第22話 あれは不慮の事故だった、そういう事にしときましょう

 お互いに入浴を終えて部屋に戻ってきた俺達だったが、もはや勉強どころではなかった。


「ち、ちょっと私の顔を見た瞬間顔が赤くなるってどういう事よ。ひょっとしてまさかさっきの事を思い出してるんじゃないでしょうね?」


「そ、そういう真里奈だってりんごみたいに顔が真っ赤だぞ」


 こんな感じでお互いに風呂場での一件を思い出して恥ずかしくなっているのだ。昔はよく一緒に入浴していた俺達だったがそれは子供の頃の話であり今は違う。

 ただでさえ裸を見たり見られたりするだけでもめちゃくちゃ恥ずかしいというのに、足を滑らせたせいで密着までしてしまったのだから尚更だろう。


「さっきの事は綺麗さっぱり全部記憶から消しなさい」


「それが出来るならとっくにやってるよ」


「……この部屋って何か鈍器のような物は無いかしら? それを使って物理的に才人の記憶を消そうと思うんだけど」


「待て待て俺を殺す気か!?」


「この私の裸を見ただけじゃ飽き足らず胸に顔を押し当ててきたのよ、そんなの命を持って償って貰うしかないわ」


 真里奈はそんな無茶苦茶な事を言っていた。


「裸を見たのは真里奈も一緒だろ、それにあれは真里奈が足を滑らせた事が原因で俺には何も責任が無いと思うんだけど?」


「何言ってるのよ、才人みたいな男の裸と私みたいな乙女の裸の価値が同じわけないでしょう。それに足を滑らせたのは才人も同じじゃない」


「それは確かにそうだけどさ」


「そもそも私の言葉を正しく理解してなかった事が全ての発端なんだから悪いのは全部才人よ、やっぱり死んで償って貰うしか無いわね」


「言ってる事がめちゃくちゃ過ぎる……」


 しばらく言い争う俺と真里奈だったが時間が経つにつれて興奮が収まって冷静さを取り戻し始める。


「……こんなしょうもない事でずっと言い争ってても仕方ないわよね」


「そうだな、流石にもう辞めようぜ」


「あれは不慮の事故だった、そういう事にしときましょう」


「ああ、それ以上でもそれ以下でもないしな」


 こうしてひとまず決着を迎えた訳だが、二人で言い争っていた間に結構長い時間が経っていたらしく気付けば二十三時過ぎになっていた。


「もう時間も結構遅くなったし、今日は寝ましょう」


「分かった、事前に話してた通り真里奈は父さんの部屋で寝てくれ」


「ええ、そうさせて貰うわ」


 真里奈と一緒に寝る事は流石に出来ないため単身赴任で家にいない父さんの部屋で寝て貰う事にしたのだ。俺と真里奈は洗面所で歯磨きした後、それぞれ別れて部屋に戻る。


「明日も夜まで真里奈と勉強だからマジで憂鬱だな、でも真里奈のおかげで成績が上がりそうだからそこは本当に良かった」


 中間テストで赤点ギリギリの点数だった物理基礎が人並みに解けるようになった事を考えると凄い進歩だ。明日も頑張ろう。そんな事を考えているうちに俺は眠りに落ちた。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「きゃあぁぁぁぁ!」


「痛っ!?」


 俺は真里奈の大きな悲鳴と頬の痛みで目を覚ました。どうやら真里奈からビンタされたようだが一体何事だろうか。カーテンの外が明るくなっているため朝らしいが。


「何で私と一緒に寝てるのよ!?」


「……えっ、どういう事だ?」


「どうして私の寝ていたベッドに潜り込んできたのかを聞いてるんだけど」


「いやいや、俺はそんな事やってないぞ」


 俺は真里奈が何を言っているのかよく分からなかった。


「じゃあ何でここにいるのよ?」


「だってここ俺の部屋だし」


「……えっ?」


 真里奈が間抜けな顔になった様子を見て俺はようやく状況を認識し始める。


「なあ、ひょっとして夜中にトイレか何かで部屋を出た後間違えて俺の部屋に戻って来たんじゃないか?」


「そう言えば暗かったからよく確認せずに部屋に入った気がするわ」


「俺の部屋と父さんの部屋は隣同士で扉も近いから暗いと間違えやすいんだよ」


 現にこの家の住人である俺も時々間違える事があるくらいだ。多分真里奈は間違えて俺の部屋に入った後、何も考えずにこのベッドの中へと入ってきたのだろう。


「ど、どうやら私の勘違いだったみたいね。今回は特別に許してあげるわ」


「許すも何もそもそも俺は何も悪い事をやってないんだよな、それに真里奈からビンタされた頬が結構痛いんだけど?」


「……うっ、悪かったわよ」


 今回は流石に分が悪いと思ったのか真里奈は素直に謝ってきた。普段からこれくらい素直だったら助かるのだがそれは期待しても無駄に違いない。


「お詫びに今日は昨日以上に厳しく勉強を教えてあげるわ」


「えっ……?」


「才人みたいなタイプは厳しく教える方が頭に入りやすいと思うから」


 昨日も十分厳しかったような気がするが更にあれよりも厳しくするつもりらしい。


「お詫びって言うなら昨日よりも優しくしてくれよ」


「それは駄目ね、才人のためにならないから」


「おいおい、勘弁してくれよ……」


 結局俺はお詫びという名目で真里奈から一日中めちゃくちゃスパルタに勉強を教えられて死にそうになった事は言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る