モーニングルーティン

白野椿己

モーニングルーティン

劣等感は、クリームと一緒にクラッカーに挟んで

ゆっくりと噛み砕く。

それが毎朝のルーティンだ。



朝からクリーム入りのクラッカーなんて優雅だなって思う人も居るかもしれない。

そうでもしなきゃ、やってらんないんだよね。

バリバリと咀嚼するたびに昨日までのイライラが爽快に、割れるガラスのように砕け散っていく。

事は、無い。けどやらないよりやった方が心なしか

スッキリするもんなんです。


SNSに投稿した朝食の写真に送られてくるコメント達を眺め、愛想笑いのような返事を書いていく。

指でリズムを取るようにして押されるイイネのハートマーク。

皆が一喜一憂するハートはこんなにも、軽い。

だから私に押されたハートだって、数の割にずっと軽いに違いない。

言う程イイネもフォロワーも多くないけれど。


化粧をすれば、お世辞で可愛いと言えるくらいの平凡顔がスマホ画面に映り込む。

毎月美容院に通って髪に気を遣い、美容皮膚科に通院して健康的な肌を保ち、SNSで流行りのメイクから似合うものを探す。

量産型のファッションを身に着けて、高見えしすぎないそれなりのバックや小物を身につける。

そして言われる

「君みたいな普通くらいの可愛さが一番いいよね」

の言葉に脳内でコブラツイストをかける。

ラリアットぐらいじゃ気が済まないもので。



世の中が言う普通のハードルって結構高い。

普通になるのに努力がいるなんて、ミジンコほどの脳みそではきっと想像出来ないんだろうね。

そして、そういうのが結局一番好まれると分かっていて繰り返す「私」みたいな人が、それなりに居るって事も。


だからと言って好きで溢れた個性モリモリの姿でいれば、360度色んな角度から頼んでも無い意見をバンバン言われる。

残念ながら他人の嫌みに対してシャドーボクシングし続けるタイプでは無い。

でも一方的に矢を刺されまくるほど弱くも無いし、痛くないって痩せ我慢するほど強くも無い。


とにかく「普通」に擬態しているだけなので、どうある事が幸せかっていう宗教勧誘はやめていただけますでしょうか。

はいはいアンタは幸せだね、これでいいでしょ。

私はプラペチーノで甘い快楽とカロリーを、太いストローで吸い出すことが幸せです。

どちらも身になりますゆえ。



あーあ、という溜息にもならない思いをクリームに混ぜて、またクラッカーで抱え込んで噛み締める。

あらゆる欠乏感を言い訳で埋めるしか出来ない自分の無力さが憎い。

誰かから見たらきっと持っている、でも私から見たら持っていないのだから仕方ないじゃない。


世間話に隠されたさりげないマウントに殴られ腹を立てるのも、本日の予定の内の1つ。

自分なんかがと思いながらも、お前ごときがと思っている。


劣等感、劣等感、劣等感。


結局相手を悪く言う事への罪悪感とかじゃない、自分もおんなじだという安心感への吐き気。



あ、推しが呟いてる。イイネしとこう。

何気ない投稿に顔がほころんで、途端に心がほわほわする。

結局こういうのだよ、自分を満たしてくれるのって。

元気をくれる、癒しをくれる、勇気をくれる、愛をくれる、生きる希望をくれる。

勝手に与えられてるつもりの時は嫌な事を見なくていいし考えなくていい。

趣味の為なら辛い事も頑張れる、って言葉以上にもの凄いことでしょ。


うわ、この人フォロワー私より少ないのに推しからイイネ貰ってる。

いいな~、羨ましいな~、悲しいな~。

普段はフォロワー数気にしてる癖にこんな事があると無意味だなって思える。

この人より私は何が劣ってたんだろう。

そしてしばらくしてから自己嫌悪。

最後のクラッカーを雑に噛み潰し、ホットミルクで流し込んだ。



いつも通りの高見えしないシンプル大人可愛いコーデに、ナチュラルメイクをキメる。

お気に入りの香水を2プッシュ部屋内に吹きかけ、その下をバレリーナのようにくるくると回る。

うん、今日も悪くない。

ヒーローではなく「普通」に変身した私。

フラットシューズを履いて、軽やかな足取りで玄関を出た。



そうして今日も爽やかな気持ちで家を出る。

んな訳ないでしょう。

毎日自分さえも騙してる、今日も明日も明後日も。


これは私の、そして誰かの朝模様。

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モーニングルーティン 白野椿己 @Tsubaki_kuran0

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