第五章:女は男に囁く

第30話:DLC-OG 月詠③

«ソラ、鳴利の事だが...終わったか?»


‹ご主人様、情報の収集なら終わりました。

計画通りならば、用済みになった鳴利の始末をしますが。›


«うーむ......彼を殺すのはまだ惜しいかもしれん....彼の組織、何か上手く使えないだろうか....»


‹......商売に使うというのは...?

我らの研究所が開発してるDLCを、あの組織と取引をするんです。

すればこちらにお金が入り、相手側も組織の武装強化に繋がる。win-winです。›


«しかしそんな提案、ボスである彼が許すはずがないんじゃないか?

彼に我々を信頼する心が、ある様には思えんが?»


‹ならば始末するしかないんです。

許可を下さい。私がこの手で始末して、我々の更なる繁栄のチャンスを掴んでみせます。›


────────────


《東京〜両国国技館駅》


今日、国技館にて行われる東京研究所の開発した新薬の発表会が開かれた。

入場は無料で、座席に着いて研究長のスピーチが始まるまで待っていた。



〚ねぇ....来て大丈夫だったの...?

周り見ても政府の人達でいっぱい.....テレビで見たことある人もいるし........〛


『大丈夫、皆街中のエロい女に夢中な様に私達のことをまるで見ていない。

ほら見てよ、あの政治家なんかスマホでエロ動画見てる。大胆だねぇ。』


〚もう...!少しは危機感持ったりしてよ...!〛


《2人とも静かに、スピーチが始まる───》



月詠の言う通り、私達が喋ってる間に幕が上がる。

舞台にはでかいスクリーンと、マイクを持った浄龍の姿があった。


幕が上がり切りライトが浄龍を照らした時に、深呼吸をして浄龍がスピーチを開始する。



«今日はここ両国国技館に足を運んで頂いた皆様、誠にありがとうございます。


私、東京医療研究所創設者の浄龍です。

肩書きが多いですが、肩書きは気にせずお話をお聞き下されば嬉しいです。»


〚始まった......何だか胸騒ぎがするよ.......〛


«今回皆様をお招きしたのは、新たに我々が開発したモノをお見せしたく皆様にお集まり頂きました。


我々は常日頃、試行錯誤を重ね、時に挫折し、それでも失敗の経験を活かし、今日まで努力を重ねてきました。


DLC。


これは我々のそんな血の滲む努力の結晶、この特殊なDNA....DLCなのです。»



そう言って浄龍は小さな瓶の中に入ったDLCを取り出し、後ろのスクリーンを通して皆に見せる。



〚公表しちゃうんだ....何考えてるの...?〛


『まだ序章だよ....これからわかるよきっと.....』


《........》


«今初めて皆様に公表致しました。

そろそろ皆様に見せれるような完成度になってきたからです。

皆様にこのような形で公表出来たことをとても嬉しく思います。


これは日本の生態化学や医学における大いなる進歩と言えるでしょう。

否定されて潰れていく幾多の才能の中、私だけはそのようなチンケな批評では潰れません!


我々一人一人に才能があり、その中の一人である私は自分の才能を信じてここまで来ました。

これがその結晶!私が今日まで努力し続けた末に出来上がった日本の未来!

否定に潰されず自分を信じ続けることの意味を込めたメッセージ!


DLCは人生を賭けた私の心臓と言える最高の逸品!»



その言葉と共にホール内で拍手喝采が巻き起こる。

立って拍手する人もいたり、満足した顔で手を叩く人も居た。



〚なにこれ......革命軍の演説?〛


『見てよ、あそこの席の人感動で泣いてるよ。

何がそんな感動して泣いてんだろ。』


«.......しかしこの私の苦労は、皆様にはきっと理解し得ない経験でしょう........人が何人も死んで、それがこれからも続くんです.......»



その言葉と共に、拍手が止むどころかむしろザワザワしだした。



『......言ったでしょ...?これからだって。』


〚空気が変わったね......〛


«しかしご安心ください!このDLCを使えばその心配ございません!

DLCには生命活動を活発化させる効果があり、傷がすぐ治ったり命に関わる重症を負っても死んでしまう可能性を限りなく低くしてくれます。


そこにおられる大臣様、是非壇上へお上がりください───»



指名された環境大臣は、言われるがまま壇上へ上がりその後をスポットライトが追いかける。


浄龍の傍に立たせ、浄龍は注射器の中にDLCを流し入れてみせる。



«皆様勘違いなさらぬよう。これは麻薬でも覚せい剤でもございません。

これは我々の希望なのです、ご安心ください。

では大臣様、スーツの袖を捲り私に腕を見せてください..........ありがとうございます。


では皆様ご覧下さい!これが私達が作り上げた日本の未来なのです───!!!»



