大魔王復活RTA

ふるみ あまた

大魔王復活RTA

 

 その日、大魔王は打ち倒された。偉業を成し遂げた勇者一行は国を挙げて盛大に祝われ、それぞれが故郷へと帰っていった。時を同じくして、大魔王が君臨していた玉座の前で、ある一匹の魔物がたたずんでいた。その事を知る人間は一人もいなかった。





「……」

 つわものどもが夢の跡、マスターデーモンはその玉座をただ虚しく見つめていた。大魔王の右腕として、彼は陰ながら事の顛末を見守っていた。人の領域を超えた覇気を纏った勇者の正義の刃に胸を貫かれ、大魔王は絶命した。肉体のひとかけらさえ残さず、消え去ったのだ。その剛腕ぶりと圧倒的カリスマ性を兼ね備えた存在はもうこの世にはいない。マスターデーモンは一人静かにその事実を噛みしめていた。

「マスデ様」

 玉座の間の暗がりからマスターデーモンを略して呼びかける声がした。

「そんな呼ばれ方……誰にもされた覚えはないぞ、シャドウウィザード」

 マスターデーモンを呼んだのは数少ない生き残りのシャドウウィザードだった。

「マスデ様」

 暗がりから明るみに出たシャドウウィザードが再び同じ言葉を口にする。

「わかったよ。なんだ、シャドウィ」

 強硬派でもあるシャドウウィザードを普段から少々面倒に感じていたマスデは、シャドウィのノリに付き合うことにした。

「もしかしたら、いけるかもしれません」

「……何の話だ」

「大魔王様の復活、いけるかもしれません」

「なんだと!?」

「古代文字で書かれたこの文書、これさえ解読できれば……あるいは」

 シャドウィは古文書をドヤ顔で見せつけながら、眼鏡をクイっと引き上げた。

「ふむ。なれば、こうしてはおれまい」

 マスデの顔に明るさが戻った。

「これより、大魔王復活リアルタイムアタックを開始する!!」

 2人きりの玉座の間に、元気いっぱいのマスデの声がこだました。





 古文書の解読は困難を極めた。古代文字そのものが、マスデの知識の領域の外側にあるものだったのだ。彼は様々な手法で解読を急いだ。他に同じ古代文字で書かれた文書がないか城内の書庫をあさってみたり、昔のことに強そうなおじいちゃんモンスターを呼んでみたり、今日の戦いで実は疲れていたので甘いものを食べたくなったりもした。しかし、どれもこれも的を得なかった。シャドウィに手渡された古文書以外に同じ古代文字で書かれた文書は見つからなかったし、おじいちゃんモンスターはスケベな話題にしか明るくないし、オレオを砕いてバニラアイスに混ぜたあの美味しいやつでシャドウィと二人で献杯をすることしかできなかった。

