第四章:男が見ていた人生

第22話:裕福の裏にある貧困

徠 鳴利 神奈川県鶴和市立相模産婦人科出身。


台湾で有名なマフィアの血筋を持つ男。

彼は日本人の女性と父親魈鳴しょうめいとの間に生まれた。


魈鳴は程なくして女と自身が名付けた鳴利を置いて台湾へと帰っていき、女手1つで鳴利は育てられることとなった。


魈鳴は毎月5000万円を送金してきてくれるので、鳴利の家は裕福だった。


しかし鳴利の母というのは超が付くほどのドケチで、5000万ある内の鳴利に使う金額はたったの10万円。

学校に通わせる時はもっと使ってくれるようだが、それ以外は基本鳴利には10万程度しかお金をかけず他は全て私的に使っている。


鳴利自体にはお金は無く、女は自炊をしないのでカップラーメンやインスタント飯。

酷い時はめんどくさいと言って飯が無い日だってあった。


そんなドケチな母親だが、鳴利に当たりが強い訳では無い。

虐待も、暴言も、決して鳴利にはしなかった。

それは愛する男との子供だからなのか、虐待しないよう釘を刺されたのか、真相は分からない。


食生活においてはかなり厳しい生活を送っていたが、ドラマや映画が好きな母親はよくそれを息子である鳴利と見たりなんかもしていた。


女はヤクザや銃アクションの映画が好きだった。

漢の世界に憧れを持っていたらしい。


鳴利も、何回もそういうのを見ていくとどんどんハマっていった。

いつしか自分もそんな世界で生きれたらと、夢を持つようになった。


夢を抱いてから5年後の高校1年の年。

鳴利の母親が表参道で買い物に行くので、鳴利はそれに着いてくことになった。


LVルイ・ヴィトンGGグッチFFフェンディCシャネルと名だたる高級ブランドが立ち並び、自分の生きてる地域とは月くらい離れた場所の様に感じていた。

とある高級ブランド店へと入店し、母親が品定めをしていた。


悩む母親を見て、鳴利は次第と暇になり店の前で待つと親に伝えて店を出た。


しかし店の外で待つのも暇になり、その辺をぶらぶらと歩いて暇を潰していた。

それから十数分が経った時、表参道全体に響く程の叫び声が木霊した。

母のいた店からそう遠くない位置からでも良く聞こえた。


何かあったらマズいと思った鳴利は、その場から走って元の店まで戻る。


店の前に到着し、店の中に入り母親を探すが姿が無い。

すぐに店を出て周辺を探すが見当たらない。

焦りに焦り、足が震えてきた時......道に停車していた黒のキャラバンが走り出した。


鳴利はキャラバンを、動くよりも先に見ていた。


鳴利は母親がそのキャラバンの中にいると断定した。

救い出そうにも外側からは車のドアを開けるなんてほぼ不可能。


そこで鳴利は何を考えたのか、発進して鳴利の前を横切る瞬間...ドアノブを掴んでスパイダーマンの様に車に張り付いた。


危険でしかない行為だが、母親を救い出す正義感だけを武器にドアノブを離さない。

右手でドアノブを掴み、余った左手で窓ガラスを殴り割ろうとする。


高校1年生の何も鍛えてないパンチで、ヒビを入れるのがやっとで、拳に血が出るまで殴りようやく窓ガラスを割ることが出来た。


するとキャラバンはちょうど左にあった駐車場に突如止まり、鳴利はドアノブを離しキャラバンと距離を取る。

するとキャラバンからぞろぞろと4人程の強面男性が出てきた。


あんなに母親を救い出す為に勇敢な行為をしたというのに、完全にビビり散らかした鳴利はまさに蛇に睨まれた蛙同然だ。


明らかヤクザの男は鳴利を掴みかかり、銃やナイフ等で脅す。

後にわかった事だが、この男達はいわゆる半グレで、ここ表参道や他の高級ブランド店が立ち並ぶ地域で、買い物をした人々をターゲットにして誘拐・買った商品の強奪をしている集団らしい。


母親と見たヤクザ映画とは違い、リアルな恐怖と焦燥感で頭が真っ白になってしまう。

声1つ出せない程完全にビビってしまった鳴利は、せめて涙だけは零さぬよう我慢していた。


しかしそこで、キャラバンのドアがもう1つ開いた。

それは車の後ろ側の、トランクだ。


半グレの男がこう言う。



「お前の女か?いや...母親だろ?」



その言葉に鳴利は小さく返事しながら首を縦に振った。



「......クソっ......おいガキ、こっち来い。」



男は鳴利をトランクの方に連れていき、そこで見せた光景に鳴利は膝から崩れ落ちた。


何故ならそのトランクには、沢山のブランド品の紙袋の下に倒れて動かない母親の姿があった。

血は流れてないように見えるが、気を失ってる感じではなかった。



「.......悪く思うなよ。俺達は男の世界で生きてる。巻き込まれたヤツらは運が悪かったんだ。

死体は適当に埋めるつもりだから、墓参りが出来るなんて期待はよすんだな。」



そう言うと男の合図と共に鳴利は解放された。

キャラバンはどこかへ走り去り、駐車場に1人鳴利は取り残されてしまった。


喪失感は計り知れ無い。

自分の数少ないお金で、地元の駅まで戻ったがそれでも長い1本道を歩き出したみたいな気持ちだ。


家に戻り何も思わない、何も感じない。

表情も真顔から一切変わらない。無心無感の時間が過ぎていく。

しかしベッドで横になってると、次第に母親を亡くした実感がじわじわと感じてくる。


母親が家にいるなら、1階からテレビを見る母親の笑い声がいつも聞こえてきていたのにそれも無く.....下から何一つ物音が聞こえてこないのが実感を更に掻き立てる。


我慢した涙が抑えきれなくなり、ベッドの上で鳴利は大粒の涙を何個も流した。

一晩中涙を流し、そろそろ涙も枯れてきた頃......

鳴利は心に決めた。


今まで憧れであり夢であった事を、現実にしようと。


月々毎度口座に送られるお金を上手く使い、ファッションを整える。

黒の手袋に黒のスキーマスク。黒のフード付きダウンに黒スキニー、そして黒のスニーカー。


独自のファッションで自身を着飾り、余った金で銃取引をして銃を手に入れる。

そしてそれからは、裏社会で名を売らす為になんでもするようになった。


徠 鳴利の人生は平和だった。

しかし平和は長くは続かない。どんなに平和で周りに悪い人が居なくても、平和がなければ行く道は悪の道。


人は悪い世界で生きれば気楽に生きれる。

それをしないのは良い人間のまま生きて死にたいって思いの上ではなく、ただハイリスクで若くして死ぬ可能性が極めて高いからそうしないのだ。


誰しも平和を求む心は変わらないが、それは世界がでは無く皆自分の平和を望んでいる。

鳴利は少なくともその気持ちを抱いて、自身が死ぬ事より、死ぬまで自身の思い描く平和な世界で生きると。

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