オフ会
夏休み中盤に差し掛かった8月の初旬、
僕は都内のとある駅前で人と待ち合わせをしていた。
こういった人との待ち合わせに不慣れな僕は、待ち合わせ時間の30分前に到着していた。
一度の乗り継ぎを経て、最寄駅から30分ほどの駅まで来ている。
電車は、苦手だ。
いつも大体、お腹が痛くなる。
今日も駅構内のトイレにて、ゆっくりと着席している。
30分前行動は、実はトイレ時間も計算した上での行動なのである。
― この時間が本当に勿体ないよな。丈夫な人が羨ましい。 ―
予定していた15分前には、なんとか待ち合わせ場所で待機できていた。
僕は、特に何をする訳でもなく、人の動きを腕組みをしながら眺めている。
人込みは得意ではないが、忙しなく右へ左へと多くの人が動いているのは、とても落ち着く。
人の中に居ながらにして『自分が消えている』ような錯覚に陥るのが、何となく心地よい。
「何、ボーっとしてるっすか?」
トントンと僕の右肩が叩かれている。
「あっ、zombiさん!」
「どもっす。」
「返事遅くなってすみませんでした、今日はありがとうございます。」
「いえいえ。それよりよく参加してくれましたっすね、初漫画喫茶と初オフ会で今日は楽しみっすね!」
「はいっ。緊張してますけど。」
「良いですねー。すぐそこの漫画喫茶の大部屋になるっす。」
あのトラウマのトリートから約1か月の間に、フレンドとなったzombiと一緒に三回程トリートを冒険していた。そして、zombiもトリ専であることや同じ都内に住んでいることから、以前に一度だけ、二人でオフ男子会をしたことがある。
zombiは、都内の大学に通う大学2年生で、経済学部に所属しているとのことである。
大学では、テニスサークルに所属、居酒屋でアルバイトもしているそうだ。
僕とは違い、何とも華やかな生活を送っている。
僕よりもTOTO歴が短いはずなのに、オフ会にも何度か参加しているようだ。
今日も10名くらいのオフ会が開かれるとのことで、僕もお誘い頂いたのだ。
実はこれまでにも何度かお誘い頂いていたのだが、乗り気になれず断り続けていた。
学校ですら友達がいないのに、初対面の人としかも複数人数での集まりに参加するなんかハードルが高過ぎる。
正直なところ、zombiには言っていないがお誘いの話を頂く度に腹痛を催してトイレに籠っていたのだ。
別に参加するわけでもなく、話をしてもらっただけなのに。
我ながら何という貧弱なことだろうか。
全くもって嫌になる。
そんな中、参加しようと思ったのは少し気掛かりになることがあったからだ。
移動の中、zombiから今日のオフ会のメンバーについて軽く教えてもらった。
今日は僕を含めて計11名、高校生は僕を含めて2名、大学生5名、社会人4名。
トリ専とクレ専がそれぞれ4名いるようだ。
ちなみに全て男性である。
最初は8名で、仕事終わりに可能であれば後に3名合流する予定とのこと。
「ここっす。」
16時に予約のzombiです、と慣れた様子で店員に話をし、僕を案内するzombi。
― これ、一番上、どうやって取るんだろう ―
天井付近まで届きそうな背の高い木製の棚に、本が敷き詰められている。
また、一人すれ違うのがやっとな狭さであり、全体的に薄暗く、圧迫感がある。
息が詰まりそうだ。
歩いていく途中には、ビリヤードやダーツの空間もあり、漫画喫茶自体はかなり広いような感じがする。
そうこうしているうちに、
着きましたよ、とzombiが僕の方に振り向いて声を掛ける。
完全な個室なようで普通のドアがある。
開けますね、とzombiが僕に合図を送る。
「お疲れっす!」
「お、お疲れ様ですっ」zombiを真似て僕も挨拶をする。
個室に入ると室内にはすでに6名が揃っていた。
僕はzombiに誘導されて部屋の真ん中付近に座った。
着席してすぐに、ドリンク何にしますか、と隣の席の男性に聞かれてメニューを覗き烏龍茶と答えた。
「まだ飲み物届いていない人もいるかもしれませんが、とりあえず自己紹介を始めるっす!」
「じゃあ、俺から。大学3年生のtadanoriです!トリ専です、よろしくお願いします。」
zombiが、ユーザー名と専門を話すだけで良いっすよと耳打ちしてくれる。
他のメンバーが自己紹介をしていき、自分の番が訪れる。
ド緊張だ。正直、前の人が言った名前すら聞こえていない。
「は、は、始めまして。トット歴2か月程の素人です。kyouと言います。トリ専です。あ、高校生です。よろしくお願いします。」
噛みまくったと、顔を赤らめながら横を見ると、zombiが笑顔で右手でOKサインを出していた。
初めこそド緊張していたものの、話が始まると何となく緊張も解け、ゲームについて夢中で話をし、あっという間に18時という時間になっていた。
そろそろ帰らないとな、と思っていると個室の扉が開き、
「遅くなりました!kounoです!」と黄色のネクタイがいやに目立つスーツ姿の男性が入ってきた。
メンバーはそれぞれ、始めまして、久しぶりと笑顔で挨拶を交わしている。
僕も挨拶をしたものの、小声で聞こえていないだろう。
初めてのスーツ姿の男性を前にし、また緊張が再発した。
「改めまして!仕事終わりですみません!kounoです、特に専門はなく、両方楽しむ派です!よろしくお願いします。」
運動会の開会式の挨拶かのようなはきはきした物言いで、僕は少し呆気に取られていた。
よく見ると、黄色に目立つスーツ姿のわりに、ところどころ汚れやほつれが見える。
僕の肩をzombiがトントンと叩く。
「多分このタイミングで帰った方が良いっすよ。」
「あ、はい、そうですね。ありがとうございます。」
「駅まで送っていくっす。」
kyouさんまたね、とメンバーに声を掛けられながら、漫画喫茶を後にする。
「kyouさん、楽しかったすか?」
「はいっ。めっちゃ楽しかったです!」
「良かったっす。また行きましょう!」
駅に着き、それじゃあまた連絡しますね、と挨拶をして別れる。
― 楽しかったが、帰路が不安だ ―
一抹の不安抱えながら、家路につく。
と思ったが、先にトイレに行ってから電車に乗ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます