第19話宝石泥棒
あたしの肩にぶつかって来たのは使用人風の小柄な男だった。そいつはちょっと頭を下げただけですぐ去ろうとした。
「ちょっと待ちな。あんた人にぶつかっておいて謝りもしないつもり? あたしを誰だと思ってんのよ」
あら、あたしってば悪役令嬢が板についてきたんじゃない?
「申し訳ございません。急いでいたもので・・」その男は下を向いたままハッキリしない声で呟いた。
すると廊下の奥から女子生徒の甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「きゃ――っ、私のネックレスが無いわ!」
「ああっ、私の、私のイヤリングも無い」
「部屋がぐちゃぐちゃよっ、どうなってるの?!」
「いやぁぁっ、泥棒よ――っ!!」
泥棒?! 宝飾品が盗まれたの? さっきのガシャンという音‥ハッとして振り向くと目の前にいた小柄な男は走り出していた。
「あんた! 待ちなさいよっ」
あたしも咄嗟にその男を追いかけて走り出した。
泥棒は思ったより逃げ足が遅かった。小柄なせいか盗んだ宝飾品が重いのか、とにかくあたしと泥棒は一定の距離を保ったままの追いかけっこになった。
だが中庭を突っ切った泥棒が灌木を伝って塀をよじ登り始めた。追い付いてもドレス姿のあたしに塀を登るのは無理だ。あたしはつい今しがた通り過ぎたばかりの騎士科の訓練場に戻り、弓と矢を引っ掴んで来て、狙いを定めた。
昼間で周囲は明るく見通しもいい。灌木が少し邪魔だけど、この距離ならいけるはず!
ヒュン!
1本目は泥棒の顔のすぐ横の木の枝に刺さった。泥棒の肩がビクッと跳ね上がる。焦ったのか壁をよじ登る速度が上がった。逃がすもんですか!
2本目は泥棒の腰にぶら下がっている盗品が入っているであろう布袋に命中した。袋を貫通した矢が塀に刺さり、それを外そうとした泥棒がバランスを崩して塀から落ちた。
あたしは駆け寄って仰向けに倒れている泥棒に向かって矢で狙いを付けながら睨みをきかせた。
「動かない事ね、顔面に穴が開くよ!」
生徒たちから通報を受け、アカデミーの警備員や騎士科の生徒が集まって来ていた。「泥棒の姿は見ましたか?」と質問する声が聞こえる。
「こっちよーーっ。泥棒は捕まえたわ!」
あたしは大声を張り上げた。もちろん矢をつがえた弓と目は泥棒を狙ったままでね!
剣を携えた警備員と騎士科の生徒が何人か駆けつけて来た。少し離れて他の生徒が大勢見物している。今日は王家の方々や高位貴族も観覧に訪れている。王室の近衛騎士団も遅れて2、3人やって来た。
「これは・・クレイ公爵令嬢、あなたが捕まえたのですか?」
最初に駆けつけたアカデミーの警備主任が驚いている。
「見ての通りよ」
他の警備員と騎士科の生徒が泥棒を取り押さえた。腰にぶら下げていた袋を開けると沢山の宝飾品がまばゆい光を放っていた。小さな箱に入ったままの物もある。
「随分取ったものねえ」あたしが呆れていると警備員の一人が「あっ」と声を上げた。
振り返ると泥棒が起き上がっていたのだが、その髪が長いのだ。警備員の手にはカツラが握られている。てっきり男だと思っていたのに女だったのだ!
