第17話 大神博士の死

 藤沢先輩の話は、確かに尤もな話でもあり、私自身も大神優子の話は、半信半疑ではあった。



「だが、田上さん。ここに、しかし、一つだけ実に、不思議な話があるのですよ。

 それは大神優子さんが後半に入って、急に、「マイクロチップ埋め込みによる全人類支配計画」やそのための手段としての「人工男根」の話を述べていたところです。



 私も、彼の先ほどの自伝は無論、インタビュー記事も結構読んだ事があります。そこで彼は『黙示録の導きによって』会社を興したと、言っています。



 しかしながら、「人工男根」云々やそれに伴う「マイクロチップ埋め込みによる全人類支配計画」の話は、今、初めて聞いた話なんです。



 ともかくもハロ・ゲインは、いかなる対談や、論文や、自伝でも、この2点に関しては、全く一言も、マスコミ等には、語っていないのです。



 ここのところが、どうにも妙に引っかかるのですよ。



 私が、今ほどの話に30%程度のオカルト的臭いを感じるのは、正にここなんです。



 一体「人工男根」などと言う馬鹿げた発想を、ハロ・ゲイン現会長が若い時に本当にしたのでしょうか?

 そもそも、「人工男根」とは結局、田上さん、一体何なんですか?」



 この藤沢先輩の質問に、私は冷や汗をかきながら、



「い、いやあ、これだけ美人に生まれた為なのかは分かりませんが、あちらのほうも相当な好き者なんですよ。

 実は、この私も、数回程度彼女と関係を持ったのですが、そりゃもう相手にするのに大変でしたからねえ……。きっとそれが、彼女の「人工男根」の作り話の基になっているのではないでしょうか?」と、私は苦笑いで逃げるしか無かったのだ。



 しかし、万が一、この話が、本当の超常現象によるトリップ体験による真実の話だとしたらどうであろう。



 人工男根の原案は、実に数十年以上も前から計画されていた事になるのだ。



 初めて会った時からどうも変人に違いないと私が思っていた大神博士の専売特許では、全く、無かった事になるのだ。



 なお、大神優子が、催眠中に語った話は全て記憶に残らないよう、後催眠暗示をかけてもらっていたのは当然の事である。結局、大神優子には何も本当の事は言えなかったからだ。



 暗澹たる気持ちを抱えて、私は彼女を連れて金沢行きの北陸新幹線に乗った。



さて、金沢駅に着いた私は、急いで、大神外科・泌尿器科医院に向かった。



 先ほどの逆行催眠では、大神博士は、明らかにどこかの地下室で人体実験や生体実験を行っていた事になっている。その場所を聞き出すつもりであった。



 おお、しかし、全ては遅かった。



 大神博士は、多分、青酸系の毒物を自ら飲んで既に死亡していた。それは青酸系の毒物の死体に出るとされる「アーモンド臭」が、この私にも感じ取れたからである。

 また、その大神博士の死体の脇には、同じように毒物を飲んで死んでいた根本看護師の死体が横たわっているではないか!



 二人は、罪の重さに絶えかねたのか、それとも、アメリカの両社に騙されていたのを悟っての無言の抵抗だったのか、どちらにしても既に自殺してしまっていたのである。



 だが、この件で、私の大いなる疑問であった、大神博士の人体実験・生体実験への疑惑の解明はでき無くなってしまった。大神優子の逆行催眠による供述のみがその証拠となってしまった。……だが、そんなものでは、確たる証拠には決してなるまい。



 この大神博士と根本看護師の自殺は、以外と簡単にケリがついた。それは、大神博士自身が、簡単な「遺書」を残していてくれていたためで、



「我、「人工男根」の研究に失敗せり……」等々の簡単な内容であったが、どうも、この大神博士の話は、「男根博士」「陰茎博士」の異名で石川県警の中でも既に相当に有名であったらしく、誰も、博士の死を自殺として疑わなかった。



(要するに、皆、人工男根の研究など、実に馬鹿げており、そんな実験が成功するとは誰も思っていなかったのだ)。



 それに、自分が死ぬ前に、膨大な研究データのほとんどがパソコン等から削除されており、ハードディスク自体も完全に破壊されていたのだ。大神外科・泌尿器科医院に残っていたのは、冒頭で、私に真水をぶっかけたP-1号~P-9号までの9本の「人工男根」の実験模型だけであった。



 石川県警も、かような「馬鹿げた」実験が成功するなどとは誰一人も考えていなかった事もあり、あわれ「男根博士」は研究に行き詰まりを感じて、世を儚(はかな)んで自殺をしたと言う事で、一件落着したのである。

