恐怖

恐怖について、考えている。


僕がもっとも生生しく覚えている恐怖は、わりと場所に紐づいている。


例えば、中学校の教室や高校の教室(どれだけ、学校嫌いなのか...)、もしくは、前職の職場など。


振り返ってみよう。


中学校には色々な生徒がいた。僕は公立の中学に通っていたので、貧乏な生徒もいたし、親がネグレクトしていると思われる生徒もいた。当然、不良っぽい生徒もいた。ごくごく少数だが、殴られたこともあったように思う。


僕は直接的にいじめのターゲットになった訳ではない。しかし、いつそうなるのか、分からないのが、学校の怖いところだ。


また、今よりもオタクへの風当たりが強かったこともあって、結構苦しい学校生活だった。陰キャと言われることを、結構恐れていた。(しかし、僕自身は、間違いなく、陰キャである。陰キャの定義にもよるが..,)


高校に入ると、多少、自由度が増えた。やはり学力で分かれているので、まず不良はいない。


それでも、高校時代は、頻繁に死にたいと思っていたような気がする。今でも、なんとなく高校時代の夢を見て、死にたくなる。教室に恐怖を感じる。


不思議だ。別に嫌なことがあった訳でもないし。友達もいた。表面的には、明るく振る舞っていた。思春期特有の不安定さ、と言えば、それまでだが、もう少し、厳密解釈したい。


そういえば、クラスメートの女の子に、バレンタインデーのチョコを貰ったりした。


なんで、高校時代を振り返ると、本当に嫌なことばかりではなかったはずだ。なのに、高校時代には、戻りたくない。


運動が苦手だから、体育の授業が憂鬱だったのはよく覚えている。だから、学校に行きたくはなかったのだろうか?


原因は分からない。


自分にとって、本質的な恐怖とは何なのか。それを考え続けている。ずっと。


死への恐怖ではないらしい。というか、現代日本で、死への恐怖を感じることなんて、あるのか?


なんか、もっと生生しい、自身の記憶や経験に根ざす恐怖を深掘りしたい。


自分にとっての恐怖を見つめることで、自分が本当に何を恐れていて、そして、何を恐れる必要がないのか。それが分かる。


逆説的だが、勇気とは、自分にとっての恐怖を厳密に解釈した先に存在する、と思われる。

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