第21話嫌味な一言


 マギーの家を辞する際、ライオネルはペックにお菓子の袋を与えていた。


 あたしがその様子を見ていると「腹が減ったから食おうと思って持ってきてたんだよ」と、聞きもしないのに答えた。


 馬車に戻ると医者があたし達に説明を求めた。


「わたしはやはり聞く権利があると思いますね」医者は腕を組んで、意地でも聞いてやると言った顔をして座り直した。


「ええと、なあ・・」言葉につまるライオネルに代わってあたしが答えた。


「本当の事を言うわ。今日アカデミーに入った泥棒の家族なのよ。あの子の薬代欲しさに盗みに入ったそうなの。それを聞いて放っとけなかったから、わたしがライオネル殿下に頼んだのよ」


 医者は目を丸くした。組んだ腕をほどいてあたしのほうへ身を乗り出すと彼は言った。


「失礼ですが、あなたはクレイ公爵令嬢でいらっしゃいますね? あの泥棒を捕まえたのは令嬢だと伺いましたが」

「そうね。だからこそわたしには彼女に対して責任があると思ったのよ。やり過ぎだって言われるかもしれないけど・・」


「いえ、立派なお考えだと思います。考えにとどまらず行動された事にも驚きました。わたしが耳にしていた令嬢の評判とは随分違うようです」


「彼は優秀な医者でもあるし、革新的な考えの持ち主なんだよ」

「わたしはアイザック・ブロナーと申します。何かお困りの事があればぜひ私にご相談下さい」


 なんだかやけにドクターブロナーに気に入られたあたしはこのまま自分の屋敷に帰して貰った。



 

 屋敷に帰るとマリアンが慌ててあたしを迎えに出て来た。


「ジュリエット様、旦那様がお待ちです。それはもう大変お怒りのご様子で・・」


 ご立派なクレイ公爵様がお怒りなのはあたしがダンスの発表会を欠席した事だった。王様や他の貴族の前で大恥をかかされたというのだ。


 泥棒に入ったマギーに関わっていると知ったら、火に油を注ぐ様なものだろうから秘密にしておこう。それ以外は真実を話し、屋敷に帰るまでの時間は『婚約者になるのライオネル殿下と親交を温めていた』事にした。ライオネルと一緒だった事を聞くと公爵はそれ以上あたしを咎めなかった。



 翌日、あたしはマギーに話をするために早くに屋敷を出た。アカデミーに向かう途中、首都の大通りを通った時だった。


 王家ご用達の高級な店が立ち並ぶ通りでリンが1人、そわそわと歩いているのだ。あたしは馬車を止めて窓からリンに声を掛けた。


「パラディ令嬢、どうしたのこんなところで?」

「それが‥馬車が見つからなくて」


「じゃあ乗って。一緒にアカデミーに向かいましょう」


 馬車に乗り込んだリンはあたしに礼を言った。「助かりました。早朝だったせいか馬車がなかなか見つからなくて」


「あんな所で何をしていたの?」

「レンタルしていたドレスを返却しに行ったのです。ダンスの発表会で着る様なドレスを持っていなかったもので・・」


 リンは少し恥ずかしそうに頬を染めた。小説にはドレスを借りている様子は書かれていなかったが、考えてみればパラディ家は貴族とはいえ名ばかりの貧乏な家庭だった。


「ジュリエット様はアカデミーに向かうにしては時間が早いようですけれど?」


 あたしはリンにも本当の事を話した。小説の世界とは言え、リンは未来の王妃だ。貧困にあえぐ平民の暮らしをいつか改善できるかもしれない。


「そんな事があったのですね。私の家も決して裕福ではありませんから他人事ではないですわ。私にも何かお手伝い出来たらいいのですけど」


「それなら相談したい事があるわ!」


 あたしはリンに自分の考えを話し始めた・・。




_________





「何? あの泥棒を釈放してほしいですと?」


 始業前に警備室を訪れたあたしとリンとライオネルに警備主任は目を丸くしていた。


「そうです。盗み自体は未遂に終わってるんだし、情状酌量の余地も十分にあるわ。何より当人が深く反省しているわ」


「それで、身元の引き受けはパラディ令嬢がなされると?」

「そうです。私には身の回りの世話をする侍女が必要なのです」


「何か起きた時の責任は俺が持とう」


 これはライオネルだ。流石にこの国の王子にこう言われては警備主任も断れないんじゃない?


