第15話家族の反応
和華はそう~っと目を開けてみた。
目の前に広がる光景はさっきと変わらない。豪華な調度品が据えられた広々としたジュリエットの自室だ。
「ああ~だめだ。あたしはまだこっちにいるみたい。ジュリエット、あんたはまだいる?」
『ええ、居りますわ』
その時控えめな調子でノックがされた。
「どうぞ~開いてるわ」今度はあたしが前に出てるみたいだ。
扉が開くとマリアンが入って来た。邪魔しない様に言いつけられていた為、おずおずとしている。
「いいのよマリアン。どうしたの?」
「旦那様からお話があるのですぐ夕食に来なさい、と言付かっております」
確かにお腹が空いたわ。弓もやったしダンスも散々踊ったし。
「分かったわ。着替えたらすぐ行くから」
「着替えをお手伝いします」
「うーん大丈夫かな。ありがとう」
マリアンが出て行くとすぐジュリエットが釘をさしてきた。
『お腹が空いているかもしれませんが、ほどほどにして下さい。わたくしは太りやすいんですから』
「えええ~あたしお腹ペコペコなのにい」
『早く着替えを済ませて夕食に向かわないと。お父様は待たされるのが嫌いなんですのよ』
「は~い わっかりましたぁ」
_________
ジュリエットが席に着くとすぐ夕食が始まった。
さっそく出されたスープに手を付けようと、いそいそとスプーンを持ったジュリエットに父親のクレイ伯爵が視線を向けた。
「ジュリエット、今日アカデミーでゴードン様の婚約が発表されたのは知っているな?」
「ええ‥はい。知ってます」
「お前がゴードン様のお眼鏡にはかなわなかったとは、全く。ハァ・・クレイ家の娘が下級貴族の娘に負けるなどなんたる恥さらしな。だが王室はお前に妃教育を施した手前、お前を第二王子のライオネル様の婚約者に指名してきた。有り難く思いなさい」
(は? 何それ。まるでジュリエットがでっかい失敗でもしでかしたみたいな言い方。それになんでリンに負けた事になるのよ)
「第二王子は破天荒で言動や行動に問題がある方だが武道には優れた御仁だ。それに王族であることには変わりない。今度こそ婚約破棄などされぬようにしっかりと振る舞いなさい。これ以上クレイ家に恥の上塗りをするな」
和華はムラムラと怒りが込み上げてきた。これが父親の言うセリフ?
顔を合わせてもいつも『勉強はきちんとしているか』ってセリフを仏頂面で言うだけだし。娘が高熱を出して苦しんでいる時だって見舞いにも来なかったじゃない。
あたしはジュリエットの記憶を見て知ってるんだから! この尊大な男は、リンに好きな人を奪われたジュリエットの気持なんか考えた事もないんだわ!
「何よそれ! そんな言い方ってないじゃない。ジュリエットが今までどんなに頑張って来たか知りもしないくせに。それにあんたはジュリエットの父親でしょう? ゴードンがリンと婚約して娘がどんなに傷付いているか想像も出来ないの? それをあろうことか恥晒し? 有り難く思えだって? 自分の娘より公爵家の面目の方が大切だって言うのかよ!」
和華は気が付いたら公爵に怒りをぶちまけていた。椅子から立ち上がり、手にしたスプーンを痛い程握りしめている。
『和華、やめて。みんなが驚いているわ。それにあなた、和華として話しているわよ』
クレイ公爵も母である公爵夫人も奇怪な生物を見るような目でジュリエットを見ている。控えていた執事も給仕している何人かのメイドも驚愕の表情で固まっていた。
「な、な、な・・」クレイ公爵は何か言おうとしているがあまりに動揺して言葉にならないようだ。
公爵夫人が慌ててジュリエットに言った。「ジュリエット、あなたは動揺しているのです。ゴードン様の婚約発表がショックだったのでしょう。もう部屋にお戻りなさい」
『やばい・・やっちゃったよ。絶対怪しまれてるよね』
『相当驚いたようですわね。でも今ならゴードン様の婚約を聞いてショックを受けたからと誤魔化せますわ。ここは素直に部屋に戻ってください』
『あーあ、お腹空いてるのにぃ』
和華は後ろ髪惹かれる思いでディナーのテーブルを立った。
給仕をしていたメイド達もハッとしたように元の仕事に戻り、執事は何事も無かったかのようにジュリエットが座っていた椅子を直した。
「あれは・・一体どういうことだ? あんな乱暴な口を利くなど、どういう育て方をしたのだ、お前は!」
公爵の癇癪は母親に向けられた。
「申し訳ございません。ジュリエットにはよく言って聞かせますわ」
公爵夫人は大きなため息をついた。
_____
ジュリエットが部屋に戻るとほどなくしてマリアンが入室を求めてきた。
「マリアン? どうぞ」(今度はなんだろう。また呼び出されてお小言言われるんじゃないだろうなぁ)
マリアンは小型のワゴンを押して入って来た。ワゴンから美味しそうな匂いが漂ってくる。
「お夕食を温め直して持って参りました」
「やったね! マリアンってばナイス! ああ~もうお腹ペコペコだったんだよぉ」
『和華、言葉遣い!』すかさずジュリエットの突っ込みが入った。
「ええと、ありがとうマリアン。助かりましたンですわ」
マリアンは少し笑っているようだ。「ではまたお食事が終わった頃に下げに参ります」
そう言ってドアに近づいたマリアンは立ち止まった。
「ん? どうかした?」
「あの、お嬢様。私は、その・・貴族のご令嬢は優雅な暮らしをして悩みもなく幸せで羨ましいと思っていました。ですが平民の私達には分からないご苦労があるんだと、先ほどのお嬢様のお話でよく分かりました。旦那様や奥様がお嬢様に事務的な態度で接しておられる事も知っておりましたし」
「そうね、貴族の令嬢なんて楽なもんじゃないわね。あたしもホントにそう思うわ」
「こんな事を申し上げると大変おこがましいとは思うのですが、最近のお嬢様は以前とは違ってその・・とても快活になられたと言いますか、私達メイドにも気軽に接して頂けてみんな喜んでいるんです。
もしお嬢様がよろしければお嬢様のお悩みを私達に吐き出して下さい。私達メイドはただ聞く事しか出来ませんが少しでもお嬢様の気晴らしになればと思うんです」
「うわぁなんていい人なのマリアン。うん、きっとそうす、そうさせていただきますわね」
和華はマリアンの手を両手でぎゅっと握った。マリアンは恥ずかしそうにしながら部屋を出て行った。
『マリアンがあんな事を・・。わたくしはマリアンが笑った顔すら初めて見ましたわ』
「だねぇ。あたしも初めてマリアンに会った時は表情なさすぎで、アンドロイドかと思ったよ」
『わたくしは公爵家の令嬢には品位と威厳が大切だと思って生きて参りましたけれど、それが全てではないようですわね』
「そうねぇ。品位とかそんな物じゃお腹いっぱいにならないし、あんたが幸せになる事の方が重要な気がするね」
『今の和華には食事が重要な気がしますわ。さ、冷めないうちに食べることに致しましょう』
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