第三章:女が見るその先に───

第17話:天国と地獄

瑠衣を抱き抱えて組織の前へ着いた。

ドアを開け廊下を歩く。


コツン...コツンと足音が響き渡る。

さっき居た部屋へと近づくにつれて、私の憎しみは落ち着いていく。


私の目的も、敵も、全てが真っ直ぐに定まっている。

私は部屋の前に瑠衣を座らせておき、瑠衣にこう語り掛ける。



〘瑠衣、そこで待っててね.....すぐ終わらせてくる。その時は....一緒に家に戻ろう........〙



そう言い残し、私は部屋の襖をバッ!と開ける。

部屋の中を見ると、あの男の姿が無かった。

逃げたのかと思いながら部屋の中を見渡していくと、恐らくあの男が開けたのだろう開いた扉があった。


その先は暗いながら、奥に小さな光が灯されているのが見えた。

私はスマホのライトを照らしながらその長い通路を歩く。



〘裏口なのかな.....ここ地下とかでも無いし、下に下がる階段があるならまだしも.....そういうのも無い様な気がするし.....〙



少々警戒しながら、しばらく暗い通路を歩いて行く。


────────


《同時刻|東京都東区山谷》


走って逃げた先は、なんと英里奈の地元。

地元かつ生まれ育った地域にやってきた。


英里奈の後を着いてくと、とあるボロ家の前で英里奈は止まった。



〚英里奈?止まってどうしたの?〛


『話さなかったっけ......ここはね、私の実家だったんだよ。』


〚え?この家が英里奈の実家なの?〛


『まぁ流石にスっと信じられないよね。

でもホントで、ここでお父さんと一緒に住んでたんだ。』


〚英里奈のお父さんは今何を........ってそうか...そうだったね........〛



そう、英里奈のお父さんは殺されたんだ。

誰が殺したのか私には分からないけど、組織の人間と関わりがあった英里奈のお父さんは、組織関係で殺されたと聞いた。


かつての実家を眺め、寂しげな表情を浮かべる英里奈。

きっと今でも癒えぬ心の傷ってのがあるんだろう。



〚......英里奈.......〛


『私ね.....鳴霾と別れてからの10年間で色んな景色を見たの。

汚い、怖い、そういった景色を見るのをやめて....一度でもいい....こんな私でもこの世界における様々な景色を見たいって思ったの。


私の人生は、生きたいと思う事なの。

毎日毎日死人同然で、顔が生きてても心は死んでる。精神的に不安定な毎日だった。


でも仕事の時だけはその気持ちを抑えて、仕事を終えた頃にまた精神が不安定になる。

その度に今すぐ私の今いるところから逃げ出したいと思ってた。


その逃げ出したい気持ちが抑えられなくなったのがボスをこの手で撃ち殺した瞬間。

もう私を命令する上の人間もいなくなったなら、私は自由だと思った。


それで私は組織から、鳴霾の前から姿を消した。

あの時部屋で鳴霾に言った言葉も、意味が無かった訳じゃなかったの。


私の身勝手のせいで心配を掛けるだけでなく、待たせ、悲しませ、怒らせてしまうと思ったから.....だからあの時そう言ったの。』


〚........今は...どうなの...?生きたいと...思えてる?〛


『......さぁね....どうなんだろう。

今は完璧に気持ちの整理がついてるわけじゃないし......まだ分からないけど、今は取り敢えず生きるかな、鳴霾がいるしね。』


〚英里奈......〛


『家の中、案内するから入って?靴のままで大丈夫だから。』



そう言って英里奈は家の中へ入り、私を家の中へと招いた。

私は言葉に甘えて中へ入った。


──────────


......ここはどこ...?


暗い.....でも明るいような......暗闇で前も周りも見えないはずなのに.....目が暗闇に慣れたからとも思えない.......そんな不思議な空間で私は目が覚めた。



[私.....車に撥ねられて死んだはずじゃ......あれ───?]


「ここは天国でも、地獄でも無い場所......説明不能の暗闇空間だ.......」



後ろからそう聞こえてくる声の主は、地べたに歌膝をして座っているおじいさん...?が居た。

得意げにそう話す彼は....私より先にここにいる先人なのか?



[ここが天国でも地獄でも無いって.....どういうことです...?]


「言葉通りだよ......ここには死人の魂が集められている。

それも皆犯罪者で、世界的な犯罪者から日本でしか知らない犯罪者まで多くの魂が集っている。

何年か前にはヒトラーの魂を見かけたことだってあった。ここは、そういう場所だ。」


[な、なるほど...?ところで....貴方は誰なんですか?ここには結構居られるんですか?]



おじいさんにそう聞くと、ため息を1つつくと、気だるそうに彼は言った。



「まぁな......無様な死に様だったが、悔いは無かった.......俺は栄ノ助。過去犯罪組織のボスを歴任した男だ.......まぁ過去の話だがな........」



組織のボスと聞いた時、私ははっとした。

その時私の頭の中にはとある予感が浮かんだ。



[組織のボス...?それって───]


「それより"おチビちゃん"は?どうしてここに来た?何やらかしたんだよ。気にせず話してみろよ。ここはもはや魂の監獄のようなものだし。」


[え、おチビちゃん...?何言って───えぁああ!!?]



身体がちっちゃくなってる...!

懐かしい気分もあるけど、驚きの方がギリギリ勝った。


死んでここに来たら若くなっちゃうの?

