第32話 俺もついに童貞卒業か、ぶっちゃけ全然実感ないんだけど

「……夢じゃないんだよな」


 隣でぐっすりと眠る真里奈を見ながら俺はそんな事をつぶやいた。ゴミ箱に捨てた使用済みコンドームやシーツに付着した血が夢ではない事を物語っている。

 昨晩俺は勢いで真里奈と一線を越えて大人の階段を登ってしまったのだ。初体験はよく分からないうちに終わってしまったというのが正直な感想だが、真里奈と最初から最後までやったのだからもう俺は童貞ではない。


「ひとまずシャワーを浴びよう」


 俺は寝ている真里奈を起こさないよう音を立てないようにしながら立ち上がると浴室に向かう。昨晩は行為を終えた後そのまま気絶するように眠ってしまったためとにかくシャワーを浴びたかったのだ。


「俺もついに童貞卒業か、ぶっちゃけ全然実感ないんだけど」


 シャワーヘッドの先から出るちょうど心地よい温度のお湯を全身に浴びながら俺は静かにそうつぶやいた。

 もしかしたら一生童貞かもしれないとも思っていたが、失ってみると案外あっけないものだったと強く感じている。まあ、男の童貞には基本的に価値なんてないためさっさと捨てて正解だったに違いない。


「それにしても高校二年生で童貞卒業する事になるとは思わなかったな」


 高校を卒業したら脱童貞や処女喪失する人が一気に増えるとは聞くが、高校生の間に初体験を迎える人はかなり少数派だったはずだ。

 少数派になる奴なんて美男美女かヤンキーくらいだと思っていたため、まさか自分がなるとは夢にも思っていなかった。

 満足するまでシャワーを浴びた後、髪を乾かしてから部屋に戻るといつの間にか目覚めていたらしい真里奈と目があう。

 その瞬間真里奈は顔を真っ赤に染める。多分昨晩の事を思い出してしまったのだろう。だがそれは多分俺も同じに違いない。

 顔に熱を感じていて真里奈の顔を直視できそうになかった。だがこのまま無視をするわけにもいかないため声をかける。


「ま、真里奈おはよう」


「……おはよう才人」


「昨日はよく眠れたか?」


「一応ね」


 そう答える真里奈だったが明らかに挙動不審であり俺と目すら合わせようとしない。ちらちらと俺の顔を見てはくるものの、視線が合いそうになるとあからさまにそらされてしまうのだ。

 そのせいで気まずくなって無言で黙り込む俺達だったが、この空気に耐えられなくなってしまった俺は朝食が無料だった事を思い出して口を開く。


「……とりあえず朝ごはんにしない?」


「そうね」


「じゃあフロントに電話するから待っててくれ」


 そう言い終わった俺は枕元の受話器からフロントに電話して朝食の注文をする。朝食は部屋の入り口近くにある小窓から受け取る仕組みになっているようで、スタッフと直接顔を合わせる必要はないとの事だ。


「五分くらいしたら部屋に持ってくるって」


「分かったわ」


 相変わらず俺と真里奈はめちゃくちゃ気まずい状態であり朝食が部屋に届くまでまともな会話は無かった。朝食を食べながらスマホで新幹線の復旧状況を確認した俺は真里奈に声をかける。


「上りも下りも新幹線復旧したみたいだぞ」


「朝ごはんを食べ終わったらさっさと出発の準備して家に帰りましょう」


「そうだな」


 ホテル代を支払ったらお金はちょうど新幹線代くらいしか残らない。もしお金に余裕があれば今日も少し京都観光をしてから帰る事が出来たのに。

 そんな事を一瞬思った俺だったがよくよく考えたら今の状態で真里奈と一緒に観光するのは気まず過ぎて無理だ。その後朝食と帰り支度を終えた俺達はラブホテルを後にして京都駅に向かい始める。


「新幹線が動いてくれて良かったな」


「ええ」


「流石に今日も復旧してなかったら困ってたしさ」


 普段であれば真里奈と色々な雑談しながら歩いているところだが俺達の間には会話らしい会話は無かった。

 まるでそんなに仲が良くない知り合いと無理をして一緒に歩いているような気分であり、はっきり言って今の居心地は最悪だ。

 それから俺達は京都駅のみどりの窓口で新幹線チケットを購入する。学割を使えば安くなるため券売機ではなく、わざわざみどりの窓口に並んだ。

 そしてそのまま新幹線で東京へと帰り始めるわけだが、やはりここでもまともな会話は無い。行きの新幹線で大富豪をしながら二人で盛り上がっていた事が嘘のようだ。


「あっ、富士山だ」


 俺は明るくそう声をあげたが真里奈は一瞬だけ窓の外を見たもののすぐに手元のスマホに視線を落としてしまった。もしかして俺は真里奈から嫌われてしまったのだろうか。

 以前までの俺であれば別に偽装彼女でしかない真里奈に嫌われたところで痛くも痒くも無かったに違いない。だが今の俺はそれがとてつもなく恐ろしかった。

 俺は偽装彼女でしかなかった真里奈に紛れもなく恋心を抱いてしまったからだ。だから真里奈に昔から好きな相手がいる事を分かっていながら手を出した。

 少しでも俺の事を意識して欲しいという願いを込めて。だがそれは逆効果だったのかもしれない。それを考えるととにかく辛くて仕方なかった。

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