束の間

「のんちゃん、おはよー!」

振り返ると、幼馴染の真美が笑顔で手を振っていた。


真美の笑顔とは真逆の感情で、僕は真美に怒っていた。

「お前、また母さんに単位のこと言っただろ。」

― あと、大学で『のんちゃん』言うな ―


「あー。ごめんっ!でも、大丈夫大丈夫!」


「何が大丈夫だよっ」


「そんなことより、大学の先輩、そして人生の先輩でもあるお姉さんに対して、お前とは。なんと悲しいことでしょうか。お母様とまたお話ししないといけないかしら。」真美は口角を上げ、わざとらしくこちらを見ていた。


「いや、それは今更だろっ。こんな時だけ先輩面するなよ。」

― いつもの真美のペースに乗せられる。僕は幼馴染ではあるが、一つ年上の真美には敵わない。 ―


「あらあら、こんな乱暴な子に育ってしまって。私とお母様の育て方が悪かったのかしら。。。それに、もしかしたら、学年上2コ後輩になってしまうかもしれないようだし、暢さんの教育・将来設計についてお母様とお話するちょうど良い機会かもしれないですねー。」

真美は眼鏡のフレームを左手触り、上げ下げしながら、真剣な表情を作り、僕の顔を覗き込む。


「なんで、お前が育てたみたいになってるんだよ。色々勘弁してくれ。。。。」

僕は言い返す言葉が出てこない。


「もう、すぐ言葉が出なくなるー。ほんと、のんちゃんは変わってないなー。」

真美は笑いながら、僕の頭をぽんぽんとなでるように叩いた。


「ちょ、ちょっとやめろよ。」真美の手を、雑に振りほどきながら続ける、

「いつまでも子ども扱いはやめろよ、しかも人前で。それに、」


「真美ー」と、僕たちの数メートル左の方から真美を呼ぶ声が聞こえる。

声のした方を振り向き、「おー。」と言いながら真美が左手を振る。

「真美、次ゼミでしょー。早く行こー。」

「はあーい。」真美は笑顔で友人たちに手を振り続けている。


そして、僕の方に向き直り、

「じゃあ、そういう訳だから。また今度お家行くからねっ。それまで、何とか耐えるように!」と、言い捨てて、友人たちの方に走り去っていった。


― 何だったんだ、、、。 ―


まあ確かに、真美は、小さい頃から面倒見がよく、僕のお世話も良くやってくれていた。

僕とは対照的に、明るく、何でもそつなくこなせ、友達も多い。

友達も多く、たくさん遊びたいだろう時期に、僕の大学受験の時にも、半分家庭教師のような形(うちの親が頼んだらしい)で、週に2~3日家に来て、勉強にも付き合ってくれていた。


ただ、大学入学後からは、あまり僕と真美との接点はなく、この2年間はほとんど話すこともなく、大学で何を履修しているのか、何のサークルに入っているのか、バイトはしているのか、など知らないことばかりだ。

たまに、大学で顔を合わせると、あんな感じで挨拶だけするような状況。

正直、受験の時は鬱陶しいと感じていたが、受験の後に真美が家に来なくなってからは少し寂しさのようなものを感じることはあった。

伝えられないし、おそらく一生伝えることもできないが、今では感謝の思いに変わっている。


― あ、僕も講義行かないとっ ―


今日は大学の講義は、午前中の一時限だけだ。

他の生徒は、ここぞとばかりに「●●の資格取るために、●●の講義も受けないと」などといって、僕の倍以上の講義を受けているが、そんなことは僕には関係ない。

●●の資格のうちの半分以上は、これから不必要だし、実際に3年後には資格取得のための試験自体がなくなるらしい。「ここぞとばかりに」というのは、資格を取ろうとしているほとんどの生徒が、その貴重さ(物珍しさ?)に引き寄せられているだけであるからだ。


僕が今日受ける講義は、心理学概論。

自分の進みたいゼミとは違うが、少し興味があり、敢えて履修してみた。

っても、「ヒト」の概念がよくわからないから、心理学を学んだところで何の意味があるか全く分からないが。


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