 当然、K大学への調査も全く無く、粛々と捜査は自殺の線で終結したのである。



無事、二人の葬式を終えた後、私は、少し自分の考えを纏(まと)めるために、今までの流れを、寝ずに考えてみた。



 もう一度、話を最初から組み立ててみたかったからだ。



 それに、これから、自分や大神優子がどういう行動を取るべきか、熟慮したかったからである。



 ところで、私の人工男根のリモコンの暴走は、湯川弘に頼んで修理済みである。    私の人工男根の動力源がリチウム電池であるが、それは市販のもので十分に代替が効くのだ。当分、その問題では暴走は起きそうにもないだろう。



 唯一、後藤綾ちゃん殺害の容疑が多分まだ私に残っているであろうが、まずは完璧なアリバイを作ってある事と、それに死ぬ事に対して恐怖を感じない私の今の精神状態を考えると、妙な心配をせずに、これまでの経緯とこれからの行動計画を練れる気がしたのだ。



 それにしても、大神優子が次元を超えてトリップ体験して語った話を、仮に信じるとすれば、現在、世界一のコンピュータ会社と、同じく売上高世界一の製薬会社の両社が中心になり、アメリカの政界、軍隊などと緊密な連携組織、つまり闇の組織を作っていたかもしれないと疑わざるを得ないのだ。



 そして、その内の誰かが、大神博士の論文に目を付けた。そして博士を、けしかけ無謀な人体実験まで行わさせた。

 これを、大神博士自身は自分の娘のための研究だと思い込んでいた。……こう、考えるのが一番自然な考え方ではないのだろうか。



 当時の記録を丹念に調べると、行方不明者や、また眼球や男性器を鋭利な刃物で切除されると言ういわゆるヒューマン・ミュートレーション事件が、数年の間に数件以上も起きていた事は、新聞記事等にもハッキリ残っている。



 また、この事件をUFOに見せかけるためだろうが、能登半島沖で国籍不明機が目撃されたのは、多分、当時のアメリカ軍が大神博士の異常な所行を隠匿するために、敢えてUFOと見間違うような最新鋭機(例えば最新鋭のステルス戦闘機など)を飛ばしていたのではないかろうか……。



 そう考えると、この人工男根の研究の裏には、単なる狂気じみた大神博士を巻き込んでの、K大学医学部を含め、更には、アメリカの中にある産・学・軍共同体の秘密の巨大組織があったのかもしれないのだ。



 しかし、大神博士が自殺し、その愛人でもあった根本看護師も自殺してしまった以上、もしこの私が、更なる真実を追究しようとすれば、それは、多分、アメリカや日本の中にもきっと存在するであろう、巨大な、産・学・軍の共同体に立ち向かっていく事になってしまうのだ。



 それは、まるで巨大な風車に単身向かって行ったドンキホーテの話に近くなってしまうではないか?



 ……そんな、大それた事が一私人のこの私にできる事かどうか?答えは明白であった。こうなった以上、一端、身を引くしかないであろう。



 私は、大神博士の葬儀に関する事務が全て終わった後、大神優子にメールで、「なるべく近いうちに」と言う条件を付けて、結婚を申し込んだ。



 共に、不同意性交殺人と言う大きな罪を背負った二人である。二人で、共通の秘密を持ちながら生きていける所まで生きてみようと考えたのだった。



 大神優子の返事は、ただ一言「はい」のみであった。



ただ、ここで、障害になるのが前田彩華の存在である。

 私が大神優子と結婚すると聞けば、前田彩華はどうするであろうか?

 二人の結婚の妨害をするべく、私と自分の人工男根による実験を世間にバラしはしないかと心配したのだ。



 しかし、事態は、更に急変する。



 何と、大阪への学会への出席のため、K大学の外科部長、泌尿器科教授、同助教授、それに前田彩華の4人が乗った車が、高速道路を走行中にトラックとの衝突事故に遭い、あのK大学での人工男根研究グループ、つまり実際にこの私や、大神優子への手術を行った主なメンバーが、一瞬で全員死亡すると言う事故が起きたのだ。



 ……これが、事故だって。そんな馬鹿な!



 大神博士の自殺と言い、あまりに偶然過ぎるではないか?



 私は、アメリカ国内にきっと存在するであろう、産・学・軍共同体によって組織された何らかの巨大組織の力が動いたのではないか?そう、思わざるを得なかった。



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