第18話 失踪

 ……そして、では、次は、私と、大神優子の番なのか!



 私は、ここで来るべき事態に備えて、最後の覚悟を決めた。



 今までの全ての事実を詳細に記載して残しておく。万一、私や大神優子が不審な死に方をしたら、全世界に向けてこの話を発表するのだ。私は、親友の湯川弘に今までの全ての経緯を克明に記載したフラッシュメモリーを託しておいた。



 その中には、大神博士によるであろう人体実験の事もそれなりに書いておいた。勿論、この話は、あくまで大神優子の催眠中に語った話であり、どこまで警察が信用するかは疑問であったが……。



 しかし、さすがに私の場合、後藤綾ちゃんへの陵辱殺害と言う動かしがたい犯罪歴があるし、また大神優子の一時期の連続不同意性交殺人事件の件があったが、これらについては、どうしても書く事はできなかった。



 私は、後藤綾ちゃんの件には全く触れずに、人工男根の暴走については、多少は、ねじ曲げて話を作らざるを得なかったのである。



 しかし、そのフラッシュメモリーを湯川に送った3日後に、その当の湯川から緊急のスマホ電話があった。



「田上よ、フラッシュメモリーの中身はキッチリと読ませてもらった。これで、全てが理解できたよ。



 詳しい事は、明日金沢へ行って説明するが、あの人工男根のリモコンに使われていたマイクロチップ、あれは、今までの物とは根本的に構造が違う事が分かったのだ。



 早い話が、あの小さなマイクロチップ自体が、人間の大脳新皮質並みの力を有していた事が分かったのだ。



 もっと言えば、通常の人間の大脳に取って変わる程の能力を有していたんだ。ところで田上は、『ブレイン・ホログラフィック理論』って知っているか?」



「ああ、数年程前に、確かアメリカの医学者がノーベル医学賞を貰った理論だろう。



 何でも、脳梗塞で大脳細胞の半分が死んでしまった男性にブドウ糖やトリプトファンやグルタミン酸等々を大量投与し、更に、3DのCGの超大画像と強烈な音楽と振動を与え続けた結果、生き残っていた大脳が一挙に覚醒し、全く一般人と同じ状態にまで治癒した実験結果から、大脳はコンピュータのように、部品一つでも壊れると作動しなくなるデジタル式での神経細胞が回路化されているのではなく、あたかも3Dのレーザーホログラフィのように3次元的に、脳内で、神経細胞が繋がりあっているのではないか?との説だな?」



「そのとおり。このマイクロチップには、その理論つまり『ブレイン・ホログラフィック理論』をそのマイクロチップ内で作り出すべく、最新式の量子コンピュータに使われる部品が使われていたんだ。



 この量子コンピュータとは、「0」でも「1」でもない、その中間値の演算処理が可能となっているのだよ。早い話が、より確率の高いほうへ、結論を導くのさ。



 つまり、このマイクロチップ自体が、それ自体が、一人の人間の大脳新皮質に取って変わる事が可能なのだ。



 それにアメリカの友人から極最近聞いた話なのだが、どうも、あのリモコンに衛星電波を受信する極高感度のアンテナが秘密裏に内蔵されていたのも、全てはあのリモコンで使用されていたマイクロチップを全人類の頭に埋め込んで、通信衛星からの電波により全人類を支配すると言う、壮大な計画が極秘で進んでいるためらしいのだ。



 結局、あの超大型量子コンピュータ『666(ビースト)』が産・学・軍で共同研究されていたのも、最終的には、それによって全人類を支配するためだったらしいんだ。



 そして、あの人工男根のリモコンこそが、正にその先鋭的実験材料だったのだよ!



 まあ、ともかく、もっと詳しい事は、明日、北陸新幹線で金沢へ行って、田上やおまえの恋人の優子さんに直接話させてもらうよ」



 ここで、何と、湯川までが、大神優子がトリップ体験中に話した事と全く同じ話をするではないか?



 とすれば、信じたくはないが、どうも大神優子のトリップ体験は、本物の超常現象だったのか?これは、フロイト博士の弟子のC・G・ユング博士が唱えた、「(意味のある)偶然性の一致」(シンクロニシティ)なのかもしれない。



 あまりに大神優子の話と湯川の話が一致する事に、普段は、オカルト的な超常現象をほとんど信じていない私も、全身の震えが止まらなかったほどだ。



 しかし、湯川との連絡は、実はこれが最後となったのである。



 その日の深夜、湯川のマンションから出火、湯川は焼死体で見つかったのだ。



 そんな馬鹿な!

 原因はタバコ火の不始末か?となっていたが、もともと湯川はタバコは全く吸わないのに、翌日の新聞やテレビでは、堂々とそう言うニュースを流しているのだ。明らかな情報操作ではないか?