そう叫び注射針を大臣の腕に差し込む。

そしてすぐに押し子を押し込んでDLCを注入する。


するとその禿げた大臣は聞きたくもないくらいに叫び出す。

叫び声は国技館中に響き渡り、それが10分程続いた。



『........どうなるんだ』


《まるで見世物小屋見てるみたい......》


〚これは........〛



叫び続けること10分。

声が止み、体をピクリとも動かさずに立ったまま停止する。


そこで浄龍が話しかけた。



«ご気分はいかがです?

体調は悪くないですか?お水飲みます?

何も無ければ壇上を降りて貰っても大丈夫ですよ───»


〚っええぇ!!?〛


《なっ!?》


『っ...!?』



苦しみ床にしゃがみ込む大臣に、浄龍は優しく話しかける。

するとしゃがみ込む大臣は、助けようとしていた浄龍の体を真っ二つに切り裂いた。


あまりの驚きに叫ぶ鳴霾。

冷静にしつつ表情に驚きが漏れ出る月詠。

予想外の出来事に思わず立ち上がる英里奈。


目を疑ったのは3人だけじゃない。皆がその光景を目の当たりにして驚いた。



〚英里奈!!浄龍がっ!浄龍が殺された!!〛


『嘘........っ?待って...?鳴霾、死体をよく見てみて......』


〚え?死体がどうした.........ん?あれ?〛



英里奈に促され真っ二つになった浄龍の死体を見ると、本来流れはずの血が流れていないのを確認した。


身体の断面は臓器のように赤くなく、ただ黒く塗りつぶされてる様だった。



『血が流れていない........偽物...?』


《いや偽物なはずは無い......声も顔も、私の知る人.....絶対本物のはず......》


〚でも血が流れてないなんておかしいよ!!

絶対偽物だよ!!〛



そうしてる間にも、さっきまで苦しんでた大臣は理性を失ったのか国技館から逃げ出す人々を襲い始める。


大臣の指や手が刃物の様に鋭くなっている上、おっさんの癖に俊敏さと高い身体能力を得ている。



『皆のことを襲ってる....理性が無くなってるんだ.....』


〚どうするの...?このまま騒ぎになってこのことが公にでもなったら.......〛


『っ.......私達は.....別に正義のヒーローじゃないし.....あんなのほっといて私達は.......』


《そうですね、私達は正義のヒーローじゃないです。

でもこの騒ぎが公になって面倒な事になるのは避けたいですし、アレは私がどーにかしますよ。》



そう言って月詠は暴れまくる大臣の方へ歩き出し、前へ出る。



〚月詠!!〛


『鳴霾、私達は舞台の方へ!』


〚うぇ.......っうん...!〛



2人は舞台の方へ走った。


それを尻目に月詠は大臣の前へ出て、語りかける。



《可哀想ですね、貴方は騙されてしまったんです。

浄龍の計画に巻き込まれた哀れな方......そんな方を私は殺す事は出来ません。


でも苦しみゆく事無く貴方を眠らせることは出来ます。

さぁ.......大人しく眠りなさい───》



天使の様な心地よい語りかけで、暴れまくっていた大臣の動きが止まり次第に瞼が閉じていき、やがて床に倒れ込む様に眠った。


しかし一度始まった混乱は収まらず、外へ逃げていく人々を見かけた通行人達が国技館に集まってきた。



《っ.......面倒な事を避けるために面倒なことをしなきゃいけないなんて.....これだから外は嫌いです───》



月詠は能力で通行人と逃げゆく著名人達の記憶から、今起きてる出来事と今日のスピーチの事を記憶から消し去った。


著名人達は既に国技館から出ており、通行人達も国技館に入る寸前で引き返した。

記憶を失った人々は、何が起きたのか、何故自分がここにいるのか困惑しながらも国技館を後にした。



《はぁ........記憶の削除....誰かの能力でしたっけ......》



その頃舞台に上がり浄龍の死体の側へ座り込む2人は、死体の不自然さに疑いの目を向けていた。



〚どうなってんのこれ..,.,.断面が真っ黒で...触っても手に何も付かない......ホントに人間の体なのこれ...?触った感触は人間そのものだけど.....〛


『.......幻影...ではない、ちゃんと触れるし誰の目にも見える実体........人間の体ではあるけど....気味が悪いね.....』


〚ってことは...この浄龍は偽物ってこと?

確かに本物がこんな広い所でバカ正直にスピーチなんてするはずが───〛


『いや、そうとも言いきれない。

必ずしも偽物とは言えない、でも本物とも言いきれないのもそう。』


〚......え??〛


『これは浄龍固有の能力かDLCの能力で、テレビの4Kの様に綺麗でよりリアルな分身を作れるんだと思う。

その分身が何体つくれるかは分からないけど、今ここで横たわる死体はその一つ。


本体を探すのに苦労しそうだよ。』



その時、2人は気付いてないが傍に横たわる浄龍の死体の顔が微かに笑った。

しかも浄龍の死体は、目を開けて2人を睨みつけていた。


2人は、まだ何にも気付いていない。

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