三途の川に女子高生

タヌキング

川の流れは絶えず変わらず

俺は三途の川で船頭をやらせてもらってる笠松って鬼だ。

鬼と言っても角が頭に二本生えているぐらいしか人間と変わらない。

服装は甚平を着ていて、髪はグシャグシャ、それぐらいしか容姿については特段目立ったとこのない平凡極まりない鬼である。


三途の川で船頭の仕事を初めて500年。毎日毎日、死んだ人間を向こう岸に届けているが、意外とこの仕事は気に入っている。

三途の川はいつものどかで、川のせせらぎの音を聞きながらギコギコとオールを漕ぐのは気分が良い。まぁ、死んだ人間の顔は沈んでいる奴の方が多いので、そちらは見ない様にするのが、この仕事を続けて行くコツだな。見てたら辛気臭くていけないからな。


ある日のこと、いつもの様に俺が川原で船の準備をしていると、ニコニコ顔のセーラー服を着た女が歩いて来た。死んだ人間にしては明るい様子で、三途の川という場所には不似合いだな。


「何してるんですか?」


女はコミュ力が高いのか、俺にそんな風に話し掛けて来た。

俺は人付き合いが苦手だから会話をするのも億劫なんだが、まぁ、無視するほどの情が無いというわけでも無い。答えない理由は無いな。


「渡し船の準備をしているのさ。もうすぐ終わるから乗って行くかい?アンタが最初のお客さんだ。」


俺がそう聞き返すと、女子高生は間髪入れずに首を横に振った。


「いえ、親友を待っているんで、まだ乗りません。」


それを聞いて俺は妙だと思った。まるでその口ぶりだと友達が近々死ぬのが分かっている口ぶりじゃないか、これは少し気になってきた。


「どういうワケなのか、お兄さんに教えてくれるかい?」


「はい、ちょうど暇だったんで良いですよ。」


そうして女は話し始めるのであった。




私の名前は藤原 美空(ふじわら みそら)。サイドポニーの髪型が特徴的な女の子。元気だけが取り柄の私なんだけど、そんな私には亀井 恵美(かめい えみ)って大人しい眼鏡キャラの友達が居るの。幼稚園から一緒の友達で、気が付くとこの子といつも一緒に居るの。こういうのウマが合うって言うのかな?

そんな恵美ちゃんから、放課後の誰も居ない教室で、こんなことを言われたの。


「美空ちゃん、もう私生きるの辛い。一緒に死んでくれる?」


うん、中々にヘビーな話だよね。でも恵美ちゃん学校でもイジメられてるし、家に帰ればアル中のクソみたいな父親から殴られてるし、死にたくなるのも道理にかもしれない。

一人で死ぬのが怖くて私も誘うのが何とも恵美ちゃんらしくて、私は少し笑ってしまった。


「わ、笑わないでよ美空ちゃん。わ、私は真剣なんだから。」


「あーごめんごめん。だってあまりに唐突な申し出だったからさ、私も感情の整理がつかなくて。」


適当なことを言って誤魔化したけど、恵美ちゃんは目に涙まで溜めて深刻そう。

一緒に死んでくれかぁ、私には死にたくないと思う気持ちがそれなりにあるけど、このまま生き続けたいという願望はあんまり無いんだよね。頭も普通、運動もそれなり、顔も良くて中の中、そんなスペックの私が歩む人生なんて、ありきたりで退屈そのものだと思うし、死ぬのも悪く無いかもしれない。

それに恵美ちゃんがクラスメートからイジメられてるのも、お父さんから殴られて顔に痣が出来ているのも今まで見て見ぬフリしてきた負い目もあるし、ここは親友として死ぬのに付き合ってあげるのが友情なのかもしれない。


「恵美ちゃん、一緒に死のうか?」


「えっ・・・本当に?」


「うん、私達は親友じゃん。それに恵美ちゃんが一人で自殺するのを黙って見てるほど私も薄情じゃないしさ。一緒に死のうよ。」


「・・・ありがとう。」


私をギュッと抱き締める恵美ちゃん。夕日も良い感じに差し込んで来てるし、如何にも青春映画みたいな場面だな。

こうして私は友の為に一緒に自殺することにし、この世とバイバイすることにした。



自殺を決行するのは深夜ということになり、一旦家に帰っていつも通りの行動をした後、自室で遺書をしたためる私。

別に辛くて死ぬわけじゃ無いことと、お母さんに今日の晩御飯のハンバーグ美味しかったよとか書いておいた。父よ母よ、これにてサラバ。先立つ不幸をお許し下さい。

日付が変わる直前に家を抜け出して、近所の公園で恵美ちゃんと合流。人気の無い場所を選んで夜道を進み、割とあっさり我が高校に辿り着いた。ここが私の死に場所になるのか―と考えると、つまらなくて牢獄みたいに思っていた高校も立派な建物に見えてきた。