 しかし、DNA検査で、明らかに湯川の焼死体だと証明されたのだ。



 それにしても、人工男根に関係する者が、これほど次々と死んでいくとはとても信じられない。もはや、陰の組織が動いているのは間違いがない。単なる偶然の域を遙かに超えているからだ。



 私は、ここで見えざる敵に、精一杯、立ち向かう事を決意した。勿論、私個人でどうできるものでもなかろうが、座して死を待つ訳にはいかないだろうが……。



 湯川が死んでから、1週間後、私は大神優子と極簡単な結婚式を挙げ、金沢市内のマンションに住む事にした。



 丁度、その頃、事故で男性器の大半を失った男性に、人類初の人工男根を装着した手術が成功したと言うニュースが流れていた。

 その人工男根は、アメリカのマッシュルーム社とアップルパイ社の協同制作とされていた。テレビのニュースでは、ノーベル医学賞ものの研究成果だと大変な騒ぎであった。



 ……だが、それに関連する全てのニュースの中に、大神博士、K大学医学部の面々、ましてや私や前田彩花、大神優子等々の名前は、ただの一言も触れられて無かったのである。



 それから更に1週間は、私が恐れていた事は何も起きなかった。……湯川が、死んでからは既に2週間は経っている。



 そこで、いつものように、私が、小学校へ、彼女がK大学へと、出勤しようとしたある朝の事。



 私は、自宅近くの駐車場で、品川ナンバーのここらでは見かけぬ外車を1台見た。優雅な外観の高級感あふれるドイツ製のAV車である。



 ただ、誰も乗っていなかったので、少し安心した。ここは、今は高級な住宅街である。親戚の誰かが、東京から戻ってきていたのかもしれない。

 そう、思って、私と優子の二人は、自宅のドアを閉めて、おのおのの勤務先に向かったのだが……。



 その日の夕方の事である。私は、いつものように7時頃には帰宅し、台所の電気を付けたのだが、その台所のテーブルの上に、小さなメモ用紙がある事に気がついた。

 そのメモ用紙は、妻である優子直筆の文字で、



「父も死に、少々、人生に疲れました。しばらくブラリと一人旅に出ます。お金は、通帳からある程度おろしてありますから、心配しないで下さい。



 ともかく、しばらくそっとしておいて下さい」との、文字が並んでいた。



「しまった!遅かった!」と、私は思った。



 優子は、もしかしたらこのメモを無理矢理書かされて拉致されたのではなかろうか?



 私は、前田彩華達の交通事故といい、湯川弘の焼死事故といい、人工男根に関連する人間達が、次々に死んでいるのは十分に承知している。



 きっと、優子も拉致されたに違いないのだ。



 考えたくもないが、下手をすれば、もう既に、この世にいないのかもしれない。



 どうする?警察へ捜索願いを出すか?



 しかし、彼女の直筆のメモがある以上、これをもっていって捜索願を出しても、警察も本気で取り合ってはくれないだろう。



 それに、まずもって人工男根の経緯を理解している者でないと、優子の事件性は理解できそうにも無いからだ。



 警察は当てにならない。……そして、次は、私の番となるのだろうか。



 死ぬのは怖くはないが、何とかして、優子の生存か死亡かだけでも探し出したいのだが、その手がかりが全く無いのだ。私は、途方にくれるしかなかった。

 しかも唯一の手がかりともなるべきGPS内蔵の優子のスマホは、台所のテーブルの上に置いたままである。これでは、素人の私では調べようが無いのだ。



途方に暮れたまま、私は、酒を1合飲んで、寝室のベッドの上に寝転がった。

 勿論、安全を期して、この家には防犯カメラは3ケ所に取り付けてあるし、総合警備会社と契約もしてある。何かあれば、総合警備会社が駆けつけてくれる事になっているのだ。



 それに、ここは、日本国内だから、まさかピストルや自動小銃で撃ち殺される事は、まずはないであろう。



 じたばたしてもどうしようもない。今は、ともかくこれからの作戦を練るしかないのだから……。



 しかし、なかなか寝付かれなかった。優子は、果たして無事なのだろうか?それとも既に、大親友だった湯川のように、この世にはもういないのだろうか?考えれば、考えるほど深みにはまっていく。



 私は、冷蔵庫の中から、結婚祝いに貰ったワインの蓋をあけて、コップ1杯注ぎ一気に飲み干した。ともかく酒でも呑んでいなければ、とても寝れる精神状態ではなかったからだ。



 ただ、このワインは効いた。私は、いつのまにか寝入っていたのである。



 次の日の事である。



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