濫竽充数
X+85年6月 東京にある某私立大学カタクリ大学にて
「お前またこの前の講義の単位落としたんだって?」
「暗記するよりもスキャンした方が早いじゃん。」
「なんで未だに暗記してんの?」
僕は、丸路暢、この大学の文学部に所属する現在2回生である。
こんなセリフ、もう聞き飽きた。
いや、この世界にももう飽き飽きだ。
大学に進学すれば、何かが変わると思っていたが、この世界ではもうどこに行っても同じだ。そう実感する。
言っておくが、
これは決して、単位を落としっぱなしの言い訳ではない。
、、、、実力だ。
ただ、興味のある授業は、しっかりと『優(90点以上)』を取っている。
でも、どうせこのキャンパスライフも2年後には終わる予定だ。
ある意味、詰んでいるから卒業できる範囲内で努力はしよう。
さすがに卒業はしたい。
ただ、この大学にも僕の居場所は無さそうで、とても居心地が悪い。
ひそやかに大学生活を送ろうと思っている。
言っておくが、
これは決して、友達ができない言い訳ではない。
、、、、元々シャイなだけだ。人付き合いも悪い。たぶん愛想も悪い。興味もほぼない。
ただ、いつも疑問に思う。
『人間とは。』『わたしが存在している。』とは何だ。
僕たちは、何故ここに居て、これから何を目的に生きていくのか。
僕には、何も見えていない。見える気もしない。
いや、気にする気がないという方が正しいのかもしれない。
人の能力は、いまや、お金で買える時代となった。
さっきの同級生たちも、
見たものをスキャンして記憶に留めるチップを、目と脳に埋め込んでいるため、
努力して記憶する必要がないのだ。
そのため、大学の単位取得のための試験も、
今では、記憶を確かめるための穴抜きのような問題形式は意味が為さない。
この大学のほぼ全ての学生が、
いやこの国のほとんどの人間が、
チップを身体のどこかに埋め込んでいる。
そして、そのチップの力を借りて、日々生活をしている。
「カタクリ大学野球部、ファイトー!」
「おぉーー」
威勢のいい部活動の学生の声が聞こえる。
この今、大学のグラウンドで一生懸命にやっている(僕からすると「一生懸命やっているように見える」)サッカー部や野球部もそのほとんどが、運動能力が上がるチップを身体のどこかに埋め込んでいる。
勘違いさせてしまったかもしれないが、先ほどキャンパスライフが2年後に終わるという意味は僕個人の卒業のことではなく、技術職以外の学部学科は特に僕の通う文学部のようなものは、大学に通う必要がなくなる(教授の拘束時間や書類整備、地代などの収益の関係のためらしい)ということから、「代替できるものは、すべて通信制のものへと移行されることが決定されたからだ。ちなみに、高等学校も基本全て通信制となる。
なので、彼らのような部活動練習の風景も見ることが少なくなるかもしれない。
『どんな能力』が、『どれくらい上がるのか』も、チップの金額によって差別化されている。
つまり、お金持ちである人が、より質の高いチップを買える。
より質の高いチップを手に入れた人が、そのチップで得た能力を使い、
よりお金持ちになる。
難しいことはよくわからないが、
チップの発する電磁波が脳に影響を与え、なんやかんやで身となり、行動レベルとして現れるらしい。
ただ、
その電磁波と脳の波長によっては、安いチップでも思った以上の効果が得られることや、高いチップでも安いチップ並み、それ以下の効果しか得られないということもあるらしい。
そのため、AさんとBさんが同じ能力向上のチップを購入し、Aさんは高価なもの、Bさんは安価なものを選択していたとしても、顕在する能力はBさんの方が強く出てくるという可能性もある。
そして、
人によっては、同じ効果の高額なチップをいくつもいくつも埋め込んでいるらしい。
たまたま観ていた情報番組でいっていたが、このチップ文化は100年程前に流行したらしい『プチ整形』みたいなものということだ。
ちなみに、僕が疑問に抱いた、これが『プチ』と呼べるかどうかについてはその番組内では誰も質問していなかった。
まあ、人が考えることは、どんな時代も変わらないということか。
歴史の教科書で見る写真での様子は、それぞれの時代でこんなにも違うのに。
余談は置いといて。
そんな人たちが「自分たちはプロフェッショナルだ。」と言っている意味が、
僕には全くわからない。(実際には、そんな直接的表現をしている訳ではないが。)
それを見て、感動できる理由もわからない。
本当にこれはスポーツなのか、真剣勝負といえるのかすらも疑問に思う。
そして、もう一つ。
「感動(感情)」についても、チップで補充できる。
今年53歳を迎える僕の父親も、3年ほど前に「喜」の感情のチップを購入している。
父は10年前、当時の仕事の影響で鬱になっていた。
自宅療養しながら6年程通院した結果、また会社員として働くことができるようになった。
正社員として働くにあたって、医者の診断で、特に「喜」についての項目が弱まってきているため、その補填ができれば以前に近いような形で仕事が続けられる可能性が高い、ということで勧められて購入したのだ。
医者がいうには薬物とは違って、副作用がないらしい。
僕からしたら、お薬よりもよっぽど異物感が強いのだが。
というか、医者がそれを勧めることに違和感も覚える。
とはいえ正直、僕自身、父が復職出来たことにより、大学に進学できたことも含めて感謝していることもある。
悪い面ばかりではない。
百害あって一利なしという訳ではもちろんない。
それは頭では理解しているつもりではあるが、
先の父の件により、音痴が治るや足が速くなるなど、母や弟までも気軽に不必要にチップに手を付け始めたことが、僕のチップに対する拒否反応をより一層強化させることに繋がった。
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