「ううむ。その泥棒‥マギーの話の裏は取れているんですね、病気の妹がいたと。その上でパラディ令嬢が身元を引き受けて侍女教育をされると・・」


「学園長の許可はもちろん得てあるぞ」

「そうですか。それではいいでしょう。これが教室の鍵です」


 マギーが拘束されている教室の鍵を受け取ったあたし達は早速マギーを開放しに向かった。


「マギー、家に帰れるわよ!」


 マギーはあたしを見てとても驚いた。いや、あたしの言った事を聞いて驚いたのかもしれない。あたしは事情を説明し、ベスを医者に診せた事も話した。


「あんたは深く反省している事になってるから、そこら辺はよろしくね!」

「あたし‥あたし、反省してます。こんなに良くして貰って‥ありがとうございます」


 目に涙を浮かべてマギーは喜んでいた。マギーには一旦家に帰って貰って、授業が終わり次第リンが迎えに行くことになった。マギーは何度も頭を下げながら帰って行った。


「マギーに支払う給金の事は心配するな。俺がちゃんと払ってやる。いや、ゴードンに払って貰ったほうがいいかもしれないな」


 そんな話をしながら3人で廊下を歩いていると、当のゴードンが向こうからやって来た。あたしとリンが一緒にいるのを見て、少し怪訝そうな顔をしながら・・。


「珍しい取り合わせだな。3人で何をしていたんだ?」

「いい所に来たなゴードン。ちょうど話があったんだ」


「昨日アカデミーに入った泥棒なんですけど‥彼女を私の侍女にしようと思いますの」

「なんだって?! 泥棒を侍女にするなんて一体・・」


「本人はちゃんと反省しているし、事情があったんだよ。身元は調査した。根は悪い人間じゃないんだ」


 当惑するゴードンをライオネルが説き伏せる。


「それでさ、マギーの給金を出してやって欲しいんだ。リンの侍女になるんだからいいだろう?」

「あ、それと殿下! ダンスのパートナーに指名するなら、リンにドレスくらい用意してあげて下さいね」


 あたしもついでに一言言ってから、当惑しているゴードンと笑顔のリンを残してライオネルとその場を去った。



「ちょっと嫌味っぽかったかな?」

「いいさ、ゴードンはああいう事に疎いから、あれくらい言ってやった方がいいんだ。そんな事より授業なんかすっぽかして、これから俺と何か食べに行こうぜ」


「・・いいわ。朝が早くてわたしもお腹が空いたわ」


 あたしとゴードンはそのままアカデミーを抜け出して首都の街へ繰り出した。


 軽食を取った後で、気持ちのいい風が吹き抜ける川べりの並木道を歩きながらふとゴードンが質問してきた。


「そういえば足の方はもういいのか? 普通に歩いてるみたいだが」


 やばっ、すっかり忘れてたわ。「ええ、そうなの! あたしって直りが早いもんだから・・」


 そんな嘘を見透かしたようにライオネルは立ち止まって言った。


「嘘なんだろ? マギーに話を聞きに行く為に嘘ついたんだろ?」

「あ、はは。バレちゃったか」



「嘘をついたお詫びに、今ここで俺とダンスしてくれないとな」

「えっ、ここで?」


「そうだ。ダンスの発表会で踊れなかったんだから。それにここなら誰も見てないさ」


 あたしは渋々ライオネルの手を取った。だが1分もしないうちにあたしはライオネルの足を踏んづけた。


「イタタタ」

「ああっ、ごめんなさい。だからダンスは嫌だって・・」


「足を踏んだのはいい。それより君は・・君は一体誰なんだ?」

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