第18話模擬戦の当日


 ジュリエットが居なくなってから5日が過ぎた。


 あれからあたしはアカデミーに行っていない。ジュリエットがこちらに帰ってくることが出来たのだから、あたしもきっと帰る事が出来ると楽観的にその時を待っていたのだ。


 でも5日経ってもあたしはまだこの世界にいる。ジュリエットの時と同じように1日だけでもいいから家族の元に帰りたかった。ジュリエットの話からみんな元気にしているみたいで心配はないけど、あたしがみんなに会いたかった。智兄いの憎まれ口や、康兄いの嫌味ったらしい口調すら今は恋しく思う。


「小説通りに進まないとダメなのかなあ。でもそれだとジュリエットは死んじゃうよね。死んだら元の世界に戻れるの? 戻れなかったら? あたし死んじゃうって事じゃん、そんなのやだよ」


 このまま屋敷に引き籠っててもダメって事か。アカデミーに行けばまた針のむしろだろうけど仕方ない。


 


 仕方なく今日からまたアカデミーに足を踏み入れた訳だけど・・予想通り周囲の風は冷たかった。


 同じクラスの生徒も挨拶を形程度に交わすくらいでジュリエットはもう空気の様な存在になってしまっていた。ただミナだけがいつもと変わらず接してくれている。


「ねえミナ、なんだかみんなソワソワしてるみたいだけど?」

「ええ、もうすぐ騎士科の模擬戦でそれが終わるとダンスの発表会ですわ。女子生徒はダンスの時に着るドレスや宝飾品選びに気もそぞろなんです」


 ああ~みんなここぞとばかりに着飾って自分をアピールするのね。ジュリエットの事なんて構ってられないという訳か。なんかちょっと助かったかも。


「ミナはどんなドレスを着るの?」

「私はオレンジに金の刺繍が入ったドレスです。マダム・エオールの特注品なんです」


「へえ~。それってやっぱりブランド物ってやつ?」

「ブランドですか? そう言われますと‥確かにブランドですわね。アノンもエオールの店でドレスを買ったと言ってましたし、ロザリンはお母様から家宝のネックレスを借りて来たそうです」


「みんな気合入ってるのねえ」



 騎士科の模擬戦が間近に迫って来た為、あたしは訓練場を借りて弓を射ることが出来なくなってしまった。騎士科の生徒の邪魔をしちゃいけないしね。


 ライオネルもやはり模擬戦の練習で忙しいのか、ジュリエットに会いに来ないし、放課後にやる事もなくてあたしはまっすぐ帰宅した。


 公爵家の屋敷に帰ると早速母親から呼び出された。


「ジュリエット、もうすぐダンスの発表会でしょう? 公爵家も観覧しますからそのつもりでいて頂戴。またお父様の癇癪に触れない様に立ち居振る舞いには気を付けて貰わないと」


「・・分かりましたぁ」


 あたしが憮然とした顔で返事すると母は大きなため息をつきながらまた言った。


「あなた、最近は何が面白くなくてそんななの? まるで人が変わった様じゃない」


 何もかも面白くないわよ。公爵家でジュリエットがこんな窮屈な生活を送っていたなんて驚きしかないわ。父親は公爵家の体面しか考えてない、母親は公爵の顔色を伺ってビクビクしてる。ジュリエットの理解者は誰もいない。


 でもまあ一番は・・。


「ご飯の量です」

「ええっ?」

「ご飯が足りません」


 甘い物をそんなに食べないあたしが、おやつの小さなケーキひとつでも有り難く思える程ご飯が足りませんってば!


「だってあなた、すぐ太るからと食事制限をしていたのでしょう?」

「それで不健康になってはいけないと考え直したんです。話が終わったなら部屋に戻りたいんですけど」


「まだですよ。ダンスの発表会に着て行くドレスを決めてないでしょう?」

「持ってるドレスから選びます」


 あんなに山ほどドレスがあるのにまだ新しいドレスが必要なの??


「まあ!」

「だってあた、わたくしの婚約者はもうライオネル様に決まったんでしょう? そんな着飾って注目を浴びる必要も無いんだし。お金が勿体ないじゃないですか。じゃお母様、ご飯‥食事の件よろしくお願いします」


 お茶のカップを片手に唖然としている母をそのままにしてあたしは自室へ戻った。そしてマリアンを呼んでドレス選びを手伝って貰う事にした。


「ダンスの発表会用にドレスを新調しないのですか?」

「そうよ。さっきから何度も同じこと聞くのね。だから持ってるドレスの中でどれがいいと思う?」


 マリアンは困惑しながらもドレス選びに根気よく付き合ってくれた。


「ロザリンは家宝のネックレスまで用意してるんだって」

「噂には聞いておりましたけど、貴族令嬢の力の入れようは凄いのですね」

「ねー、あたしもびっくりだわ」


 自分も貴族令嬢なのを忘れて相槌を打つあたしをマリアンは笑っていた。



 それからあっという間に時間は流れ、今日は騎士科の模擬戦の日だ。


 アカデミーの広い敷地内に出店のテントが建てられ、アカデミーに通う生徒の親族や友人が校内に出入りできるようになる。生徒から家族や友人に入場パスが配布されるのだ。日本で言ったら学園祭みたいなものね。


