第13話演劇サークル
「和華! 元気になったの? 心配したんだよ」
「ありがとうエッコ。もう大丈夫だと思うわ」
エッコこと石原栄子は小中学校が同じ幼馴染だ。大人しくて目立たないタイプだが、言い出したらきかないような頑固な面もある。高校は別で少し疎遠になったが今また大学が同じになった事で友情が復活した。
「和華って、その言葉遣いはやっぱりサークルの為なの?」
「ええ、夏休みの間に頑張って矯正しましたの」
「そっか! じゃあ今日はサークルに顔出す? 藤本先輩も心配してたよ」
「そうしま‥そうするわ」
夏休み中ではなく、この4、5日でわたくしは言葉遣いを矯正した。友達や家族同士では砕けた口調で会話することを知ったからだ。
でも身に付いた物を変えるのは思ったより大変ね。それにまだ誰に対してどれくらい砕けた口調で話したらいいか判断が曖昧だ。
勉強の方は和華が出来る事はわたくしにも出来るようだった。問題を見ると答えが頭に浮かぶのだ。すべてに当てはまるかは不明だが、仕方ない。元の世界に帰れるまで出来る努力は何でもしなくては。
エッコとは取っている授業で共通している物が多く、実はサークルも一緒だった。エッコは脚本を書くのが趣味で演劇サークルに入部し、この和華はというと・・。
「こんにちは~」
「こんにちは。あ、岸田さん具合はどう?」エッコとわたくしが部室に入って行くと藤本先輩がすぐ声を掛けてきた。
「もう平気です。ご心配おかけしました」わたくしは丁寧にお辞儀した。
・・・・周囲の視線が和華に集中した気がする。演劇サークルの部室で作業をしていたほぼ全員が振り向いたのだ。
藤本先輩の笑顔も一瞬固まった様に見えたが気がしたが、すぐ元通りの爽やかな笑顔に戻った。身長182センチのイケメン『王子』のあだ名に相応しい笑顔だ。
「石原さん、脚本はどう?」
「ほぼ出来上がりました。原作に忠実に書いてますけど訂正する部分があったらお願いします」
エッコが藤本先輩に原稿用紙を渡した。そこへ大塚奈美が割り込んで来た。
「私も見たいですぅ、藤本先輩いいですかぁ?」
「うん、いいけど代表が来たら返してね」藤本先輩は横に座った大塚奈美の前に原稿を置いて立ち上がった。大塚奈美は藤本先輩の隣で一緒に台本を見るつもりが当てが外れてムッとしている。
藤本先輩はわたくし、和華の方へやって来た。「岸田さん、風邪だったの?」
「はい、そうだと思います」先輩なのだから当然敬語だわね。でも先輩の表情がこわばった。
「石原さんから聞いて心配してたんだ、いつも元気な岸田さんが体調を崩したって言ってたから」
そうよね、和華の生い立ちを夢で体験したわたくしも和華の元気の良さには舌を巻いたもの。生まれてこの方病気らしい病気はしたことがないのではないかしら? 確か『はしかと水ぼうそう』くらいと母親が言っていた気がする。
それにしても藤本先輩がこんな風に和華を心配してくれるなんて、本人が知ったらさぞ喜んだでしょうに。
和華がこの演劇サークルに入部したのはこの先輩に誘われたからだった。エッコと同じく小中学校が同じ幼馴染の先輩。そして和華の片思いの相手。
そこへ演劇サークルの代表が部室に入って来た。「悪い悪い、遅くなったぁ」
周囲を見渡してまた言った。「よーしほぼ全員揃ってるな。じゃ今度の学園祭の話を詰めていくぞ~」
この大学の演劇サークルは有名な俳優を多く輩出している事で知られている。後援者も多く、ハリウッドで活躍する大物俳優Hもその一人だ。
学園祭での公演も恒例で、2年おきにシェークスピアをやるのが伝統。今年はその年に当たり『ロミオとジュリエット』が演目に選ばれた。
「じゃあ後はキャピュレット家のティボルトとキャピュレット夫人、ジュリエットの配役だな」
この後、エッコが書き上げてきた台本を元にティボルトとキャピュレット夫人のオーディションが行われた。
衣装合わせがあるのでシェークスピア劇の配役は早めに決めて欲しいと衣装係りから要望が来ている。
衣装は使いまわしが基本だが、新しく作成する場合もある。特にシェイクスピアは衣装作成に時間がかかるのだ。
そうやって要望が来ているにも関わらず夏休みが明けた現在もまだ肝心なジュリエット役が決まっていなかった。
和華にもその原因の一端があった。
初めはほんのちょっとした言葉の応酬だったのだが、負けず嫌いの和華の性格が災いしたのだ。
「ロミオとジュリエットねえ。聞いたことはあるけどどんな話?」和華はこの古典を知らなかった。
「仲の悪い両家の子女と子息が恋に落ちる話なんだけど悲劇に終わるの。原作読まないと! 和華は見た目がいいんだから裏方より役者で出た方がいいしさ。それにロミオは藤本先輩だよ。ほんと王子に相応しい役柄だよね!」
エッコが和華に原作の本を差し出した。
「シェークスピアは素人が簡単に出来る戯曲じゃないわよ!」大塚奈美がその本を取り上げながら横やりを入れた。
「いくら見た目がそこそこだからって岸田さんみたいなガサツな人がジュリエットなんて到底無理よねぇ」
本をパラパラとめくりながら奈美は和華を見下ろした。
