第14話同居する二人
目が覚めてみるとそこは見慣れたアカデミーの教室だった。
ああ、良かった! わたくしは元の、自分の世界に戻ってきたのだわ。今はダンスのレッスン中かしら、わたくしの相手はミナがしてくれているのね。それにしても今の言葉は‥。
周囲の生徒やダンスの講師までもが驚愕してわたくしを見ている。
「ゴホン。ミナ、足大丈夫? ちょっと休憩にしようか?」
その時誰かがわたくしの口を借りてミナに話しかけた!
これは‥どういう事なの? それにゴードン様とリンが婚約ですって?! わたくしはまたもや混乱に陥った。
それにしても何て下手なダンスかしら。いつからわたくしはこんなにダンスが下手になったの? 妃教育でダンスもしっかりと叩きこまれたはずなのに、これは酷過ぎるわ。
頭の中で声がする。何ですって? 食べれば優雅になるお菓子がないかですって?
『なんて安直な! もう見ていられませんわ』わたくしは思わず声を上げた。だがミナには聞こえていないようだ。
アッ! この声の主はもしかして和華なのではないかしら。
先ほどの言葉遣いといい、この世界の子女が、しかもこのアカデミーに通うような子女があんな乱暴な物言いをするはずがないわ。
わたくしが和華の体の中に入ってしまったと同じように和華もわたくしの中にいるのだとしたら説明がつく!
和華はわたくしに気づいていない様ね。ミナがしゃべったと思っているわ。仕方ありません、もっと分かりやすく言って差し上げましょう。
『そうですわ、どうやらわたくしはあなたの頭の中にいるようですわ』
『あんた‥本当にジュリエットなの? 戻ってこられたのね? でもどうしてあたしはまだここに居るのよ』
『それはわたくしにも分かりませんわ』
『それならちょっとこれ代わってよ? こういうのはあんたの方が得意でしょ』
『やってみますわ。でもどうしたらいいのかしら・・そうね、一度目をつぶってみて下さらない?』
視界が一度暗くなった。と、再び目を開けると目の前には不審そうな表情を浮かべたミナが立っている。そしてわたくしの手にはミナの手の感触があった。交代は成功した様ですわね。
「ミナ、お待たせしましたわ」
ピアノの伴奏に合わせてわたくしはミナと踊り始めた。これは初心者向けの易しい曲だ、難しいステップも無い。
これまでと打って変わって優雅に踊るわたくしを見て周囲の生徒と講師は再び驚き、目を瞬いている。
曲が終わった。わたくしとミナはお辞儀をしてダンスを終えた。
「クレイ嬢、素晴らしかったですよ。これだけ踊れるのでしたらダンスの補講は必要ありませんね」
「はい。どうやら勘を取り戻せたようです。参加させて頂きありがとうございました」
ダンスの講師も拍手してくれた。ここは上手く誤魔化せたようね。
ダンスレッスンの補講が終わるとわたくしはすぐ屋敷に帰った。
誰にも聞かれないように和華と落ち着いて話をしなくてはいけないのとゴードン様とリンの婚約に動揺していたからだ。
わたくしは自室に戻るとしばらく誰も来ないようにとメイド達に念を押した。
『さっすがぁ本物は違うわ。あたしなんかどうやっても盆踊りになっちゃうもんな』
「それよりあなたは和華ですのね?」
『正解! いやあもう今まで大変だったんだから。ドレスは窮屈だしヒールのある靴は痛いし疲れるし、言葉遣いには気を付けなきゃいけないし、ご飯は少ないし、さっきのダンスだってあんた・・』
「ところでゴードン様とリンはいつ婚約なさったのです?」思わずわたくしは和華の終わらない愚痴を遮り質問してしまった。
『あっ、ああ~えっとそれは・・』
「気を使わなくて結構ですわ。わたくしがあなたの世界であなたの人生を見た様に、あなたもわたくしの人生を見たのでしょう? わたくしのゴードン様への想いを知ってしまったのね」
『うん、まあ‥そうね』
和華は言葉や態度は乱暴だが心根は優しく正義感の強い人だ。わたくしを気遣って何と言おうか考えているのだろう。
『ええっと、あたしも二人の婚約を聞いたのはついさっきよ。今日発表されたらしいんだよ。あの‥あんまり落ち込まないで。妃教育だって何か別の事に役に立つかもしれないし。それに、えーっとゴードンなんて顔だけがいい王太子だし。あんたは超絶美人なんだからあんたと結婚したいって貴族はわんさか居るに違いないんだから・・』
今日初めて言葉を交わしたわたくしの事をこれほど心配して慰めようとするなんて、おかしな人。
「フフッ。あなたこそわたくしの心配をしている場合ではないのではなくて? ジュリエット役のオーディションが迫っていますわよ」
『あああっ、それっ! どうしよう。あたし全然練習出来てないよぉ』
「それよりもまずお互いにどうやって元の世界に戻るかが先ですわね」
『あれっ、今あんたがここに居るって事は向こうのあたしはどうなってんの? まさか魂が抜けて死んだと思われるんじゃ』
「多分ですけれど大丈夫だと思いますわ。向こうの世界は夜であなたはベッドで寝ていますから」
『そっか。多少寝坊してもいつもの事だから誰も不審に思わないか。お母さんや兄さん達は元気にしてる?』
「ええ。初めてわたくしを見た時は『おかしくなった』と心配していましたけれど。それからお父様と上のお兄様が外洋からお帰りになりましたわ。」
『お、お父様ね‥あんたこそ向こうの世界で大変だったんじゃない? こことは何もかもが違い過ぎて』
(あたしには本の知識があったけどジュリエットにとっては驚きの連続だっただろうな。あんたは本の中の登場人物だって言った方がいいのかな? いや、まだこれからどうなるか分からないんだから言わない方がいいよね)
「ええ、驚いたなどと生易しい物ではなかったですわね。文明がとても発展していて、人々の考え方も価値観も随分と違っていますのね。でも少しずつ世の中の事を勉強して慣れて来ていますわ。スマホも使える様になりましたもの」
『ええーすごいじゃん! あたしなんかダンスひとつもまともに出来ないのに。あんたってホント努力家なんだね。でもこの状態が続くとまずいよね。あたしの目が覚めなくて死んだと思われて火葬なんかされたりしたら・・』
「もう一度目を閉じてみましょう。今度はあなたが元の世界に帰れるかもしれないわ」
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