私既に若かったのに.....



[えなんで身体がちっちゃく.......え?]


「まぁ驚くのも無理は無いだろうな。

俺もこう見えて死ぬ前は70歳行ってたんだぜ?

今じゃどうよ?30代前半くらいに戻っちまった。

お前のその見た目的に.....10代前半とかそこらだろうな。


そんで、ここに来てしまうくらいの事をしたんだろ?何をした?」



.......そう言えば過去の事、誰にも話した事無かったなぁ────


─────────


《20年前|2029年|奈良県海原市|百鬼家》



[痛っ!痛ぃたっ!!]


〘瑠衣!!〙



金持ちには変人がよく居る。

これは私が今に至るまで生きてきて感じた事で、今から話す事に当てはまる言葉でもある。


私達の家庭はお金がすっごいあった。

なんだっけ......昔から百鬼家にはお金があったって聞いたことがある。


まぁとにかくどうであれお金持ちだった私達とその親達。

お金がある事ですることの幅が広くなった私達家族は、旅行に行ったり美味しいご飯を食べたりした。


母はブランド物に興味のある典型的ババアだったから、必要ないはずなのに新作が出る度に新作のバックなんか買った。


そんなのに無駄金を使い続けるせいで、家のお金はあっという間に無くなった。


家にお金が残り少ない事を知った父母は焦っていた。


お金があるからと言って私達を産んでからは仕事を辞めていた。

でも無くなったせいで仕事をせざるを得なくなり、母はパートへ、父は中小企業への就職で私達を家に置いて働きに出ていった。


しかし一度美味しい思いをした親達には、働いて得たお金では満足出来なかった。

日々そう言ったストレスが溜まり、言い合いになる一方、その矛が私達にも向けられることにもなった。



[痛っ!!痛ぃたっ!!]


〘瑠衣!!あ"ぁ!!〙


父«クソっ!!あ"ーイライラする!!クソが!!»


[うぅ...うえぇぇえん.....ママぁ......お姉ちゃあ〜ん.......]


〘瑠衣大丈夫だよ....お姉ちゃんが居るから.....〙



そう言ってお姉ちゃんは私を抱き寄せた。

それを見て母が言った。



母{ったく泣いてんじゃないわよ!ほんとアンタら見てるとストレスが溜まるのよ!}



母親とは思えない一言だった。

幼い私達に対しては酷すぎ言葉で、私達の親への愛情は日に日に薄れていった。


ほぼ毎日と言っていいほどにそんな罵声を浴びせられ、子供の私達でも限界が近づいていた。

そんな日々の中で、ついに耐えられなくなり私達の中の今まで恐怖で押さえつけられていた反乱の意思が、遂に爆発する事になった。


その日、いつもの様に私達にストレスをぶつけてくる親達。

しかしその日は罵声や暴力だけでなく、ついには包丁で肌を傷付ける所業にまで手を出した。


母が私の体を押さえつけ、そこに包丁を持った父が私の身体に傷を付けていく。

そのせいで死ぬ前の身体にも傷跡がそこら中に残っていた。


お姉ちゃんも同様に同じ事をされて身体中が私共々血だらけ。

私達は殺されると思った。

逃げなきゃと思っていた一方、お姉ちゃんだけは違った。


お姉ちゃんだけは突然走り出した。

どこへ行くつもりなのか後を追うと、台所だった。

そしてお姉ちゃんは洗われていた包丁を手に取って、すぐに父の方目掛けてダーツの矢を投げる様に包丁を投げ飛ばす。


すると見事父の頭に突き刺さり、父はその場で即死した。


その光景を見た母は私達に最初こそは強気で居たけど、お姉ちゃんが母に言った───



〘お父さんは死んじゃった......だから"黙って"〙



すると母は急に声が止み、黙った。

そして父が持っていた包丁を拾い上げ、恐怖で腰を抜かす母の腹部に思い切り包丁を突き立てた。


母は痛みで苦しみ、床を転げ回る。

その光景を見てお姉ちゃんは突然笑い出した。



〘っ.....ぷっ...!あはははははっ!!!はははははっ!!!〙



それに釣られて私も笑ってしまう。



[.......っはは...!はははは!あはははははは!!!あーっはははははっ!!!]


〘はははははははっ!!!〙



初めはちょっと怖かったけど、次第に私達を苦しめてきた母が苦しんで転げ回る姿が笑えてきてしまった。


笑いが止まらず、母が息絶えてるのにも気付くことなく笑い続けた。

それから私達は裏で人を殺して、時々それをお金に変えて生活をするようになった。


殺す事が好きになったのもその位から。


──────────


[───って言うことがあったんだ。

初めて人に過去を話したかも。]


「......お前って名はなんて言うんだ?」


[名前?名前は───]



私は言われた通り名を名乗った。

すると男の人の表情がほんの少しだけ強ばったのが分かった。



「お前....誰に殺されたんだ...?」


〚明確には分からないけど、私を撥ねた車のドライバーは.....あの女....もしくはその仲間.......〛


「あの女って....誰なんだ?わかるのか?」


〚名前は知らない.....でも不思議に思った事が1つあって......やけに鳴霾って子に関心があって、私達が一度連れ去ろうとした時も殺す気で追いかけて来てたの.......

だから私が思うにあの女達は───〛



───鳴霾と何か過去から今に至るまで関係があったんじゃないかって。

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