予定調和


「どうされましたか。」

中年の男性に声を掛けられた。


バイト先での先ほどの出来事を思い返して考えながら歩く帰り道、

僕はまた呟いてしまっていたようだ。しかも、電車の中で。


僕は慌てて「あっ、すみません。なんでもないです。。。」と、顔を赤らめて応対した。


僕が顔を赤らめたのは、公衆の面前で呟いてしまって、それを聞かれたことだけではない。

一瞬でも分かるような程、中年の男性は、灰色のスーツを格好よく着こなしていた。

僕の格好悪さとの、その対比が浮き彫りになったように感じたからだ。

僕は恥ずかしさのあまり、車両を変えようと右足をそっと動かした。


すると、

「あのっ。」と、その中年の男性に呼び止められた。


僕は無言で振り向いた。


「私。こういう者です。」

そう言いながら、中年の男性は、僕の鳩尾辺りに白い紙を見せてきた。


― 袖もきれいだな ―

僕は白い紙よりも、弛みの無い袖に目がいってしまった。


「白賀岩 康利と申します。」中年の男性が続ける。

僕は、言葉を発することを忘れてしまっていたことに対して、

更に恥ずかしさを覚えてしまった。


「あっ。すみません。僕は、まっ、丸路。丸路暢です。」

初対面の人にまともに自己紹介もできない自分の格好悪さに、更に恥ずかしさが増す。


「暢さんですね。すみません、急に話しかけてしまって。。。」


― 気遣いもできるのか ―

僕は、言葉にならない思いを抱えるが、

頑張って男性、えーっと名前忘れた、、、、

男性に合わせるように平静を装う。


「とんでもないです。でも、何か。」


「実は、私。暢さんのことをしばらく見ておりまして。

今日を機に話しかけてしまいました。」


僕は、ぽかんと口を開けたまま、言葉が出なかった。

思ったことは、『んーと。意外とやばい人かも。』であった。


「あっ、申し訳ありません。怪しい者ではなくて。。。」


男性が続けるものの、僕は心の中で『いや、もう結構怪しいよ。。。』と思っていた。


「その名刺を見ていただいたら分かる通り、私は政治家の秘書をしております。」


「せ、政治家ですか。。。。」さすがに驚いて声が出た。


「私は、秘書ですが。」

男性はにこりとほほ笑んで、落ち着いて話を続ける。


「私たちと同じ思いを抱いている方々を探しておりまして。

暢さんも私たちと一緒に活動していただけないかと考えております。」


― はてなマークがいくつあっても足りない ―

「ええと。ちょっと色々分からないのですが。。。」

僕は、却って冷静になれた気がした。


「そうですよね。

では、少しお時間のある時に、詳しくお話でもさせていただければありがたいのですが。。。」


― 結構ぐいぐい来るな、、、 ―

僕は少し面倒だと思いつつも、これといって忙しくもないので話を聞くことにした。

「この後なら時間ありますけど、、、。」


「本当ですか!」

男性は満面の笑みを浮かべながら、

「では、さっそく。次の駅辺りで降りて、近くのファミレスでも行きませんか。」と続けた。


「あ、それなら、次の次が最寄の駅になるので、そこでも構いませんか。」と返答すると、男性は快く承諾してくれた。


カランカラン

「いらっしゃいませ。2名様ですか。」


「はい。できれば、禁煙の奥のテーブルでお願いしたいのですが。」と、

率先して、男性が応対する。


「かしこまりました。それでは奥の席にご案内いたしますね。」と、店員さんが即答する。


― まあ、この時間だし、人もいないんだろうな ―


がらがらの店内を右へ左へ曲がりながら、足を進めていく。


僕は、男性に奥側を勧められ、おとなしく腰を掛ける。


「せっかくなので、何か頼みましょ。」と、男性が明るいトーンと笑顔でメニューをサッと差し出す。


「あ、は、はいっ。」僕は慌てて、メニューを覗き込むが、

緊張でメニューの内容が頭に入ってこない。


結果、ひと通りページをめくった後、「自分は、コーヒーで。」と言い、

メニューを男性に向ける。


「食べ物は要らないですか。」と男性は気遣いを見せるが、

僕はなんせ緊張しているので、「大丈夫です。」の選択肢しか出ない。


「分かりました。では、私も同じにしますね。ホットでいいですか。」と男性が。

僕は「はいっ。」の選択肢しか出ない、やはり。


コーヒーを注文してから届くまでの5分弱、僕の大学生活についての話をいくつか質問された。


男性は届いたコーヒーをブラックのまま、一口飲むと、

「さて、コーヒーも届いたところで。。。」と、話を落ち着かせる。


「は、はいっ。」僕は何故か、背筋を伸ばしてしまっていた。


「暢さん。今の二ホンについて、どう思いますか。」


「今の二ホンについて、ですか。」


「はい。」


「んー。。。。」

思うところはたくさんあるが、正直他人に言える内容ではない。ましてや、政治家関係の人間に、それも初対面の人間になんかとてもじゃないが、何も言えない。


「私は、今のこの状況は良くないと思っています。」


「良くない、ですか。」


「はい。というより、かなりまずい状況かと。」


「はあ。」

この人は、高校生を捕まえて何を言っているのだろう。。。という思いが正直強い。


「私個人の意見としては、『奥ゆかしさ』、『泥臭く、そして地道な努力』、『思いやり』、そして、『自国の文化を大切にする』が二ホンの文化であり、二ホンらしさではないかと思っているんです。」


