第28話 今の言葉ってまるでプロポーズみたいだな

 それぞれ模擬授業を終えた俺達は合流して学食で昼食をとっている。学食もたくさんあったためどこで食べるか迷ったが、せっかくなのでオープンキャンパスの案内で人気と書かれていたところを選んだ。


「そっちは模擬授業どうだった?」


「予想していた通りドイツ語初心者でも大丈夫なような基礎的な内容だったから正直かなり簡単だったわ」


「へー、経済学部は金融関係の話だったからめちゃくちゃためになって結構面白かったぞ」


「そうなのね」


 何百人も入れそうな講義室での模擬授業は高校までの少人数な教室とは全然違ったためかなり新鮮だった。まあ、大学生になったらすぐに新鮮さは無くなりそうだが。


「てか、今日の内容をレポートにまとめるのだるいよな。それさえなかったらもっと楽だったのに」


「そうよね、正直今年の夏休みの宿題の中で一番面倒だわ」


「考えるだけでちょっと憂鬱なんだけど」


 このレポートは結構しっかりと書かなければならないため手間と時間がかかりそうな予感しかしない。

 しばらくそんな内容の雑談で盛り上がりながら食事を続け俺が先に食べ終わった。真里奈と同じ物を注文したが男である俺の方が食べるのが早かったのだ。


「食器を片付けたついでにトイレに行ってくる」


「ええ、行ってらっしゃい」


 俺は食器を返却口に持っていくとそのままトイレへと向かう。そして用を足して席に戻ると真里奈が知らない男性二人組から話しかけられている様子が目に入ってくる。


「そう言う訳だから連絡よろしく」


「ああ、俺達ずっと連絡くれるのを待ってるから」


 そんな事を口にしながら真里奈に何かを手渡して去って行った。真里奈が少しうんざりしたような表情を浮かべている事を考えると多分ろくな事では無いに違いない。


「どうしたんだ?」


「あっ、やっと帰ってきた。才人がトイレに行った瞬間さっきのチャラそうな二人組からナンパされて大変だったんだから」


「オープンキャンパスでナンパするとか凄いな」


「迷惑だから本当辞めて欲しいわ」


 俺には初対面の相手をナンパするような勇気なんて無いため、さっきの二人組にはある意味で感心してしまう。


「てか、そのメモ用紙みたいな奴は何なんだ?」


「LIMEのIDって言ってたわ、要らないって何度も言ってるのに一方的に渡して来たのよ」


「それでさっきの奴らには連絡はするのか?」


「何言ってんの、そんなのする訳ないでしょ」


 真里奈はメモ用紙を思いっきりぐしゃぐしゃにすると近くにあったゴミ箱に投げ入れる。その様子を見た俺はほっとした。あれ、今俺は何でほっとしたんだ?

 別に偽装彼女でしかない真里奈が誰と連絡しても俺には関係ないはずだが。これではまるで俺が不安になっていたみたいではないか。


「……急に黙り込んでどうしたの?」


「な、何でもない」


 真里奈の事を考えている最中に彼女から話しかけられて驚いた俺はつい声が裏返ってしまった。するとそんな俺の様子を見ていた真里奈は揶揄うような表情で口を開く。


「何よ、その変な声は。一体何を考えていたわけ?」


「そんな大した事じゃないから気にするな」


「そんなに隠されると逆に気になるわね、潔く教えなさいよ」


「いや、俺も可愛い女の子からナンパされないかなとかって考えただけだから」


 俺は咄嗟にそんな適当な事を言って誤魔化そうとした。すると真里奈は一気に不機嫌そうな顔になる。


「ちょっと、この私っていう美人な彼女がいるっていうのにナンパされたいって一体どういう事よ?」


「じ、冗談だから太ももをつねらないでくれ」


「才人をナンパしたい女の子なんてこの世のどこにもいる訳ないんだからね」


「ごめんごめん」


 怒る真里奈を宥めつつも俺は少し嬉しい気分になっていた。嬉しい気分になった理由は自分でもよく分からないが、とりあえず誤魔化す事が出来たので良しとしよう。

 それから学食を後にした俺達は入試対策講座やキャンパスツアーへと足を運ぶ。そこでも真里奈は男性達から数えきれないくらい声をかけられ、それは隣に俺がいてもお構いなしだった。


「高校生とか大学生ならまだ分かるけどさ、付き添いできてたっぽい誰かの父親からナンパされるって一体どういう事だよ?」


「そんなの私に言われても知らないわよ」


 流石の真里奈にも予想外だったらしく呆れ顔を浮かべている。いい歳した大人が高校生をナンパするって普通に犯罪だろ。通報したら多分捕まるに違いない。


「この調子なら大学生になってからも大変そうな未来しか見えないんだけど」


「そうね、やっぱり才人にはこれからもずっと隣にいてもらわないと困るわね」


「今の言葉ってまるでプロポーズみたいだな」


 何も考えずそんな言葉を口にすると真里奈は顔を真っ赤に染める。


「急に何を言い出すのよ!?」


「ご、ごめん。つい思った事を口に出しちゃって……」


 真里奈は怒っているのか恥ずかしいのか分からないが相変わらず顔が真っ赤なままだ。結局オープンキャンパスが終わるまで俺達はぎくしゃくしていた。

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