「もちろん」
2人は同時に頷いた。
今日の1番の目的はこれを梓に届けることだったんだから。
「みんな梓ちゃんに感謝してる」
健が近くの椅子に座って言った。
海斗は梓の前に立っている。
「そっか、そうなんだ」
梓が高揚しているのがわかった。
青白い頬がピンク色に染まり、長いまつげが微かに震える。
こういう風に人から感謝されていると知るのは、きっと初めてのことだったんだろう。
目にはうっすらと涙が浮かんで見えた。
「2人共ありがとう。私こんな嬉しいプレゼントを貰ったのは初めてだよ」
そう言って紙袋を抱きしめる。
部屋の中には沢山の高級品が飾られていて、その中にはプレゼントも混ざってるはずだ。
けれど梓は同級生の手作りのクッキーを大切そうに抱きしめている。
そんな梓を見ていると胸の奥が熱くなってきて、海斗まで泣いてしまいそうになる。
「お嬢様、あまり体を起こしていてはいけませんよ」
この空間に水を指すような声が聞こえてきて視線を向けると、いつの間にか黒スーツの男がドアの前に立っていた。
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