「んー。」

僕は何とも返しようがなく、言葉が出ない。

とりあえず左手を顎に添え、考えている振りをする。

というか、『自国の文化を大切にする文化が文化』ってどういうことだよ。


「具体的に申し上げると。今の二ホンは、他国、特にクスラキン国の影響を強く受け過ぎているのではないか、と。」


クスラキン国のことは、僕も少し分かる。

「チップもクスラキン国が開発したんですよね、確か。」


「そうですね。その影響が最も強いのではないか、と思っています。ただ単純に技術やグッズが売れているだけであれば、全く問題がないのですが。今となっては、クスラキン国の力は世界各国の政治まで及んでいるという話もあります。それは、ここ二ホンも例外ではないかと。」

「チップがそんな、他国の政治にまで影響を与えるものなんですか?」

僕は、話が難しくてよく分からないが、何とか『聞く意思』は伝えようと試みる。


「そうですね。お金がない人がお金がある人に頼りたくなるのと同じように、経済が潤って他国との差が出てしまい過ぎると、経済の格差が生まれてしまい、他国が頼ってしまうということはありますね。」


「なんか家族の話みたいですね。」

僕はクスッと笑ってしまった。


「簡単な説明ですが。そのようなこともあり得るってことですね。また、チップに関しては、人の能力を向上させるということで、より大きな影響が出てしまっているみたいです。」


「そういうもんなんですね。」


「はい。クスラキン国に『あなたの国にはチップを売らないよ』と言われてしまうと、その国は他国と大きく差を付けられてしまいますからね。」


今の話は何となくしっくりきた。

もし、二ホンにチップが導入されず、そのことで父が復職出来なかったら、と考えると今の自分の、家族の生活はなかったであろう。

「少し分かる気がします。」


「暢さん。今どんな気持ちを思い浮かべましたか?」


「気持ち、ですか?」


「はい。『悲しい』『嬉しい』とか。」


「んー。気持ちというよりは、感謝ですかね。」


「、、、なるほど。」

それまでずっと僕の目を見続けていた男性の目が、下を向いたことが少し気になった。

「それ以外には何か思うことはありますか?」一呼吸置いて、男性は続ける。


「特には、ないですかね。。。ただ、」


「ただ?」


「なんか、なんと言って良いか分からないですが、『ヒト』ってなんだろうと思うことは頻繁にありますね。あ、いや、なんかごめんなさい。よく分からないことを。」

僕は初対面の人に、何を言ってるんだろうと赤面した。


男性は、僕の赤面した様子も意に介さず、腕時計を見ながら、

「そうですか。分かりました。あ、今日はこの辺りで失礼しますね。また、お話させてください。」と発した。


「あ、はあ。僕で良ければ。。。」と言う他なかった。


その後、席を立ち、男性は僕の分まで支払いをしてくれ、ファミレスの出入り口まで無言で足を運ぶ。


ファミレスを出ての別れ際、

「あ、暢さん。最後に一つ、いや二つ。」と男性が。

「はい、何か。」僕は何を言われても、もう動じないだろう。


「一つ。暢さんの通っていらっしゃる大学にも数名、同士がおりまして。その方々から、暢さんの話を聞いており、今回の話を理解してくださるのではないかと思いまして。一か月前から、機会を伺って近くで行動させていただいておりました。ストーカーのようで申し訳ございません。また、今日偶然を装うような形で、声を掛けてしまったことも併せて、謝罪させてください。」と、男性は深々と頭を下げていた。


「は、はぁ。大丈夫ですよ。」僕はどちらかというと、一か月も近くにこの男性が近くにいたことに全く気付かなかった、自身の不注意さに呆れた。


「ありがとうございます。」と言い終えた後に、男性は頭を上げて続ける。

「二つ目ですが。先ほどのファミレス、貸し切りにしていました。なので、今の話がどこかに漏れることはないので、ご安心ください。」と。


「そうなんですね。良かったです。」


― ん? ―


「貸し切り、、、ですか。」

「はいっ。」男性がにこりと返事をする。

「あ、いや何もないです。」

― なんだこの人は。とりあえず、敵に回すと怖そうな人だ。 ―


「それではまた、後日ご連絡させていただきますね。」


「はい、今日はご馳走になり、ありがとうございました。」


「いえいえ、また宜しくお願い致します。お気を付けてお帰りくださいね。」


僕は、自宅までの帰り道、

先ほどの出来事をできうる限り思い返して考えに考えた。

『ヒトらしさ』、『二ホンらしさ』とは。

少し、ほんの少し通じるものがあるかもしれない。



「あんた、また何呟いてるのよ、全く。」母の呆れた声で、我に返る。


― もう家に着いていたのか。 ―

「まあ、10分くらいの距離だもんな。」


「そんなことより、あんたも庭の草むしり手伝ってよ。」と、

わが母は顔中にかいた汗を、首に巻いた手ぬぐいでゴシゴシ拭き取っている。

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