「お茶とか飲みたいっすね」

 アイスを食べ終わったシャドウィがマスデに提案した。

「あまり調子に乗るな。我らは敗戦国家だ。過度な贅沢は出来ん」

「あ、お茶ですか、すいません。気が利かないで」

 アバタ面の人間の男が、なみなみ紅茶の注がれたカップを二人に差し出した。

「なんだ、お前は。人間か?」

「あ、すいません。私、顔が醜くて人間社会だと生きづらかったので、こちらで使用人として雇ってもらっていた者です。種族は人間ですけど、国籍はこっちなんです」

「おお、サンキュー。しかし、ややこしい出自だな」

 シャドウィはその人間とすぐに打ち解けた。

「いやー、私はもう、全然。同じ魔物として扱ってください」

 顔は凸凹としていたが妙に明るいその人間は、マスデの警戒心をも解いた。

「わかった……お前も大変だな。負けちゃってごめんな?故郷には帰らなくていいのか?」

「いやいや、大魔王様にはお世話になりましたから。先ほどもいいましたけど、私はこの城の門をくぐった時から、貴方様たちと同じ魔物です。私が帰る場所はここだけです」

 二人は男の愛国心と忠誠心に強い共感と感動を覚えた。

「ところで、お二人が苦戦なされているのは……」

「古代文字だ。これさえ解読できれば、もしかしたら大魔王様の復活が出来るかもしれない」

「ええ!?それはすごい!!私に出来ることがあれば、ぜひ何なりとお申し付けください」

「いや、そうはいってもだな……」

 目の前の男にこの問題が解決できるとは思えなかったマスデは言葉を濁らせた。

「翻訳サイトなんかはお試しになられましたか?」

 天啓のごとき一言だった。事は確かに前進した。マスデとシャドウィは急いで端末を駆使し、翻訳サイトを閲覧した。





「あと柚子胡椒」

「柚子胡椒ですか?この時間に?」

「時間は関係ないだろ」

 マスデとシャドウィは翻訳サイトを駆使し、復活に必用な具材をメモしていた。

「あー……これは厄介かもしれん。勇者の血族の体の一部」

「あちゃー……どうします?」

「髪の毛とかでもいいんだったら、今頃は勇者も寝ているだろうから、隠密が得意なヤツにちゃちゃっと行って来てもらいたいが……」

「急いだほうがいいっすよね?誰にします?」

 二人は勇者と正面きって再戦することを当然のように選ばなかった。魔王軍なのにいささか情けないと思われるかもしれない。しかしそれも無理はない話だった。勇者はわずか19歳の若者だが、伝説の剣が小っちゃく見えるほど屈強な体つきをしていた。勇者でさえその体型なのに、帯同していた戦士ときたら、それはもうほとんどアメリカバイソンだった。魔法職っぽい他の二人はともかく、マスデもシャドウィもその二人に対して恐怖を覚えていた。

「生き残りの中で使えそうな者は……」

「お呼びでゲスか?」

 呼んではいないが都合よくそこへ現れたのは、擬態を得意とする小さな爬虫類のモンスターだった。

「お前は?」

「ライアンと申します。隠れ続けて450年、最後の戦いのさなかでも敵はおろか、味方にも気づかれませんでした。私ならば、お二人のお望みを叶えられるかと」

「ふむ。頼んだぞ、ライアン。髪の毛一本でもいい。勇者の肉体の一部をなんとか持ってきてくれ」

「御意」

 ライアンはその場で姿を消し、すぐに気配を絶った。やや間を置いてからマスデは軽くため息をついた。

「まさかこのタイミングで真面目なヤツが来るとは思わないっスよね」

「……そうだな。さぁ翻訳の続きだ。マスカルポーネチーズ」





 マスデとシャドウィはすっかり解読を終え、復活に必要な物の準備も整えていた。あとは勇者の体の一部を待つばかりとなった。しかし、ライアンはなかなか帰ってこなかった。時間を持て余した二人はツイスターゲームをしながら、その帰りを待つことにした。ルーレットを回す係として使用人の男を再度呼び出した。勝負は白熱し、マスデ、シャドウィ、ともに2勝2敗で成績が並んだ。決勝戦と称し、最後の勝負を始めようとしたその時だった。