 騎士科の競技が色々ある中でパルティアンショットは大会の最後を飾る大トリだ。


 ダンスの発表会と同じく王室や高位貴族が観覧に訪れている。そして周囲の予想通り、1位は第2王子のライオネル。2位が王太子のゴードンと王族が上位を占めた。3位はどこかの伯爵家の子息らしい。


 パルティアンショットの競技が終わると表彰式となり、王様から賞のメダルが贈られた。

 ゴードンは賞のメダルを持って真っすぐリンの元へ向かったようだ。ダンスの発表会は今夜だ、パートナーに指名する事を告げに行ったのだろう。


 ゴードンの背中を見送るあたしに王の使者がやって来て伝令を告げた。


「国王陛下のお召しでございます。ご一緒においで下さい」


 え―っ国王陛下に会いに行くの? いやちょっと待って、陛下の前で粗相でもして処罰されたらどうしよう。

 ジュリエットは子供の頃から王宮に出入りしていたかもしれないけど、あたしとしては初めてなんだよ。しかもこんな風に何の前触れもなく不意打ちで召されちゃ心の準備という物が・・。


「こ、国王陛下があた、わたくしに何の用でしょうかしら?」

「私はただの使者ですから存じ上げません。クレイ公爵令嬢、陛下をお待たせしてはいけません、参りましょう」


 陛下の使者に急かされてアカデミーの一室へ向かうと、護衛の兵士が二人立っているドアの前に到着した。兵士の一人があたしの到着を告げる。


「さ、早く!」と促す使者の視線に仕方なくドアをノックすると「入りなさい」と落ち着いた男性の声が中から聞こえた。


 護衛の兵士が開けたドアの向こうには沢山の従者と侍女が控える中、お茶をしながら寛ぐ国王夫妻の姿があった。


「ほ、本日はお日柄も良く・・こ、国王陛下、並びに王妃様にご挨拶申し上げます」

「ジュリエット、突然呼び立ててすまなかったな。こちらへ来て座りなさい」


 国王陛下はこうして実際に会ってみるとライオネルと雰囲気が似ていた。50代くらいに見えるけど、精悍な顔立ちで、体格もがっしりしている。一方、ゴードンの優しい笑みと瞳の色は王妃様譲りね。


「ジュリエット、最近はどうだね学業は順調か?」

「はい、お陰様で」こういう時はこんな感じの返事でいいの? 間違ってない?


「この度のライオネルとの婚約はもう耳に入っているね? そなたにはゴードンと縁を結ばせるつもりで妃教育を受けて貰っていたが、ゴードンの意向で思わぬ形になってしまった。この点については正式に謝罪しよう」


「謝罪だなんて、そんな・・」


 へえ~一国の王様ともなると人間の出来が違うのね。別にジュリエットとゴードンは正式に婚約していた訳ではないんだから謝罪の必要なんて無いはずなのに。


「ライオネルとの婚約はまだ王国からの申し入れ段階にある。そなたが婚約を望まないのであれば断って構わない」


 えっ、そうなの? 王国からの命令じゃないんだ。そういう設定だったっけ? でもジュリエットの将来についてあたしが勝手に判断していいか分から保留ね。


「分かりました。熟慮させて頂きます。ご配慮いただき感謝いたします」あたしは深々とお辞儀をした。さ、もういいわよね? 


「それと」今度は王妃様が口を開いた。ライオネルが言うには口うるさい母親だそうだが、今目の前にいる王妃は大らかな人物に見える。


「はい」

「この婚約はライオネルのたっての希望でもあるの。それを少し考慮に入れて欲しいのよ」

「えっ! あ‥はい。承知いたしました」


 あたしはもう一度お辞儀をして部屋を辞した。



 あ~緊張した! それにしてもライオネルの希望でこの婚約の話が上がったなんて思いもよらなかったわ。


 牢屋の中のシーンでジュリエットがいなくなれば婚約は無効になってライオネルもせいせいするだろうって語られていたから、てっきりライオネルもジュリエットを押し付けられたと思っているのかと考えてたわ。


 あたしは小説のストーリーを改めて思い出しながらぼんやり廊下を歩いていた。と、ドンと肩に衝撃を受け、ガシャンと金属がぶつかる音がした。


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