魔法の言葉
千秋🎪
魔法の言葉
僕は昔から、周りに馴染めなかった。
みんなが好きな戦隊も、鬼ごっことかも、全部楽しいって思えなかった。
だから、魔法の言葉を使っていた。
「たのしい」
その五文字だ。
そう言えば、みんな僕を遊びに誘ってくれた。
そう言えば、
読書より外遊び
ニュースよりアニメ
ボードゲームよりゲーム
それが皆の普通だから、僕はそれに合わせてきた。
魔法の言葉は小学生になると変わった。
楽しいだけじゃ普通ではいられなくなった。
小学生になったら人数が増えて、大変になった。
深夜のアニメを見て
アイドルについて調べて
言いたくもない悪口を言わなくちゃいけない。
そんな中で生まれた新しい言葉
「そうだね」
たった4文字のその言葉
誰も僕の意見を求めていない。
ただ笑って肯定すればいい。
分からなくても、そうじゃなくても、ただ魔法の言葉を口にすれば、普通でいられた。
中学生になるとまた変わった。
今度は理由が必要になった。
ただ肯定するだけだと怒られてしまった。
本当に思っているのか?
聞いてなかっただろ?
馬鹿にしてるの?
そんな問いを沢山投げかけられる。
だから僕は、決まって新しい魔法の言葉を口にした。
「ごめんね」
たった四文字のその言葉を。
そうすればみんな言ったんだ。
分かればいいって。
そうすればみんな怒らないんだ。
僕は普通でいられたんだ。
これが正しいはずだって信じてた。
少しして、変な魔法を教える人が現れた。
僕の兄ちゃんだ。
兄ちゃんは悪い人だった。
母さんをよく泣かせた。
父さんに酷いことを言った。
でも僕にはすごく優しい、変な悪い人だった。
兄ちゃんは僕に言った。
「謝ってないで言い返せ、『クソ喰らえ』ってなっ」
僕は怒ってしまった。
僕のすべてを否定されたみたいで許せなかった。
兄ちゃんはそれ以降、その言葉を僕に教えることはなかった。
それでも、そのたった一言は僕の胸に残り続けた。
僕は高校生になった。
高校生になると、また変わった。
今度は楽しむのがダメだった。
謝るのもダメだった。
だから僕は決まって言うんだ。
「冗談だよ」
たった4文字のその言葉
そう言うとみんなが笑うんだ。
真剣な雰囲気が許されない。
謝っても、楽しんでも、僕は雰囲気を壊してしまう。
だから、魔法の言葉を口にして、
社会人になった。
今度は全部を使わなくてはならなくなった。
飲み会の席では嫌でも「楽しい」と言った。
同僚や上司からの言葉には「そうですね」と肯定の言葉だけを述べた。
怒られたらただひたすらに気持ちを込めて、「すいません」と言葉にした。
もし発言を謝ってしまったら、空気が悪くなってしまったら「冗談です」で片付けた。
でも、一度も「クソ喰らえ」という魔法を使わなかった。
当たり前だ。そんなの魔法じゃない。
そんな言葉を使ったって周りから変だと思われるだけだ。幸せじゃない。
ん? 幸せ……?
僕は考えた。今のどこが幸せなのかと……
僕は死んだ。
もう意識しかない。
最後に残ったのは、つまらない人生と兄ちゃんが教えてくれた、言葉だけだった。
「クソ喰らえ」
空に向けて言ってみる。
そうすると、なんだかスッキリした気がした。
そのあと何度かその言葉を、誰に向けるでもなく口にした。
僕はまた子供に戻った。
だがやはり、僕は戦隊も鬼ごっこも好きにはなれない。
だが、今度は好きになろうとも思わない。
外遊びより読書がいい
アニメよりニュースが好き
ゲームよりボードゲームが楽しい
それが僕の普通なんだ。
だから、それを馬鹿にした子に入ってやった。
僕の本当の……たった五文字の魔法の言葉を、大きな声で
「クソくらえ」
魔法の言葉 千秋🎪 @honoja0331
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