第38話 今日で偽装カップルって関係はもう終わりにしましょう
「もうそろそろか?」
「そうね、ちょうど一分前ってところかしら」
スマホで時間を確認した真里奈はそう口にした。会場には余裕を持って早くから来ていたためかなり長い時間待っていたと言える。
二人で観客席から夜空を見上げて待っているうちにあっという間に花火大会開始時間の十秒前となった。
それと同時に会場内の明かりが一斉に消えて暗くなり打ち上げのカウントダウンが始まる。そしてカウントダウンがゼロになった瞬間、夜空に一発の花火が打ち上げられた。
それを皮切りに花火が夜空に次々と打ち上げられ、色とりどりの光とともに破裂するような短い音が鳴り響く。
「綺麗」
「ああ、たまにしか見れないから余計にそう思う」
「これぞ日本の夏って感じがするわ」
「夏の風物詩だもんな」
俺と真里奈は大はしゃぎで夜空で咲き誇る花火を見つめている。色鮮やかな閃光を夜空へ撒き散らして消えていく花火は本当に美しかった。隣にいた真里奈も同じような事を思っていたらしい。
「赤と青のコントラストが本当に良いわね、まるで夜空に薔薇の花が咲いてるみたい」
「おいおい、急にそんな気取った言い回しをするとか一体どうしたんだよ?」
「ひょっとして私の事馬鹿にしてる?」
「いやいや、感心しただけだから」
むすっとした表情になった真里奈に俺は慌ててそう説明した。真里奈を怒らせると本当に後が怖いため俺も必死だ。
「そう言えば子供の頃、一緒にどこかの花火大会へ行った時もこんな事があったわね」
「えっ、そんな事あったっけ?」
「ええ、あの時も才人が何か余計な事を言って引っ叩いた記憶があるわ」
「……あー、確かにあったな。真里奈に叩かれた挙句、最終的に俺が母さんから怒られたんだっけ」
「やっと思い出したのね、そう考えると才人ってあの頃から全然成長してないじゃない」
真里奈は少し呆れたような顔をしていた。どうやら俺は同じ過ちを犯しかけていたらしい。それから二人で花火を見続ける俺達だったが後半になるにつれて真里奈がだんだん挙動不審になり始めた。
「さっきからソワソワしてるみたいだけど一体どうしたんだよ?」
「な、何でも無いわよ」
「本当か? 明らかにおかしい気がするけど」
「いいから放っておきなさい」
もしかしてトイレでも我慢しているのかと一瞬思ったが多分それは違うだろう。それにもしそんな事を指摘したら今度こそ殴られるに違いない。
結局なぜ真里奈が挙動不審になったのかは分からないまま花火大会はフィナーレを迎えた。観客席から立ち上がって帰ろうとしていると真里奈から呼び止められる。
「結構混んでいるからもう少し後で帰らない?」
「そうだな。どう考えても電車の中とかすし詰め状態だろうし、少し時間を置いた方が良さそうだ」
「じゃあ少しこの場に留まりましょう」
俺は観客席に座り直して今日の花火大会の感想を話し始めるわけだが、真里奈は心ここに有らずと言った感じで適当な相槌しか打っていなかった。
しばらく待ってようやく人が少なくなってきたため、俺と真里奈は駅に向かって歩き始める。相変わらず真里奈は上の空でありちょっと心配になってきた。
そしてもうすぐ駅に到着しそうというタイミングで突然真里奈から服の袖を引っ張られて止められる。
「……ねえ才人。今の私達って偽装カップルじゃない」
「ああ、そうだけど突然どうしたんだ?」
「今日で偽装カップルって関係はもう終わりにしましょう」
俺は真里奈が何を言ったのか分からなかった。いや、頭が理解するのを拒否したというべきだろうか。真里奈の口から出た言葉は俺がもっとも聞きたくないものだった。
「で、でも前はこの関係を解消する気は無いって言ってたよな」
「あの時とは状況が変わったのよ」
その言葉は俺にとって死刑宣告も同然と言っても過言ではない。真里奈に好きな人がいる時点でいつかこんな日が来るかもしれないと覚悟自体はしていた。
それでもまだしばらくは先の事だと思い込んで考えないようにしていたのだ。しかし真里奈の口から終わりにしようという発言が出た以上、もう今のこの関係を続ける事は出来ない。
「そ、そっか……短い間だったけどありがとう」
俺はかろうじてそう声を絞り出す事しか出来なかった。あまりにも惨め過ぎて今すぐ消えてなくなりたい気持ちになった俺は真里奈の前から立ち去ろうとする。だが真里奈は袖を掴んだまま離してくれない。
「待ちなさい、まだ話は終わってないわ」
「……頼むから離してくれ」
これ以上真里奈の顔を見る事があまりにも辛かった俺は弱々しい声でそう懇願する事しか出来なかった。
状況が変わったと言っていたため本当に好きな人と付き合い始めた事を今から俺に報告しようとしているのだろう。
そんな残酷な言葉を真里奈の口から聞かされる事は流石に俺の精神が耐えられそうにない。だから俺は真里奈を強引に振り解いて逃げようとした。
そんな俺の行動は真里奈の思いがけない行動によって阻止される事となる。
「!?」
なんと真里奈は俺にキスをしてきたのだ。突然の事に俺が固まっていると真里奈は顔を真っ赤にしながら大声で叫ぶ。
「私は才人の事が本当に好きなの」
その声は駅前に響き渡っており道行く多くの人達から見られていた。
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