「ライアン、戻りました!!ご報告があります!!勇者のやつ、4Pしてました!!」

「4P!?4Pって、あの!?同時に3人の女を相手にする、あの!?」

「落ち着け、シャドウィ!!男3女1かもしれんだろう!!」

「男1女3でした」

「……そうか」

 マスデとシャドウィはなんともいえない気分になった。

「して、勇者の肉体の一部は?」

「こちらに」

 ライアンがマスデに差し出したのは、雑に丸められたティッシュだった。

「これって……もしかして」

「はい」

 ライアンは重々しく頷いた。

「間違いなくこの中に入っております。勇者の体液でございます」

「……」

 いかに大魔王の右腕といえど、素手でいくべきか躊躇した。

「あ、じゃあ、これに入れといて。全部混ぜた後に玉座にぶちまければ、それで終わりだから」

 シャドウィが超ファインアシストプレイでマスデの窮地を救った。材料がすべて入ったツボをライアンの方に向けたのだ。

「御意」

 こうして必要な物をすべて揃えたマスデは生き残った魔族たちを玉座の間に集め、大魔王復活の儀式を始めることとなった。





「皆の者、聴けーい!!!!」

 マスデは魔王軍の残党に向かって叫んだ。

「うおぉぉぉぉ!!!!」

 聴衆は雄叫びでそれに応えた。

「これよりぃ、大魔王様復活の儀を執り行う!!!!」

「うおぉぉぉぉ!!!!」

「魔族史上、間違いなく最速となるこの儀を!!!!」

「うおぉぉぉぉ!!!!」

「盛大に!!!!」

「うおぉぉぉぉ!!!!」

「見届けよ!!!!」

「うおぉぉぉぉ!!!!」

「俺が何いってっか、聞こえてっかーー!!??」

「うおぉぉぉぉ!!!!」

「やっぱ、やめっかなぁーー!!??」

「うおぉぉぉぉ!!!!」

「……」

 玉座の間は熱狂の渦に包みこまれていた。

「マスデ様、もうそろそろ……」

 シャドウィがツボを渡し、マスデがそれを受け取った。

「……オンサバ、サバミ、マイコゥ」

 マスデは古代語の呪文を詠唱しながら、玉座に向かってツボの中身を少しずつかけ始める。

「マイコゥ?マイコゥジャクソン?」

 詠唱は続く。先ほどまでとは打って変わり、玉座の間はしんと静まり返っていた。

「……ソウ、ソレハモウ、ソウイウヤツダカラ、ナガイコトヤッテルケドモ、ナカミガナイッテ……オマエトオナジデ、ッテ……イワレマクッテッカラ」

 詠唱が終わると自然とツボの中身も無くなった。その儀式を見ていた者たちの誰もがそう思った。

「……」

 儀式を終えたばかりのマスデも他の者たちと同様に事の成り行きを固唾を呑んで見守った。

「……」

 何も起こらない。やはり、無料翻訳サイトではダメだったのだろうか?

「!?」

 それはふいに起こった。玉座にかけられたネバネバしたツボの中身がモクモクと紫色の煙を吹き出し始めたのだ。その煙は天井付近にまで立ち上り、どんどんと大きくなっていった。

「……大魔王様?」

 魔力を感じた。誰もが知っていて、どこか懐かしい魔力だった。天井付近の巨大な煙の塊が今度は少しずつ小さくなっていった。小さくなった煙がゆっくりと玉座まで降りてきた。やがて煙は完全に消え去り、代わりにそこに現れたのは小さな赤ん坊だった。

「くっ……うぅっ……」

 マスデは涙をこらえきれなかった。儀式は成功した。彼の敬愛する大魔王は赤子となって転生したのだ。

「あーっと、これは……」

 居心地悪そうにしながらシャドウィがマスデに語りかけた。大魔王の復活が彼の想像するものではなかったのかもしれない。

「我々の……王だ」

 その赤子が大魔王の生まれ変わりであることがわかったのはマスデだけだった。

「なるほど、転生の儀式だったわけだ」

 静寂を破ったのはスケベな話題に明るいおじいちゃんモンスターだった。

「しかし、魔王族の成長は……」

「いいんだ、それでもいい」

 マスデは老人の言葉を遮り、赤子を抱き上げた。魔王族の成長は一般的な魔族よりもはるかに遅い。この赤子が成長しきって立派な大魔王になるまでにかかる時間は、1000年か、はたまたそれ以上か。

「これより、大魔王育成リアルタイムアタックを開始する!!!!」

 マスデの声が玉座の間に響き渡った。しかしその声は、その日その場所で響いたどの声よりも大きく、希望に満ちたものだった。

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