大塚奈美は高校時代から演劇部で、将来も女優を目指していると周囲に豪語している。派手な見た目で勝気な性格、そしてどうやら奈美も藤本先輩を狙っているらしい。
その藤本先輩と幼馴染で彼に誘われてサークルに入って来た和華を何かと敵視している。
「ガサツで悪うございました。だけどあたしだって練習すればジュリエットくらい出来るわよ」
「アハハ、やだ冗談でしょ? ジュリエットは‥藤本先輩の相手役は私が立候補してるのよ。岸田さんが私に敵う訳ないじゃない」
黙って聞いていたエッコもさすがに頭に来たようで本を取り返した。「ジュリエットには佐藤さんだって立候補してるし、大塚さんに決まった訳じゃないわ」
「じゃあ岸田さんも立候補しなさいよ。まあ恥をかくのはあなただけど」
「やってやろうじゃないの! 今すぐはさすがに無理だけど夏休みが明けたら一緒にオーディション受けてやるわ!」
そんな訳でジュリエット役に和華も立候補したため、オーディションが夏休み明けに延期されたのだ。
__________
「いやぁ・・やっぱりあんな事言わなきゃ良かったかも」
原作を読んだ和華は早速後悔し始めていた。二日後の学食でエッコと昼食を食べていた時だった。
「ええ? 今更どうしたの」
「あんな貴族のお嬢様って役柄・・あたしに出来ると思う?」
「大丈夫じゃない? 台本が出来上がったらどのセリフでオーディションするかすぐ決まるし、あとは頑張って練習すれば・・」
「頑張れば出来るとかいう話なんだろうか?」
「うーん、和華はそうだなぁジュリエットというより、赤毛のアンとかアルプスの少女ハイジとかのほうが合ってるかもしれないけど」エッコは考えながら付け加えた。
「スケバン刑事っていうのもあったよねぇ。見た事ないけど。そういうのならすっごい合ってそう」
「スケバン・・」
「色んな恋愛小説読んだり映画を見たりしたらいいと思うよ。相手役は藤本先輩なんだから感情移入もしやすいだろうし」
「俺がどうかした? 一緒に食べてもいいかな?」
振り向くとにこやかに学食のトレーを持った藤本先輩が立っていた。
「あっ、どうぞ」今までテーブルに突っ伏してグダグダ言っていた和華が飛び起きた。
「藤本先輩、和華もねジュリエットに立候補したんですよ」
「そうなんだ?! なんか俺が無理やりサークル誘ったみたいで迷惑だったかなって思ってたんだけど」
「いえ! そんな事ないです。全くないです。やる気満々です!」
普段は大抵の事には動じない和華だが、先輩の前ではガチガチに緊張している。この世界の人間じゃなくても和華の先輩への気持ちは駄々もれだった。エッコも和華の様子に笑いを堪えきれないでいる。
「ジュリエット役の練習をするなら付き合うから。いつでもLINEくれよ?」
「はいっ、お願いしますっ」
食事の後、和華はエッコに随分からかわれていた。
「和華ってば先輩の前ではほんと可愛い普通の女の子だよねぇ」
「それじゃ普段は普通じゃないみたいじゃん」
「和華はヤンキーだね。うん」
「ええ~兄貴達は思いっきりヤンキーだと思うけど、あたしもぉ?」
ヤンキーとは何を指すのかこの記憶を見た時は分からなかった。それよりもこうやって本音で語り合える友人がいることがわたくしにはとても羨ましかった。
わたくしの世界にも友達はいるけれど、彼女たちは本当にわたくしの友達と呼べるのだろうか? わたくしが公爵令嬢でなかったらあの3人はわたくしを相手にもしなかったのではないかしら。
彼女たちは決してわたくしに意見などすることなく、いつも笑顔で「そうですわねジュリエット様!」
「私もジュリエット様の意見に賛成ですわ!」と肯定の意思しか示した事がない。それを普通に思っていたわたくしも井の中の蛙だったのね。
さて、この世界で和華の振りをして生活して行く上で、このジュリエット役のオーディションは避けて通れないようですわね。
同じ名前の役柄に挑戦するなんてどんな偶然なのかと考えながらわたくしはまず小説を読んでみた。
この小説の中の世界の方がわたくしが居た世界と余程近い物がある。いえわたくしの世界の方がひどいかもしれない。
貴族の女性の結婚は家の為であり、恋愛結婚で結ばれることはほぼ無いと言っていい。
平民はそうではないらしいが、平民は身分の差を超えて社会に進出することが出来ない。それは女性っも同じで女性が男性社会に進出することも無い。
女性は結婚をして子供を産み夫のサポートをするのが人生の全てだ。
いけない、思考が逸れてしまったわ。わたくしはお芝居の中でこのジュリエットに成り切らなくてはいけないのね。
向こうの世界でもお芝居は何度も見た事がある。でも自分が演じる側になるなんて夢にも思わなかったわ。
今日は早く寝ましょう。
明日は3限目の後に藤本先輩が台本読みを付き合ってくれるそうだから、わたくしも早めに起きて予習しておかなければいけないわ。
確かにわたくしはベッドに入って眠ったはずだった。でも自分の声で‥自分の声なのに聞き慣れない言葉を聞いて目が覚めた。
「てめぇら、うるせぇぞ! 言いたい事があるなら後で全部聞いてやるから少し静かにしろ!」
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