第6話 私は昔からずっと好きな人がいるからその人以外とは絶対に付き合う気がないのよ

「才人、今すぐ起きなさい。ゆっくりしてると学校に遅刻するわよ」


「……もう朝か」


 俺は誰かに体を揺さぶられて起こされる。目を開けるとそこには真里奈の姿があった。


「ようやくお目覚めね」


「……家に迎えにくるとは聞いてたけど、まさか起こしにくるとは思ってなかったぞ」


「これから毎朝才人の事を起こしに来てあげるからせいぜい喜びなさい。とりあえずパジャマから着替えて朝ごはん食べなさいよね」


「ああ、そうする」


 言われるがままパジャマから制服に着替えた俺は冷蔵庫の中からヨーグルトを取り出し、そこにいちごジャムをたっぷりトッピングして食べ始める。


「……あれ、そう言えば歩美はどこ行ったんだ? 時間的にまだ寝てるって事は絶対無いと思うけど」


 普段は歩美と一緒に登校しているためこの時間帯であれば家にいるはずなのだが何故かどこにも姿が見えなかった。


「ああ、歩美なら先に学校へ行ったわよ。私達を邪魔するのは悪いからって言ってさ」


「えー、せっかく三人で一緒に行こうと思ってたのに」


 真里奈と二人で登校するのは絶対目立つため歩美も一緒に居て欲しかったのだが、残念ながらそうはいかないらしい。


「今日から私と二人きりで登校出来るんだからもっと嬉しそうな顔しなさいよ」


「そうだなめちゃくちゃ嬉しいよ」


「全然心がこもってない気がするけど、まあいいわ。それよりまだ食べ終わらないわけ? 早くしないと私まで遅刻しちゃうじゃない」


「いやいや、今さっき冷蔵庫から出して食べ始めたばっかりだろ。それに俺的には先に一人で行ってくれても全然構わないけど」


 てか、むしろ俺を放置して先に学校へ行って欲しいくらいだ。そしたら通学路で朝から無駄に目立って疲れなくて済むわけだし。


「何言ってるのよ、才人がいないと私が登校中に告白されるかもしれないでしょ?」


「……そもそも登校中に告白してくる奴なんて本当にいるのか? そんな奴見た事ないんだけど」


「今まで実際に何人かいたわね、まあ全部断ってやったけど」


 そんなチャレンジ精神に溢れる奴が何人もいる事は正直驚きだが、真里奈くらい美人であれば納得できる。


「そんなにモテモテで羨ましいよ、俺なんか生まれてから一度も告白なんてされた事ないし」


「へー、そうなんだ。まあでも才人だし、女の子からモテるはずなんてないわよね」


「そんなにニコニコしながら話すな、悲しくなってくるだろ。あーあ、俺も誰かから告白されないかな」


「そんな物好きなんて誰もいないに決まってるわよ……私以外はね」


 後半部分の声が小さ過ぎてよく聞こえなかったが、どうせろくな事を言ってないに違いない。


「てか、ずっと気になってたんだけど真里奈は本物の彼氏は作らないのか? 真里奈なら正直どんな男でも選びたい放題だと思うけど」


「私は昔からずっと好きな人がいるからその人以外とは絶対に付き合う気がないのよ」


「へー、意外と一途なんだな」


「意外とって言葉は一言余計じゃないかしら?」


「痛い痛い、悪かったって」


 真里奈から頭を思いっきりぐりぐりされた俺は慌てて謝った。結構力が入っていたため普通に痛かったのだ。


「でもそんな相手がいるなら俺と付き合うふりをするのはなおさら不味くないか?」


「どうしてよ?」


「ほら、色々と誤解されるかもしれないし」


 もし仮に俺がその相手なら絶対誤解をしてしまうだろうし、何より良い気持ちがしないと思う。


「ああ、それは絶対に大丈夫だから何も心配はいらないわよ」


「……まあ、真里奈が自信満々にそこまで言うならこれ以上は何も言わないけど」


 どうせこの関係を解消しようと提案したところで真里奈が受け入れてくれるとはとても思えないし言うだけ無駄だ。


「分かれば良いのよ……って、もうこんな時間じゃない!?」


「やばい、ゆっくり話し過ぎた。早く行かないと完全に遅刻コースだぞ」


「さっさと食べなさい、遅刻する事になったら絶対許さないからね」


「ああ、分かってるよ」


 俺は大急ぎでヨーグルトを流し込むと荷物を持って真里奈とともに家を飛び出す。悠長にゆっくり歩いている時間なんてないため俺と真里奈は急足で学校へと向かう。

 八時三十五分の予鈴までに教室に入っていなければ遅刻扱いになってしまうため今からだと間に合うかどうかは微妙なラインと言える。


「才人が食べるの遅いからこんな事になったのよ」


「いやいや、遅くなったのは俺だけのせいじゃないと思うんだけど。ほら、真里奈も食べてる最中の俺に色々と話しかけてきてたわけだし」


「あっ、才人の癖に私のせいにするんだ」


「だって事実だろ」


 相手に責任をなすり付け合う俺と真里奈だったが、だんだんそんな余裕すら無くなってしまったため最後の方はお互い無言で走っていた事は言うまでもない。

 結局八時三十三分に教室に滑り込む事が出来たため何とか遅刻の回避に成功してギリギリ間に合った。ひとまず安心する俺だったが、一時間目が終了した後で面倒ごとに巻き込まれる事を今の俺はまだ知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る