あの夏のこと

バイト終わりの帰り道、家でのんびりしている時、ふと思うことがある。

「この先、どうなるんだろ」と。


無意識に今みたいな言葉を口に出すことがあるらしく、

この前は母に「将来も勿論大事だけど、まずは授業頑張りなさい。隣の真美ちゃんが心配してたわよ。あんた、また単位取れなかったみたいじゃない、、、、。」などと、説教を浴びた。


僕は、将来の就職どうこうで悩んでいる訳ではないが、

この時はまだ何にも言えなかった。

今でもはっきりとした言葉では言い表せないのだが。


ただ、生きることに不安を感じているということは、何となく感じる。


そう、何となく感じる不安。


あの時もそうだった。


それは小学校3年生の夏。


―――――――――――――――――――


ミーンミンミン ミーンミンミン


「とうじくん、どこー」


「もうみんな帰ったよー」


僕たちは、公園と公民館が一緒になっている場所でかくれんぼをしていた。


今日はたけしくんの発案で、隣町の穴場スポットに行き、遊ぶことになった。


時間は夕方の17時23分。

みのりちゃん、るみちゃん、ようくんの3人は習い事で、のぼるくんは「飽きたから帰る」と、最後まで残ってくれていた言い出しっぺのたけしくんも「家の手伝いで」と、とうとう帰ってしまった。