しかしながら、今から自殺しようってのに見惚れてしまう程の満天の星空だ。きっとこれがこの世で見る最後の綺麗なものになるんだろうなぁ。ちゃんと目に焼き付けておこう。


暗い学校の仲は中々に怖くて、恵美ちゃんなんか物音にビビッて「ひっ‼」と悲鳴を上げていたけど、今から死のうという人間がこの程度のことで心を乱すなんて何だか滑稽だ。

三階の上にある屋上。鍵は昔とある先輩から譲り受けたものを私が持っていたので、屋上にはすんなり入ることが出来た。風がピューピューと吹いていて何だか肌寒い。上着持ってくれば良かったかな?


「恵美ちゃん、行くよ。」


「う、うん。」


手すりを乗り越えて屋上の縁に並んで立つ私達。下を向くと地面からかなり距離が離れているのが確認できて、これは落ちたら絶対に死ぬと容易く予想できた。


「よ、よく下なんて向けるね。」


「まぁね、だって死に損なったら嫌じゃん。ちゃんと確認しておかないとさ。あぁ、でも恵美ちゃんは下向かない方が良いよ。腰抜けちゃうかもしれないから。」


「・・・分かった。」


「さて、それでは飛び降り自殺しちゃいますか。」


両手を繋ぐ私達。恵美ちゃんの手は冷たくてガタガタ震えている。大丈夫、私が居るんだからそんなに怖がらないで良いよ。


「それじゃあ1.2.3でジャンプしようか。」


「うん。」


「最後だけどさ、私、恵美ちゃんと親友に成れて良かったよ。」


「わ、私もだよ。美空ちゃんは私の一番大好きな人。今日は本当にありがとう。」


また泣きそうになってる恵美ちゃん。本当に泣き虫な女の子だ。メソメソウジウジしてて私はこの子に少しイラつくことはあったけど、今になったらそれも良い想い出である。

よし、前置きはこれぐらいにして飛びますか。


「じゃあカウントダウン行くよ。」


「・・・うん。」


「せーの」


『1.2・・・』


声を揃えてカウントダウン。

死ぬとどうなるんだろう?やっぱり三途の川に行くのかな?ちょっとワクワクする♪


「さ・・・」


「いや‼」


「へっ?」


驚くべきことが起こった。なんと土壇場で恵美ちゃんが私の握っている手を振りほどき、そのせいでバランスを崩した私だけが屋上から飛び降りたのである。

そんなのってあり?


「うわああああああああああああ‼」


勢いよく落下していく私の体。地面がドンドン近づいて来て、あっと言う間に。


”グシャッ‼”


私は仰向けの状態で地面に激突した。激しい痛みが全身に走り、頭からは夥しい血が流れる。

仰向けの状態なので恵美ちゃんがどうなったかは分からないけど、恐らく悲鳴を上げながら逃げていることだろう。あの子怖いことからすぐに逃げるからな。

体の力が段々と抜けてきた。これが死ぬという感覚なんだ。

あーさようなら。さようなら世界。

そうしてロクに走馬灯も見ることも無く、私は17年の人生に幕を下ろした。





「・・・ということなんですよ♪」


「そうか。」


どうも笠松だ。

この美空という人間は重い話を軽く話してしまうので何だか調子が狂う。明らかに異質な人間で俺はどうも調子が狂う。ハッキリ言って苦手な類の奴だ。


「まぁ、私も悪いですよね。恵美ちゃんがビビりなの知ってたんだから、無理矢理にでも手を引っ張って飛び降りてあげれば良かったんですよね。反省反省♪」


「それでお前はその恵美ってヤツが改めて自殺するのを待ってるワケか?」


「はい、あの子弱い人間だから、私という親友を失ったらどの道生きて行けないと思うんです。だから待ってれば、そろそろ来ると思います。」


偉い自信だな。だが俺は気まぐれにこんな質問をしてみた。


「もし恵美ってヤツが死ななかったらどうするつもりだ?」


この俺の質問を聞いた後、ニコニコしていた美空の顔が引きつり、目を血眼にしながら、今までからは想像もつかない怖い人相になり、ドスの利いた声でこう返してきた。


「そんなの許されるわけ無いでしょ?・・・その時は私が無理矢理にでもアイツのことをぶち殺して、ここまで引きずって来てやります。」


この時の美空には鬼の俺でも少し震えた。綺麗ごとなんて一切介入できない程の殺意がこの女にはあった。


それ以降、美空とは会っていない。他の船頭と川を渡ったのか、はたまた現世に戻って悪霊として恵美に復讐をしているのかは分からないが、あんな怖い人間とはこれ以上関わり合いになりたくはないな。


人間って本当に怖い生き物だよ。












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三途の川に女子高生 タヌキング @kibamusi

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