素晴らしき名古屋

浅賀ソルト

素晴らしき名古屋

愛知とか名古屋は公務員がクズである。

刑事施設視察委員会っていうのがあってこれは法律によって定められた、医師や弁護士が刑務所の運営を監視するための委員会である。医師や弁護士のほかに公務員とか普通の民間人もいくらか推薦を受けて参加できる。俺は知り合いの推薦を受けてこの委員会に入り、入管やら県警やらで悪名高い愛知県の刑事施設視察委員会に参加している。もちろん刑務所と刑務官も愛知県はクズが揃っていて虐待や暴行が蔓延している。注意されても「ちっ、うるせーなー」くらいのノリであり、受け止め方に深刻さがない。建前で注意していると思っている。

法定速度は誰も守ってないし、飲酒運転もみんなやってる。人の金メダルだって噛み放題。みんなやってると思っているから全国ニュースになったときに常識のズレにビビるのだが、じゃあ今度からはちゃんとやりましょうとはならない。愛知県民は、他の県民はバレないようにやってるだけで、みんな自分達と同じだと思っている。今度はバレないようにやりましょうと誰も口に出しては言わないけどそういう空気で反省する。

名古屋刑務所、やりすぎたな。

刑務官が囚人——受刑者というのが正しい——に暴行しているという通報があり、刑事施設視察委員会(略して視察委)が立ち入り調査をすることになった。名古屋刑務所はクソなのでやってるのは確実なのである。予断をもって調査するのはよくない。決めつけはよくない。という建前は分かるのだが、やってないかもしれないと思っていたらこいつらの悪行はいつまでたっても暴けない。絶対にやっていて、それを毎回毎回なんとか隠蔽しようとしてくる。騙そうとしている。こっちは騙されないぞという気持ちで挑むのが正解の態度なのである。

検索すれば分かるけど、この刑務所の刑務官はクズばかりである。新人が受刑者の更正とか社会復帰みたいなことをちゃんと理解してやってきたとしても、組織が腐っているのですぐに受刑者の暴行の手伝いをさせられる。そしてそれが当たり前だと思わされる。まともな刑務官でいようとすると邪魔をされてしまうので、一緒に手を汚さないと仕事にならない。とにかくそういうところなんである。

「名古屋刑務所のクソがまたクソなことをしているな」

「例によって見せしめに何人か吊るしましょう」

視察委の会議で俺が通報の連絡を聞いて呟くと、米山という市役所役員が同調した。

言い忘れたがクソな刑務官を相手にするこっちも愛知県民であるので、同じようにクソである。クソだからこそクソの考えていることが分かるし、クソの相手をすることも慣れている。

「打撲や捻挫じゃないですね。全治三ヶ月の重傷です。肋骨のほかに鼓膜まで破ってる。この一年でそんなのが五件」

「やけにサディスティックな刑務官が来たな」俺は言った。

暴行が過激化するのは麻雀の役に似ている。何人か偶然やばい奴が揃うと歯止めが効かなくなる。元々名古屋刑務所のおいて刑務官の歯止めは効かないのだが、やばい奴というのはアクセルの役目をしてしまう。そうやって暴行集団の役が出来てしまう。

よーし、俺は腕を折る。俺は頭だ。肋骨だ。なんのこっちは鼓膜も破っちゃうもんね。

こういうことをして更正させてるんだと先輩から習って、伝統として受け継いちゃってるからタチが悪い。

まあ俺も自分の地元の悪口をあんまり言ってもしょうがないのでこの変でやめておこう。名古屋はよいとこ。飯はうまい。信号は守らないし、みんな平気で嘘つくけど。おっと、名古屋の悪口はいくらでも出てくるからどうしてもついオチをつけてしまうぜ。地元の人間同士ならこれで笑いが取れるんだけど、よその人間に言われたら普通にブチギレる話ではある。

手続きはいくつかの慣れもあるが、受刑者の治療記録を調べて——ウィシュマさんは氷山の一角であり、名古屋においては基本的に死ぬまで治療は受けさせないレベルなのであまりそっちに期待はできない——あとは受刑者から丁寧に聞き取り調査である。

刑務官や刑務所の所長にも話を聞くが、「はい、暴行しました」なんて話にはならない。何もありませんという嘘を記録に取るのが大事なのである。

そしてこんな茶番のやり取りが1年以上も続く。監視カメラの映像も、機材トラブルや充電ミスなどが発生するので、そのミスの注意処分とかすることになる。

刑務官は言う。「更正して社会復帰できるように私達も精一杯努めています」

「受刑者の森さんが部屋に入ってから出てくるまでの記録がありませんが?」

「カメラの方向が曲がっていて壁を向いていました。マイクも壊れていて音声が取れていません」

「なるほど」

刑務官がこちらを見る顔は雄弁だ。お前らに何が分かる。凶悪犯を何人も相手にしていて、いつ怪我をするかも分からない仕事なんだぞ。

だが、視察委としては記録と証言の方が雄弁だ。奴らが暴行しているのは、暴れると怖い凶悪犯ではない。気の弱そうな奴を見つけてはいびっている。ガタイのいい受刑者にはまったく手を出さない。それどころかある程度好きにさせている。ヘタレもいいところだ。強いものに逆らわず、自分より弱い人間を——しかも逆らえない立場を利用した上で——徹底的にいたぶる。実に名古屋だ。

「お前らいいかげんにしろよ」俺は聞き取り調査をしているうちに声を荒げてしまった。

同じ視察委の米山がこっちを見た。

しかし制止できなかった。「クソみたいな言い訳をひたすら聞かせやがって。全員、クビにしてやるからな。覚悟しておけ」

刑務官は何も言わなかった。

二人きりになってから米山が、「熱くなったねえ」と言った。

「すまん。見ていて腹が立ってきて」

「いいさ。ちょっとくらいの問題発言じゃ問題にならないのが名古屋のいいところだ」

「……そうだな」

結局、視察委に対してひたすら偽証をした名古屋刑務所だったが、法務省にあっさり暴行がバレて処分された。上の役所には平謝りだった。

あれもこれも、全部名古屋クオリティである。

名古屋は最高。

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