残ったのは、僕一人。

僕一人でとうじくんを見つけ出さないと、、、。

「どうしよう。」

最後のたけしくんが帰ってから、10分は経っている。

トイレも探した、ジャングルジムも探した、草むらの中だって探した。

おかげで、ほらこんなに土と草まみれだ。

虫さされもひどい。

不安で仕方ない。

早く帰りたい。


と考えていると、ふと一か所だけ気になる場所があることに気付いた。

探していないというよりか、「ここはないだろう」と考えていた場所だ。

「トイレの屋根上だ。」

トイレの屋根上は、今日3回目のかくれんぼで、みのりちゃんが隠れた場所だ。

みのりちゃんは、僕たちの中でも一番背が高い。

50m走だって学年で3番目に早い。勿論男女混合で。

みのりちゃん程の身体能力があって、やっと登れる場所なのだ。

実際、誰も見付けることができず、「もぉ早く見付けてよー。」と痺れを切らし、みのりちゃん自ら申告してきて、ようやく気が付いたのだ。

そのセリフと共に、水平に出来ているトイレの屋根上に仁王立ちして、ポーズを決めていたのには、皆大爆笑していたが。

降りるのは簡単なようで、ピョンっと軽く飛び降りていた。

その後、「参ったかー。」と再び決めポーズをして、皆で口を揃えて「参りましたー。」と頭を下げた流れは今思い出してもクスっと笑ってしまいそうになる。


一方、とうじくんは僕と同じくらいの身長であり、力もひ弱な感じだ。

とてもじゃないが、登り切れる要素が見当たらない。


だが、その場所を調べたくても調べる術がない。


いや、一つだけ方法がある。

公園を出てすぐのコンビニがある建物の階段から眺めるのだ。


公園でかくれんぼをしていて公園を出る、なんてことを考えもつかなかったし、

コンビニなんて一人で入ったこともない。

僕は意を決して公園を出た。


建物は、公園を出て信号を渡ったすぐそこにある。

押しボタン式の赤信号が異様に長く感じる。

僕はマラソンランナーのように、足踏みを止めない。


信号が青になった。

足踏みの勢いそのままに建物に一直線に進む。


が、先ほど決意したはずなのに、、、

建物の階段を上がる一歩目がすごく重い。

こわい。


それでも、とうじくんを見つけるために、

僕は一歩階段に足を掛ける。

また、一歩。また、一歩。

三歩目からはほとんど記憶にない。


気が付いた時には、

建物2階の踊り場まで着いていた。

塀はあったが、なんとか顔が覗けるくらいまでよじ登る。


、、、いた。


身体を丸くして、

何だか居心地良さそうに眠っているように見える。


― 人の気も知らないで ―


そう思ったものの、とうじくんに『帰ること』を伝えなければならない。


さっきまであんなに大声で呼んでいたのに気が付かないのだ、

公園に戻って同じように呼んだところで、今更気付くわけもない。


、、、、どうすればいい。


僕はあんなに委縮して上がったマンションで、右へ左へひたすら動きながら考えていた。


通行人とすれ違っていたら、きっと不審がられていただろう。


そんな中捻りだして考えたのは、ボールだ。

ボールを買って、トイレの下から投げてとうじくんに当てるのだ。

それが良い。

ボールが当たれば、さすがに起きるだろう。

幸いにも何か飲みながら帰るために持ってきていたジュース代がポケットに入っている。

、、、良し。


僕は一階に降りて、コンビニに入る。

野球ボール大のゴムボールを手に取り、買い物を済ませる。


僕はゴムボールとレシートを手に握りしめコンビニを出る。

が、コンビニを出てからの次の一歩が進めない。


、、、当てられなかったらどうしよう。


そう。僕は球技に自信がある訳でもなく、運動神経もあまり良い方ではない。

ボールを手に取り初めて、当てることができる可能性の方が低いという実感が湧いた。


、、、、無理だ。


身体が動かない。


どうしよう。どうすればいい。


「どうした、少年!」

後ろから爽快で明瞭な声が聞こえる。


そして、振り向くと、色白の女の子が腕を組んで立っている。

身長は僕よりも10㎝ほど高いだろうか。

頭にはピンク色の可愛らしいリボンを付けている。


「どうした、少年。それとも、不審者?」


「あっ、いや。僕は」


「暢くん」


「えっ」


「丸路暢くんでしょ」


「あ、うん。。。え、なんで、、、」


「えっへん。お姉さんは何でも知っているのです。」


「はあ、、、。」


「そんなことより、どうしたの?何か悩んでたみたいだけど。」


僕は大事なことを忘れてしまっていた。

「あ、とうじくんが!」


「とうじくん?」


「うん、とうじくんがあそこに。」

僕は話しながら公園の方に指を指す。

女の子は、一瞬僕の指先に目をやる。

「公園?」


「うん。」


女の子が、僕の指の指す方をじーっと見つめる。

「んー。もしかして、あそこのトイレの屋根の上にいるの?」


「そう!とうじくん、あそこで寝ちゃってて。でも、全然起きてくれなくて。」


「ふーん。で、きみはここから、その手に持っているボールを使って起こそうとしてた訳?」


「うん。」


「んー。それは無理でしょ。」

女の子は、満面の笑みで、僕のこの数十分の格闘を一蹴した。


「・・・・じゃあ、どうすればいいの?」

僕はもう彼女を頼りにするしかない。


「大人を呼ぶんだよ。そこにうちのお父さんいるから。」


なんととても分かりやすい解決方法。

自分一人で解決しようとしていた自分が、なぜか恥ずかしく思える。


そうこうしているうちに、女の子のお父さんがとうじくんを抱きかかえて降ろしてくれた。


「しかし、全くどうしてあんなところに。よく登ったもんだな。そして、良く寝てるな。」

トントンと女の子のお父さんが、優しく肩を叩くと、しばらくしてとうじくんは目を覚ました。


「ん。。。あれ?」

目をゴシゴシとこすりながら状況を確認する。


「とうじくん、良かったー」


「ん?何が良かったの?

って、こんなに暗くなってるじゃん。早く帰らないと!じゃあねっ。」


お礼も言わずに颯爽と去っていくとうじくん。

ぽかんとする3人。


「まあまあ、元気そうで何よりだな。」

さすが大人の対応である。


「そうだね。あっ、もうこんな時間!じゃあ、私たちも帰ろっ、お父さん。」


女の子がお父さんの手を握ろうとするが、お父さんは女の子の頭をポンポンと撫でて、「もうお姉さんでしょ」と諭している。


女の子がお父さんに向けて差し出した手をそのままにして、僕に振り向いて、

「じゃあ、またねー」と、笑顔で両手を振る。


「う、うん。ありがとっ。」僕も両手で手を振り返す。


― ふう ―

二人が曲がり角を曲がって姿が見えなくなった後に、僕は一息ついた。


ビュン

冷たい風が吹く。


なにか気になり公園を振り返るが、遊び始めた時とは別の空間のような、

そこには誰もいない、辺りが薄暗くなったどこか寂し気ではあるが、至って変わりのない公園があるだけである。


「早く帰ろ。」


僕は足早に公園をあとにする。

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