第18話 魔王討伐後 勇者テリーの秘めたる思い


『魔王討伐成功。一番功は冒険者テリー。かの者は魔王を見事討ち果たした功労者也』


 そんな報がもたらされたのは、討伐隊が半数以下の100人足らずとなってパルキリウスの町へ戻ってすぐのことだった。


 討伐を成し遂げた華々しい凱旋と言うには、喪われた命が多すぎる悄々たる帰還となった。それでも、差し当たっての脅威を退けた兵士たちを、人々は大歓声とともに迎え入れた。






 討伐から2日。


 さすがのわたしも体調が狂い、じっと臥せる日々を過ごしていた。怪我一つないのに動こうとしないわたしを、テリーはひたすら心配してくれた。


 わたしの不調の原因は、なんてことはない、不味いものを無理矢理大量に飲み込みすぎたことによる吸収不良――ヒトで言うなら胃もたれ、胃の痛みだ。うんうん唸りながらも、これは嗜好品おやつ消滅の危機を乗り越えるための試練なのよと、自分に言い聞かせて、なんとか乗り切ったのだった。


 ようやく普段の調子を取り戻して、寝床から這い出てきたわたしを、テリーは甲斐甲斐しく世話してくれる。居間の椅子に腰かけようとしたわたしに、しっかりと腰を下ろすまで手を添えたり、ショールを肩に掛けたりと至れり尽くせりだ。ふと姿を消したと思ったら、どうやら竈で何か作っているらしい。


「少し温めたミルクに蜂蜜を入れてみたよ。ミルクは胃を保護してくれるし、蜂蜜は疲れを癒してくれるんだけど。ガルシアも飲めるかな」


 包帯だらけの腕で作ってくれたホットミルクを、ふうふうと息を吹きかけて冷まし、そっとわたしに手渡してくれる。本当なら、身体のつくりが全然違うわたしにとって、効果は全然無いのだ。けど、テリーの心遣いに、気持ちがほっこり温められて、何かが回復する気がする。


「ありがとう。けどテリーは大丈夫なの? 怪我だらけなのに、わたしの世話をしたりして」

「問題ないよ。ガルシアがいつもと変わらない様子を見せてくれたから、それだけで俺は元気が湧いたよ」


 にこりと微笑むテリーは、本当に血色が良い。包帯も巻いてはいるけれど、動きはいつも通りで、戦いのダメージは残っていないみたいだ。


 普通のヒトで、生還した面々は未だ厳しい戦いの疲労や怪我を癒しきれず、日常の生活を取り戻すには今少しの安息を必要としている頃のはずなのに。やっぱりテリーは群を抜いて凄い『勇者』の資質のあるヒトなのだろう。


 ドン・ドン・ドン


「テリー、居るか?」


 人心地付いたタイミングで、玄関の扉が叩かれ、ギルド長の声が響いて来た。


「ちっ」と舌打ちが聞こえた気がしたけれど。さっと立ち上がったテリーが扉を開ければ、そこに居たのは声の主である髭面大男のギルド長だけではなかった。背後には、上質な貴族服を着用した男と、何人もの領兵が立っている。


「テリー。パルキリウス領主のベルノルト・サウス様が直々に礼を伝えたいそうだ」

「はぁ? いや、礼を言われるほどのことなんてないよ。俺はガルシアを守っただけだから」

「お前は、相変わらずだな」


 苦笑するギルド長の背後から、領主ベルノルトが進み出る。彼は常に魔獣の脅威にさらされる地を統治する者に相応しい、貴族と言うには筋肉質で厳めしい壮年の男だった。性格も、戦士に近い豪放磊落な性質を持っているのか、素っ気ない対応のテリーに嫌な顔一つせず、にこやかに言葉を紡ぐ。


「そうは言っても、魔王を倒したとあれば、君は勇者だ。テリー、町を代表する者として礼を言わせてもらいたい。此度の献身、誠に感謝する」

「大したことじゃない。それに、今回のことで俺も自分の力量不足を改めて思い知ったんだ。感謝には及ばないよ」


 テリーの言葉に宿る、辛く苦しい気持ちが伝わって来る。魔王との戦いで苦戦したことを思い起こしているのだろう。けど、テリーは事実として、ヒトの誰よりも圧倒的に強かったし、結果として魔王に止めを刺した。だから、悔いる必要なんてないはずだ。


 なにより、向上心を刺激されてるみたいなのが困る。これ以上強くなられたら、ふたたび嗜好品おやつ消滅の別の危機がやってきそうだもの。だからわたしの取るべき行動はひとつ!


 おだてておだてて、おだてまくって、現状に満足してもらう!!


「テリーは強いわよ! 誰よりも、どの魔獣よりも強いわ! 今のままでテリーは充分『勇者』よ!!」


 ホットミルクを手にしたまま声を上げれば、テリーはほんのちょっと頬を染めて振り返る。


「別に俺はガルシアさえ護ることが出来れば、勇者なんかじゃなくていいんだよ」


 落ち込んでいた表情は消え去り、柔らかな視線で見詰められる。すると、やる気をそぐ褒め殺しをしようとしていた気持ちが一気に萎み、ばつの悪さに襲われると同時に、ほわほわ・ぽっぽと温かなモノが沸き上がる感覚と、妙な痺れが身体中を駆け巡る感覚が押し寄せて、カップを握る手から力が抜けた。


 ごと・ばしゃ


「っあ! ガルシアは、やっぱり迂闊で目が離せないなぁ」


 嬉しそうに告げながら、テリーがこちらへ戻って来て、床に落ちたカップを拾い上げる。言葉自体は文句のはずなのに、優しさが伝わって来る。


「お前たちは相変わらず仲が良いな。まぁ、二人が無事でよかったよ」


 呆れた様に告げるギルド長に次いで、領主ベルノルトが笑顔で言葉を続ける。


「我々も早々に退散するとしよう。一番の功労者に報いる褒章は、家族との安息の様だからな。それに、すぐに王都へ出立してもらわねばならんから。テリー、今回の魔王討伐を祝し、国王陛下が祝勝夜会を催される。その場に君を招きたいと仰せだ」


 その言葉を掛けられた瞬間、テリーの顔から表情が抜け落ちた。


「凄いな、テリー! お前の活躍を国王陛下が認められたということだ!!」


 ギルド長の弾む声が虚しく響く。


 ヒトの世界では、とても誉なことなのだろう。伝えに来たギルド長と、領主は心からの祝儀の思いを込めて告げたに違いない。


 けれど、テリーには――何か別の思いが巣食っていたようだった。









最凶生物ヒロインは臆病勇者を放っておけない ~おやつ充実の共存ほのぼの生活をめざします!~

《 第一部 完 》

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最凶生物ヒロインは臆病勇者を放っておけない ~おやつ充実の共存ほのぼの生活をめざします!~ 弥生ちえ @YayoiChie

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