「女‥女の子だったの?!」
あたしが思わずそう言うと、泥棒は顔を背けて「ふん」と鼻を鳴らした。泥だらけの顔をよ~く見ると年齢も若そうだ。まだ高校生くらいに見える。
そこへ野次馬をかき分けてゴードンがやって来た。「何の騒ぎだ?」
「これは王太子殿下。アカデミーに泥棒に入った不届き者がおりまして。ですがクレイ公爵令嬢が捕まえてくださいました」
警備主任は称賛の眼差しであたしを見た。弓矢を持つあたしを認めたゴードンは目を丸くしている。なんかちょっと照れるわ、これ。
「君が‥泥棒を?」
「廊下でぶつかった時に泥棒だと分かったんで・・へへ」
そこへ血相を変えたライオネルが走って駆け付けた。「ジュリエットが泥棒と鉢合わせたって?!」
「ええ、そうですけど」
そう答えると、ゴードンはあたしの腕を掴んで言った。「弓矢で撃たれたと聞いたぞ。どこだ、怪我はひどいのか?」
「あの‥殿下、落ち着いて下さい。弓矢で撃たれたんじゃなくて
あたしが手にしている弓矢にやっと気が付いたゴードンは大きな安堵のため息をついた。
「はああぁ、そういう事か」
そこへロザリンが割って入り、おずおずと口を開いた。
「あの・・お話の最中に大変恐縮ですが、ダンスの時間が迫っておりまして私共は準備をしなくてはいけません。出来れば盗まれた宝飾品を返して頂きたいのですが・・」
「ああ、そうだったね。殿下、私は盗品を生徒たちに返してきます。この者は首都の警備隊に突き出しましょう」
警備主任に指示され、泥棒は後ろ手を結わえられて警備員に連れられて行く。あんな若い、しかも女の子が盗みを働くなんて一体どんな理由があったんだろう? あたしはふとその訳が知りたくなった。
「あの! この人を警備隊に突き出すのは明日の方がいいんじゃないかしら」
「クレイ公爵令嬢、それはまた何故です?」
「今日はアカデミーには沢山の人が来ているわ。警備に当たる人数が減るのは不安よ。無事に舞踏会が終わって来賓者が帰った後で警備隊に連れて行っても遅くはないんじゃないかしら」
「まぁ確かに今日の来賓者は高位貴族の方々ですから、何かあっては大変ですが‥」
警備主任が思いあぐねているとライオネルがあたしの意見に同調してくれた。
「俺もその方がいいと思うぞ。使ってない教室にでも拘束しておけばまず逃げられないだろう」
これで話はすぐ決まった。泥棒が連れて行かれたのを見てゴードンも去った。あたしも発表会の準備があるので部屋に戻ろうとしたが、ライオネルに待ったを掛けられた。
「ジュリエット、この後のダンスで俺のパートナーになってくれ!」
えっ、ダンス!? いやあダンスはちょっと。今はジュリエットもいないし大勢が見守る中でまた盆踊りを披露するのはさすがに気が引けるわ。
「あのぉ、ダンスはちょっと・・」
あたしが返事を躊躇する理由をライオネルは違う意味で受け取ったらしく、ひどく傷付いた顔で言った。
「俺では‥ゴードンの代わりになれないという事か?」
まずいな、なんて言い訳しよ・・咄嗟にあたしはいいことを思いついた!
「足を・・さっき泥棒を追いかけた時に足首を痛めたの!」
「なんでそれを早く言わないんだ!」
ゴードンはそう言ったと思うとあたしを両腕に抱きかかえて歩き出した。
「うわぁっ、ちょ‥どこへ行くんですか?」
「保健室に決まってるだろう」
ダンスを断っておきながら大丈夫だとは言えない。こんな格好で校舎内を連れられて行くあたしを、すれ違う人は驚いて見ている。
そこへあたしを探しに来たマリアンと遭遇した。マリアンも驚いているが、その目には心配の色が浮かんでいる。
「ジュリエット様! 一体どうなされたのですか?」
その問いにはライオネルが答えた。「泥棒を追いかけた時に足を痛めたのだ。これから手当てに行く。それと今日のダンスの発表会は欠席だと係りの者に伝えてくれ。俺もついでに欠席だ」
「か、畏まりました」
そのまま保健室に連れて行かれたあたしはそこで手当てを受けた。痛くもない足首に炎症を抑える薬を塗られて包帯を巻かれた。
「右足だけでよろしいですか? 他にお怪我はございませんか」
「大丈夫です。ありがとうございました」
少し右足を庇うような振りをして保健室を出ると廊下にライオネルが待っていた。
「どうする、来賓席へ行って発表会を見届けるか? それとも屋敷に送って行こうか?」
まさか待ってるとは思ってなかったわ・・。あたしはこの後、あの泥棒に会いに行くつもりだった。どうしてこんな事をしたのか聞いてみようと思っていたのだ。
どうしよう、正直に言おうか・・泥棒に会いたいなんて言うとゴードンなら絶対反対するだろう。盗みを働いた理由を問うなんて警備隊の仕事だと言うんじゃないかしら。でもライオネルならどうだろう?
「私‥これから泥棒と話をしに行こうと思うの」
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