第20話マギー・オットーという泥棒


 泥棒と話をしに行く。


 そう言ったあたしをライオネルはまじまじと見つめた。


「泥棒に一体なんの話があるんだ?」

「どうしてこんな事をしたのか聞きたいの。あの子はまだ高校‥私達とそんなに変わらない年頃に見えたわ。そんな子がなぜ宝石泥棒なんてしたのか気になるのよ」


 少し黙って考えていたライオネルが顔を上げて言った。「なら俺も行く」


 まあ別に一緒に行くだけならいいわ。でも男の人を連れて行って警戒されたくないから離れて見ていると約束して貰おう。



 泥棒が拘束されているのはダンスの発表会の会場から一番離れた校舎の、これまた一番端にある小さな教室だった。戸口には警備員が1人、見張りをしている。現在は使われていない教室で中には2、3脚の椅子と机しかない。


 そのガランとした教室の中央に椅子に縛り付けられて泥棒は拘束されていた。あたしとライオネルが入って行くと明らかに警戒した様子でこちらを睨みつけている。


「そんなに怖い顔をしないで。別にあんたをどうこうしようと思って来た訳じゃないんだから」

「・・あんたはあたしを捕まえた女ね」


「ねえ、あたしはきし‥ジュリエットって言うんだけどあんたは?」


 泥棒はそっぽを向いて無視を決め込んだ。


「黙ってたっていつかはバレるんだから。わたしはあんたがどうしてこんな事をしたか理由を知りたいのよ」

「知ってどうするのよ」


「もし‥よんどころない事情があるんだったらわたしに何か出来ないかと思ってさ」


 その勝気な泥棒の表情が驚きのそれへと変わった。だがすぐ嘲るようにフッと笑って言った。


「貴族の令嬢の気まぐれで同情なんかされたくないわ!」

「ほんとは貴族の令嬢なんかじゃないんだけどさ‥ブツブツ。まあそう思ってくれてもいいから。で名前は?」


 あたしは椅子を1脚持ってきて目の前に座った。


「マギー。マギー・オットー」マギーはあたしのしつこさに音を上げた。


「そっか。じゃあマギー、もう一度聞くけどどうして盗みを働いたの?」

「ベスが‥妹のベスが病気で。ベスが死んだらあんたのせいだぁっ!」


 そこでマギーは泣き出してしまった。


「妹さんの入院費か何かを稼ごうと思ったの?」あたしは更に質問した。


「入院? 何言ってんのよ! あたしたちみたいな平民が病院なんかにかかれるわけないでしょ。医者だって診てくれやしないわ。せめて薬を買いたかったのよ!」


 マギーは激昂して叫び、ボロボロと涙をこぼしている。あたしは戸口でじっと立ってこちらを見守っているライオネルのそばに行って少し話をした。


「どう思う?」

「あいつの話が本当かどうかか?」


「そう。マギーは嘘をついてるようには見えないわ」

「確かめてみりゃいいんじゃないか?」


 ライオネルはそう言ってニヤリと笑った。あたしはマギーの前に戻ってハンカチで涙を拭きながら言った。


「マギーの家を教えて。様子を見て来てあげるから。このまま警備隊に連れて行かれたら妹さんの病状が分からないままになるわよ」




__________




「ねえホントにこんな人を連れて来ちゃって大丈夫なの?」

「平気だって。アカデミーの保健室にはシスターが居るし、彼女たちだって医学の心得はちゃんとあるんだから」


 馬車の中であたしはライオネルにひそひそと話し掛けた。あたしとライオネルは並んで座り、その向かい側には王宮に仕える医師が座っている。


「ライオネル殿下、わたしはどこへ連れて行かれるのでしょうか?」

「住所によると‥まあ貧民街だな」


「そのような場所にどんな御用がおありですか?」


 この若い医者は驚いて聞き返した。王宮に仕える医者というから威厳たっぷりの中年を想像していたのだけど、目の前の男の人は30代そこそこに見える。今日は王様と王妃様に帯同してアカデミーに来ていたのをライオネルが引っ張り出したのだ。


「大丈夫だって、何かあったら俺が責任を持つからさ」


 医者は連れられてきたことを不安に思っている様ではない気がしたけど、あたしは黙っていた。


 馬車は夕暮れの街を北上していく。首都の賑やかな街並みを通り過ぎ、立派なお屋敷が立ち並ぶ美しい住宅街を過ぎると庶民的な店や建物が続く通りに入った。


 さらにそこから少し馬車に揺られると、道幅はぐっと狭くなり道路状態も悪い通りに入った。建物は古く、今にも崩れ落ちそうな家が狭い間隔で並んでいる。道行く人の身なりもかなり粗末だ。


 馬車が入れない程道が狭くなって来たのであたしたちは馬車を降りて徒歩でマギーの家を探すことにした。狭い通りから少し歩くと開けた場所にでた。そこの中央に共同の井戸があり、そこから2軒目がマギーの家だと教えられた。


 オットー家も周囲の家々と同じように質素な作りだった。日本で言ったらプレハブに毛が生えた程度の建物だ。木製のドアをノックすると40代後半くらいの男性が出て来たが、その人は痩せていて肘から下の右腕がなかった。


「どちら様でしょう?」明らかに場違いなあたしを見て困惑している。


「あたし、マギーの友人です。妹さんがご病気だと伺って、お医者さまを連れて参りました」


 そう告げると男性は目を見開いた。「マギーの‥そうですか、お医者様を・・。こちらへどうぞ、むさくるしい所ですが。わたしはマギーの父でジョン・オットーと申します」


 ジョンはあたし達3人を2階へ案内した。ぎしぎしと階段がきしむ音がする。狭い部屋には簡素なベッドが二つ置いてあり、ベッドだけで部屋はぎゅうぎゅうだった。そのベッドのひとつにまだ幼い少女が横たわっていた。


 少女は発熱しているのか、意識がなく息遣いが荒い。隣のベッドに腰かけて看病していた母親らしき女性があたしたちを見て驚いて腰を上げた。


「ハンナ、こちらはマギーのご友人だそうだ。お医者様を連れてきて下さった」

「えっ、お医者さまを?!」


「そうです。あの‥費用の事は心配されなくて大丈夫ですから」


 困惑しているオットー夫妻にライオネルが言った。


「まずは医者に診てもらいましょう。俺たちは下で待っていた方がいいな」


 あたしとライオネルは1階に降りた。ハンナが薦めてくれた椅子に座ると先ほどの少女と同じ年頃の少年が物珍しそうにあたし達に近付いて来た。


「お姉ちゃん誰?」

「あたしはジュリエットっていうの。マギーの友達よ。こっちはライオネル」


「君はなんていう名前だい?」


 ライオネルが椅子から離れ、しゃがんで少年の目線に降りた。


「僕はペック。ベスと双子の姉弟なんだよ!」

「これ、ペック。お客様の邪魔をしてはだめよ。すみません息子がうるさくしまして‥これをどうぞ。ハーブティーです」


 ハンナに出されたハーブティーを飲んでいると医者が降りて来た。


「おっ、先生どうだった?」

「流行性の風邪ですね。解熱剤と喉の炎症を抑える薬を処方しておきます。10日分出しますが熱が下がって喉の痛みが治まれば飲まなくて大丈夫ですからね」


 そう言いながら、医者は紙に用法、用量を記してハンナに手渡した。


「ありがとうございます‥本当にありがとうございます」


 薬とメモ紙を両手で受け取ったハンナは何度も礼を言った。ジョンも礼を言って深くお辞儀をしている。


「あの‥マギーなんですけど、少しの間だけあたしの仕事を手伝って貰う事になったので家に戻れないかもしれません。あっ、大丈夫。怪しい仕事じゃないですから!」


 ジョンとハンナのオットー夫妻の顔には聞きたい事が山ほどあると書いてあった。



 

 

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